第7話 大嫌い

もう少しで山を下り切り、村にたどり着く。

そこで、たぬきは数人の動物たちに会いました。


「これ以上は、降りられない!止まれ!」


両手を広げ熊がたぬきを止めました。


山を少し上った、その位置からは、村全体が見えました。

家も学校も公園も木々もほとんどのものが流され、ただただ濁った水が流れていました。その光景は、たぬきが知っている村とは、まるで別のものでした。

呆然とするたぬきの視線の先に一本の木が残っていました。

見慣れた木。それはいつも星空を見ていた公園にある木でした。

そしてその木には必死にしがみつくうさぎの姿が・・・

村一番の大きな木は流されず、うさぎを守っているようにも見えました。

その様子を救助に残った動物たちが何もできずに見ています。



「うさぎちゃん!」


必死に叫ぶたぬきの声は濁流にかき消されそうになりながらも、わずかにうさぎの耳に届きました。


「・・・・・!」


うさぎが何を言っているのかは聞こえませんでしたが、たぬきにはわかっていました。

早く逃げて!

うさぎちゃんはそう言っている。でも・・・。


「今助けるから!」


あたりを見回しても、全てが流され、救助に使えそうなものは何もありません。


「危ないから、お前は早く逃げろ!」


救助をしている、村一番の力持ち熊が言いました。


「でも、ここにいるみんなじゃうさぎちゃんを助けられないでしょ!」


救助する道具もない、荒れた天候では鳥も飛べない現状。


「・・・・・」


熊はたぬきの言葉に何も返す言葉が見つかりませんでした。


「・・・!」


熊はたぬきの身体に巻きつく長い長い蔓に気が付きました。

必死に走ってきた、たぬきは気づいていませんでしたが、

たぬきの体には、ぐるぐると何重にもなって蔓が巻き付いていました。


「これなら行けるかもしれない!たぬきの身体に巻き付いている蔓を使おう!」


熊はたぬきに巻き付いた蔓を取り、うさぎに向かって投げました。

たぬきは微動だにせず、ただうさぎを見つめていました。決意の眼差しで。


熊の手を離れた蔓はうさぎの5m程手前に落ちてしまいました。


「ダメだ・・・届かない。」


その時、たぬきが叫び始めました。さっきよりも大きな声で。




「大っ嫌いだ!!」




その声は、濁流に負けず、全ての音をかき消しあたりに響き渡ります。


熊は状況を理解できず、ただ唖然としています。


「大っ嫌いだ!大っ嫌いだ!!」


何度も叫ぶその声は、音の風となってあたりに吹き渡ります。


「なんてことを!」


大人たちは言いましたが、たぬきは気づいたのか気づかなかったのか、

叫び続けます。


「大っ嫌いだ!大っ嫌いだ!!大っ嫌いだ!!!」


何度も何度も叫びました。壊れたスピーカーのように。

『大嫌い』この言葉だけを何度も何度も。


その声はうさぎにも届いていました。


「なんで・・・」


そう思うのと同時にうさぎは捕まっていた木からたぬきへと視線を移しました。


「なんで・・・なんで・・・・」


たぬきは顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら叫んでいました。

つらい、こんな事を言わなくちゃいけないなんて。

こわい。傷付けてしまうのが。



でも!



「もう、流されちゃえ!!」


その瞬間!

たぬきの鼻がぐーーーーっと伸び始めました。

どんどんどんどん伸びて、あっという間にたぬきの鼻はうさぎに届きました。


「うさぎちゃん、僕の鼻につかまって!」


何が起きているのかわかりませんでしたが、うさぎはたぬきに言われるまま

目の前の鼻につかまりました。


「みんな僕を引っ張って!」


「はやく!」


たぬきに急かされ、みんなは一斉にたぬきのもとに駆け寄りたぬきを引っ張り始めます。


「うさぎちゃん、絶対に放しちゃだめだよ!」


大人たちは必死にたぬきを引っ張ります。その力とたぬきの想いは濁流に負けることなく、うさぎをみんなのもとへと運んでいきます。


あっという間にうさぎは岸にたどり着きました。


「うさぎちゃん!よかった…」


たぬきは安心したのかぐすぐすと泣きはじめました。


しばらくの間。うさぎは呼吸を整え、

鼻が伸び全く違う姿になったたぬきに、声を掛けます。


「いつものたぬきくんだね。」


喜びもつかの間、濁流の音が、みんなを現実に引き戻します。


「村が…」


全てが濁流に飲み込まれてしまい、村があった場所にはもう何もありません。


「命があれば、何度でもやりなおせますよ。」


動物たちは、一斉に声のする方に視線を向けます。

そこには、箒にまたがった黒犬がいました。

村人が集まるその場に、空から黒犬の魔法使いが降りてきました。

降りたのと同時に空に向かって魔法を放ちます。


流星。


魔法の光が流れ星のようになって地上に降り注ぎます。


「あなたの勇気、思いやりに心を打たれました。

 私の魔法で村を元通りにしましょう。あなたの鼻もね。」


降り注ぐ星の光に包まれ、嵐は去り、濁流は引き、みるみる村が元の姿を取り戻していきます。


「すごい…黒犬さんありがとう!」


「お礼を言うのはこちらの方です。あなたたちのおかげで、失った記憶を取り戻せ そうな気がします。昔は私にもあなたたちのような暖かいものがあった気がしま す。」


「記憶?」


「いえ、こちらの話です。みなさん、村はおおよそ元に戻りましたが

 細かい所は戻っていません。そこはみなさんで。それでは。」


そういうと黒犬の魔法使いは空へと吸い込まれていきました。


その下で村人たちは安堵と歓喜の声をあげてけました。


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