第31話 俺からのエピローグ

 妹である亜澄と恋人になった。まさかの出来事で、きっかけを思い起こすと顔から火が出るかと思うほど恥ずかしくなる。けど結果オーライだ。


 それはさて置き。高校生の学校が再開された9月。俺は今、学校から帰って来たばかりの亜澄と俺の部屋にいる。制服姿の亜澄と一緒にベッドに上がって、身を寄せ合って座っている。そして何度も唇を重ねる。

 幼少期はよくこんなことをしていたと懐かしい思い出が蘇る。


「お兄ちゃん……」

「亜澄……」


 しかし当時とは全く違う意味のキスに、お互い紅潮しては目を合わせてうっとりし、そしてまた唇を重ねる。幼少期は舌を絡めたこともなかったので、その初めての感触に俺の興奮は高まる。

 そして気づけば亜澄をベッドに押し倒し、俺は亜澄を見下ろしていた。別に躊躇しているわけではない。肘は曲げて、そのまま亜澄に覆い被さりたい。しかし亜澄が腕を突っ張って俺の顎を押さえるのだ。


「お兄ちゃん!」

「なんだよ?」


 せっかく恋人になったのになぜ抵抗する? まだ早いか? それでも亜澄が生まれてきてからずっと同じ屋根の下で生活をしてきたのだから、早いも遅いもないじゃないか。早く俺に童貞卒業を迎えさせてくれ。その相手が実の妹というのも複雑な気持ちになるが。


「ちゃんと話聞いて!」

「話ってなに?」

「お兄ちゃんががっつくから話ができない!」

「むー」


 不満は隠せないが、今度は俺が腕を突っ張った。少し距離ができてプレッシャーが弱まったところで亜澄の表情に安堵の色が灯る。すると亜澄は俺の頬を両手で包んで引き込むと、軽く触れるキスをするのだ。

 やべぇ……、亜澄が超可愛い。抵抗しておいてこんなことをするから、女心はさっぱりわからん。すると亜澄が話を始めた。


「私は心からお兄ちゃんのことが大好き」

「うん。俺も」

「だから私はお兄ちゃんが望むならエッチだってさせてあげる」

「じゃぁ――」

「けど!」


 俺の望みは亜澄の強い言葉で遮られた。亜澄は俺の頬を包んだまま、キリッとした目で見上げて続ける。


「お兄ちゃんには私と一生を添い遂げる覚悟がある?」

「へ?」

「私はあるよ」


 強い意志を見せて亜澄が言うので思わず怯む。


「兄妹でこういうのは業が深いんだよ? わかってる?」

「……」

「私はお兄ちゃんのためなら何だってできるし、何だってさせてあげる。それくらいお兄ちゃんのことが好き。だからまだ16だけど私はお兄ちゃんとの将来をずっと考えてる。けどお兄ちゃんにそこまでの覚悟はある? 罪業を私と一緒に背負う覚悟はある?」


 これは真剣に考えなくてはならないなと思った。妹は既にそこまで考えが及んでいたのに、兄である俺の方が欲に一直線で、むしろ恥ずかしくて情けない。

 俺は一度起き上がると亜澄の手を引いて亜澄も起こした。俺たちはベッドで座って対面する。そして俺も真剣になった。


「軽率なことをしてごめん」

「ふぅ、わかってくれて良かった」

「これからは亜澄との将来を真剣に考える」

「本当?」

「うん、本当」

「きゃっ! 嬉しい」


 亜澄は両手で口を覆って瞳を潤ませた。美少女の瞳が潤んで笑顔になると、本当に眩しい。しかし亜澄は両手を下げるとまたも真剣な表情になった。


「けどエッチはごめん」

「えぇ……」


 さっきはいいって言ったじゃん。念のために言うと、もちろん童貞を卒業したいばかりに亜澄と将来の約束をしたわけではない。俺の気持ちも本物だ。しかしそれはそれ。俺は期待をしていたのに。


「それは私が18になるまで待って」

「18?」

「うん。私たちは結婚ができない兄妹なの。だから真剣に恋愛をしても、世間からそうは認めてもらえない。つまり私が18歳になる前だと、お兄ちゃんが犯罪者になっちゃう」

「確かに……」


 世間に言える関係ではないが、万が一人に知られた時のことを考えると納得する。


「下手したら性的虐待だって疑われるかもしれない」


 むむ、それは恐ろしい。尤も同じ家の中で、しかも両親の寝室は階が別なのでバレることはないと思うが、それでも亜澄はそこまでしっかり考えてくれていたのか。破天荒な奴だけど見直した。

