問題児たちがやってきた 前編
週明けの月曜日。出勤したら寺坂さんと奥澤さんと橋本さんが、パンツスーツを着た女性二人と話し、笑っていた。
なんか
(珍しいな……見たことない笑顔だ)
前もそんなことを思ったよなー、なんて首を傾げる。何というか、その笑顔と態度は前回来た堺さんたちとは違い、橋本さんが言っていた通り一歩も二歩も引いて壁を作っていたからだ。
一応笑顔なんだけど目が冷ややかなせいか、心から笑っているようには見えない。それに、奥澤さんや橋本さんも同じ目をしているのが不思議。
社交辞令、作り笑い……そんな言葉がぴったりな三人の態度に首を傾げつつ、エプロンや必要な文房具を身につけてからタイムカードを打刻し、ホワイトボードを確認しにいく。
本来のローテーションからいうと今日は藤井さんなんだけど、土曜日にイレギュラーで一便のみの人のフォローをしたので、誰になるかなーと思っていたら寺坂さんだったから嬉しい。
朝礼までの間に出荷には使えないダンボールを壊しながらちらりと見ると、いつの間にかそこには女性たちしかいなくなっていた。堺さんたちとは明らかに違う彼ら三人の態度を不思議に思いつつ、放送がかかったので事務所へ。
いつものように注意事項やサンプルのことを話してから、パンツスーツの女性二人を紹介してくれた。
女性二人は神奈川支社から視察に来た人で、普段は営業をしているらしい。堺さんたちはいかにも「仕事ができる人」って雰囲気だったけど、今回来た人たちは言っちゃ悪いけどなんだか微妙だ。
……失礼な話だし人のことは言えないけど、大丈夫なの? 本当に仕事できるの?
そんなことを考えながら寺坂さんを見ると、私が出勤してきた時はなんとか笑って話してたのに、今はすっごい不機嫌な顔をしている。しかも、隣にいる奥澤さんや平塚さんまで微妙にイラついていることに内心首を傾げつつも、これから寺坂さんと一緒に商品を抜くのが怖いと思ってしまう。
なんであの三人が不機嫌なのかわからず視線を巡らせて全体を見たら、橋本さんや平賀さん、藤井さんや所長まで微妙に無表情だったり真っ黒い笑みを浮かべているのが怖い。
(なんだろう……このメンバーに見覚えがあるような……? それに何か聞き覚えがある支社だよ……?)
つい最近、誰かに全員の名前を聞いたけど誰だっけ、と思っているうちに朝礼が終わる。寺坂さんがチェックリストを出してくる間に、お姉様方と話しながらいつものように先に外に出て台車やプラコンの用意をして待っていると。
「え~? 寺坂くぅん、いいじゃなぁい」
「そうだよ~。奥澤くんたちも一緒に飲みに行こうよ~」
チェックリストを持ってこちらに向かって歩く寺坂さんや奥澤さんたちのうしろから、視察に来たはずの女性二人がくっついて歩いている。まだ朝だというのに飲みに行こうと誘う声が聞こえた。
それが悪いとは言わないけど、せめてお昼を過ぎてからか、仕事が終わってからにしろよって思う。
そしてその妙に媚を売るような言い方と声に、お姉様方と顔を見合せ、全員で「キモっ!」と小さな声で呟いた私たちは悪くない。そしてそこで止まらないのがお姉様方なわけで。
「いい歳した女が~、年下の男に猫なで声とかないわ~」
「しかもスッゴい厚化粧だよねー。どんだけ気合い入れてんのって感じ!」
「だよね。あれだと私たちより歳上に見えるよね」
「「うんうん」」
「あとさ~、爪見た~?」
「見た見た! 何あれ!? 盛り過ぎて逆に下品に見えるよね!」
「食品を扱ってるうちの会社であれはないよね」
おうふ……ずいぶんと辛辣だなあ。まあ、気持ちはわかるけど。
勉強不足な私には厚化粧かどうかとか、彼女たちの爪を見てないからわからないので、まだまだ続いているお姉様方の毒吐きは聞かなかったことにしよう……、うん。
そしてお姉様方の会話はともかく、彼女たちの話を聞いていた、周囲にいるうちの社員たちが無表情で二人を睨み付けているのに、二人は寺坂さんたちを誘うのに夢中でその様子に全く気づかない。
「二人ともいい加減にしろよ。俺たちは行かないって言ってるだろ? 視察に来たんじゃないなら今すぐ支社に帰れ」
「「またまた~。そんなこと言って、照れちゃって~」」
可愛い~! と叫んではしゃぐ二人とは裏腹に、寺坂さんたちをはじめとした社員たちの周囲の温度が下がったように思うのは気のせい?
しかも、彼の言葉が柔らかいとは言え怒った表情と声できっぱり断っているのに、なんで「照れちゃって」なんて言葉が出てくるかな。
まさか、ツンデレだから照れ隠しで怒ってる、なんて思ってない……よね……?
うわあ……あり得そうで怖い。
お姉様方と一緒にそんな様子を戦々恐々としながら見ていたら、誰かが所長を呼んだようで「二人とも、こっちに来なさい」と、笑顔なのに額に青筋を浮かべて二人の女性を呼んでいた。おおぅ……そんな所長の状態も初めてだよ。
呼ばれた二人を冷ややか見ていた寺坂さんたちをはじめとした社員たちが動きだし、二便持ちの四人がチェックリストを持って私たちのところへ来る。そこに、事務所へと続く扉が少しだけ開いていたのか、所長の怒鳴り声が聞こえた。
「何をしに来たんだ、君たちは! 仕事の邪魔をしに来たならば今すぐ帰れ! 今回の件は、あとで支社のほうに報告しておく!」
それが聞こえていても四人の怒りが継続中なのか、非常に怖いし目が全く笑ってない。
でも、私やお姉様方を見回してから怒りを沈めるように細く長く息を吐き出すと、「……仕事しようか」とそれぞれのフォロー担当に声をかけて移動を始めた。
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