ドSな師匠と指輪と私
ボーリング場に着いて受付へと行くと「三十分ほどお待ちいただきますが、よろしいでしょうか」と言われた。良裕さんと顔を見合わせると一旦保留にしてもらい、その場を離れる。
「良裕さん、どうする?」
「三十分ならすぐだし、待つか?」
「あれ? 寺に雀さん?」
「あっ、寺坂と雀ちゃんじゃないの!」
プレーするかどうかを話し合っていたら、聞きなれた声が同時に聞こえた。その方向に振り向いたら奥澤さん一家と、時間差で来たらしい堺さんの横に見たことのない男性がいて、こっちに歩いて来た。
「「「あれ? 偶然だね(な)」」」
お互いの声が聞こえたらしい奥澤さんと堺さんと男性の言葉が重なり、顔を見合わせ皆で笑う。
「おー、奥に堺たちじゃん。偶然だな、ボーリングか? スタッフによると、三十分待ちだとさ」
「三十分待ちか……。そうすると、俺たちはもっと待つ可能性があるな」
「いっそのこと、この人数で申し込んじゃうか? 雀、それでもいいか?」
「うん、いいよ。大人数のほうが楽しそうだし」
「悪い、寺。そうしてもらえると助かる」
「いいって。ちょっと聞いてくる」
良裕さんからの情報に、奥澤さんや堺さんたちが顔を顰めた。それを見た良裕さんが全員でと奥澤さんたちに提案し、スタッフに聞きに行く。
その間に堺さんの横にいる男性と自己紹介。
堺さんの横にいた男性は旦那さんで、良裕さんたちの同期なんだとか。短髪でうしろを刈り上げ、眼鏡をかけている。
ガタイのいい人で、奥澤さんや良裕さんよりも更に身長が高い。私は良裕さんの婚約者で職場が一緒である事を伝えると、目を見張ったあとで「君が寺を射止めた子か」と、嬉しそうに微笑んだ。
そして自己紹介が終わったところで、「こっちに来てくれ」と良裕さんに呼ばれ、そっちに向かう。
「チーム分けなんだが、どうする?」
「一家族一チームでいいんじゃないか? 子どもと女性はハンデつければいいだけだし」
「だな。あとはゲーム数か」
「混んでるし、二ゲームでいいと思うぞ。この人数的にもプレイ時間的にもそれが限界だろうし」
「そうするか。すみません、二ゲームで、チーム分けは……」
同期の男性三人があっという間にあれこれ決めていく。その決断力の速さに呆気にとられていたら、良裕さんが代表でスタッフに説明していた。
チーム分けも決まり、投げる順番もじゃんけんで決めてスタッフに差し出された紙に名前を書くと、貸出靴を受け取ってしばらく待つことに。
待っている間にジュースを買って来たり、奥澤さんちの子どもたちと遊んだりしているうちに時間となり、アナウンスが流れたので指定されたレーンのところに行く。荷物を見ている留守番組とボール探し組に別れて行動し、誰かしら帰ってきたら交代でボール探しです。
(ボーリングなんて久しぶりだなぁ……)
最後にやったのはいつだっけ……なんて考えながらボールを探し、ようやく自分に合うのを見つけたので戻る。レーンはテーブルが隣り合わせになっているふたつを確保できたらしく、片方に五人家族の奥澤さん一家、もう片方に私たちと堺さんたちが座り、チーム分けした名前が頭上と目の前のモニターに表示されていた。
「じゃあ、始めようか!」
良裕さんの合図で、ボーリングがスタートした。
***
「うー、お腹いっぱい……食べ過ぎた」
「俺も。大人数だと喋りながらだから、つい食いすぎちゃうよな」
「だよねー。ボーリングもちょっと疲れたけど、面白かった!」
「だな。人数が多いと時間もかかるが、やっぱ楽しいよな」
ボーリングが終わったあと、どうせだからと皆で食事をすることに。良裕さん自身はどこか行きたい場所があったみたいなんだけど、奥澤さんちの子どもがいたことから、ファミレスになったのだ。
それらも含めて、帰り車の中で良裕さんとそんな話をする。
いやあ、ボーリングの時の男性陣の皆は凄かった! 投げたボールのスピードも去る事ながら、ピンに当たったあとの音がまた凄いのなんのって。『ガコン!』とか『ドカンッ!』って音がしたんだよ。
しかも、数本のピンと一緒にボールが宙を舞うって……どんだけ力いっぱい投げたのさ。私以外の女性陣もそれなりにスピードが速くて、ストライクやスペアをバンバン取っていたっけ。
私? へなちょこボールで皆さんや子どもたちにも笑われましたが、何か。ガーターすれすれになりながらもピンを半分は倒せていたし。
良裕さんが見かねて投げるポイントとかコツを教えてくれたおかげなのか、なんとかストライクをいくつか取れたのはよかったよ!
「あの事業所でボーリングができるかどうか、上重所長に相談してみるかな……」
「いいんじゃない? イベントとか親睦目的でもよさそう」
「お、それはいいな。できるかはともかく、話だけでもしてみよう。それにしても……、雀のへなちょこボールは面白かった!」
「へなちょこ言わないでよ! 確かにへなちょこだけども!」
本気で凹むからやめてくれ! と思うものの、事実だからどうしようもない。
雑談をしているうちに家に着き、良裕さんが車を駐車場へと入れる前に降ろしてもらい、先に玄関の鍵を開ける。そのまま電気のスイッチを入れながらお風呂場に行ってスイッチを入れると、コーヒーの用意をする。
といっても、今日は疲れたからインスタントで我慢してもらおう。私は珍しくハーブティーじゃなく、甘めのカフェオレ。
「運転お疲れ様でした」
「お、ありがとう」
コーヒーを淹れている間に戻って来た良裕さんは、ソファーに座ってテレビを見ていた。彼にコーヒーを渡すと、その隣に座ってコーヒーを啜る。
テレビの音だけが流れるだけの、静かな時間。何かを話しているわけではないけれど、それでも嫌な静けさではない。
そんな静けさを壊すかのように、良裕さんが私を抱き寄せた。どうしたのかと思って彼を見上げたら、微妙に耳を赤くしながらも、仕事中のような真剣な顔と視線にぶつかり、なんとなく姿勢を正す。
「……本当は夕飯の時に渡す予定だったんだけど、さ」
「ん? 何を?」
「
ソファーの隅に置いてあるクッションの下に隠していたらしい四角い箱を取り出し、その包装をといて出てきたのは、紺色のベルベットの箱。その蓋を開けた良裕さんは、中身を私に見せる。
中に入っていたのは、婚約指輪を買った時に頼んだ、お互いの名前が入っている結婚指輪だった。
「あ……」
「こないだ仕事中に連絡をもらってさ。俺が休みの時に取りに行って来たんだ」
蓋を開けたままテーブルに箱を置くと私と向い合い、両手を握る。
「……俺はフェイクではあったが、指輪をしてた。そのおかげで助かった部分もある。指輪が抜けなくなって困っていたが、雀のおかげで外すことができた」
「……うん」
「今度はフェイクじゃなく、雀とお揃いの、俺とお前を結びつける指輪をしたい。ぶっちゃけると、お前を俺に縛りつけたい」
「良裕さん……」
「お前以外と結婚したいと思わないし、お前以外ほしくない。だから、改めて言うぞ。園部 雀さん。これからの人生を、俺と一緒に過ごしてほしい」
縛りつけるだなんて、本来なら重い言葉だと思う。でも、良裕さんが味わって来た苦労や気持ちを知っている以上、私はそれを重いとは思わない。
だから、私の返事は、たったひとつだけだ。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
良裕さんに両手を握られたまま頭を下げて返事をすると、彼が嬉しそうに破顔したあとで私を抱きしめ、キスをしてくる。そして徐に立ち上がると何かを取りに行き、戻ってきたその手には一枚の紙が。
「……それ、なあに?」
「所謂ひとつの婚姻届」
「なんか用意周到すぎやしませんか⁉」
「そうか? そんなことないだろう?」
「そんなことあるでしょ!? しかも、私以外の欄が既に埋まってるのはどういうことですか!」
良裕さんが持ってきたのは婚姻届。いずれは書くことになるからと、良裕さんが役所からもらって来たのはわかる。
わかるけど……!
「そんなの、俺が仕事が休みの時に、実家や雀んちの実家に行ったりしたからに決まってるだろ? ちなみに、保証人の欄に所長の名前があるのは、本人が言いだして書いたから」
「は……?」
「あと、下川社長直々に『二人の掛け合いと園部さんが気に入ったから、私が仲人をしてあげるよ』って言われたから、仲人は断れないぞ?」
「ぎゃぁぁぁっ!! 下川社長ってば、なにしてくれちゃってんですか! どう考えても、お偉いさんがたくさん来るフラグじゃないですかーーー!!」
そう叫んだところで何も変わらないらしく、所長はともかく下川社長の無駄に高い行動力は良裕さんも予想外だったようで、諦め顔というか……もはや悟り顔だ。
「……まさか、式場まで押さえたとか……言い出さない、よね……?」
「……あり得そうで怖いんだが……。そこだけは俺たち自身が決めると、明日念を押しておくことにするよ」
年明けに視察がてら来るって連絡あったしと、怖いことを言う良裕さん。
「とりあえず怖い話は横に置いといて。これから役所に行ってこの書類を出すから、名前書いてくれよ、雀」
「はいはい。……書いたよ」
「よし。じゃあ、一緒に役所いくぞ。この指輪は、帰って来てから風呂に入って……風呂から上がったら付け合いっこするか」
そう言いながら私に手を差し伸べた良裕さんに返事をすると、その手を掴んだ。
――この日、私は、園部 雀から寺坂 雀に名を変えた。
そして私と良裕さんの左薬指には、お揃いの結婚指輪が嵌っている。
< 了 >
ドSな師匠と指輪と私 饕餮 @glifindole
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