 いや、むしろ妹から言われる前に、俺の方こそそこまでの考えに及ばなくてはいけないはずだ。素直に反省しよう。


「キスは私も好きだからたくさんしたい。一緒にお風呂に入るのも楽しい。服の上からならおっぱいだって触らせてあげる。けどそれ以外の直接的なことはまだ我慢して」

「わかった」


 とは答えたものの、風呂がいいのに直接触れないのは生殺しだ。そしてもう1つ残酷なことに気づいた。年間で俺の方が亜澄より誕生日が早くやってくる。つまり俺……ヤラハタ決定である。亜澄には悟られないように内心でがっくり項垂れた。


 するとこの日の夕食の席でのことだった。食事も終わって手元の皿は片付けられ、親父は晩酌を続けていて、オカンは親父の話し相手にお茶を啜りながらまだ食卓に着いている。

 俺は亜澄の食事が終わったので、亜澄と一緒に食卓を離れるつもりでいた。しかし亜澄が真剣な表情になって、正面でイチャイチャしているバカップル夫婦に言うのだ。


「お父さん、お母さん、話がある」

「なんだ? 改まってどうした?」


 親父がビールの入ったグラスを宙に止めてキョトンと亜澄を向く。オカンも首を傾げた。


「私、結婚する気がない」

「……」

「……」


 何も言葉を返せない両親。そりゃ、何の脈絡もなくそんなことを言われては頭がついてこないよな。


 一方、俺は青ざめている。まさか俺たちの関係を両親に打ち明けようとしていないだろうか? それこそ亜澄が言ったとおり業が深いのだ。

 俺としては、親にだって言えるわけがない、という意見だ。それこそ寝顔を拝んだために意図せぬ告白をした夜は、亜澄だって俺への脅し文句にしたくらいだから。


「どうしたんだ?」


 やっとの思いで親父がそれだけ問う。すると亜澄は緊張しているのか、「ふぅ」と息を吐いてから話した。


「ずっとお兄ちゃんと一緒にいたい。お兄ちゃんもそう言ってくれた」

「……」

「……」

「……」


 親父とオカン絶句。ついでに俺も絶句。俺の場合は冷や汗も出る。


「だから私はお兄ちゃんと一生を添い遂げるから結婚はしない」

「えっと……、芳規もそのつもりか?」


 あー、俺にも質問が来た。当たり前か。しかし亜澄を傷つけるのだけは絶対に嫌だから、俯き加減ながらも俺は首肯した。


「あら、まぁ。芳規とならいいじゃない」


 は? オカン、いいだと? 入院中に結婚願望がなさそうな亜澄に対して心配していたのはどこのどいつだ?


「はっはっは。そうだな。亜澄がどこの馬の骨ともわからん輩に娶られるくらいなら、俺も芳規に亜澄を任せる方が安心だぞ。亜澄が嫁に行かなければ将来同じ墓に入れるしな」


 マジかよ。賛成なわけ?


「わぁぁぁ」


 唖然とする俺に反して、隣で亜澄は満面の笑みを浮かべる。よほど嬉しいのだろう。確かに両親の賛成は心強いが、本当にいいわけ?


「良かったな、母さん。これで相続問題は揉めることもないし、ここら特有のハデ婚もしなくて済むし」

「本当ね、あなた」


 あぁ、本当に良かったよ。両親が能天気なバカ親で。

 ただ、両親が俺たち兄妹の本質をどう見ているのかはわからん。お互いにシスコンとブラコンを拗らせただけだと思っているのかもしれず、恋愛関係にあるとは気づいていないかもしれない。亜澄はそこまでのことを言っていないのだし。


 とは言え、両親にとっては俺たちがどういう感情を抱いていようと関係ないのかもしれない。長くずっと仲良くしてくれればそれで問題ないのだろう。俺はそう思い、親を敬おうと強く意識した。

 しかし親父が言った。


「何なら当初夫婦寝室用に用意してた2階の広い部屋、お前たちの寝室にいるか?」

「……」

「え! お父さん、あの部屋くれるの?」


 俺が、何を言っているのだこの親父は? と思っている一方、亜澄は目を輝かせた。


「あぁ。欲しいならダブルベッドくらい買ってやるから、好きなだけイチャイチャしていいぞ?」

「欲しい!」

「うふふ」


 あぁ、うちの家族が能天気なバカばかりで良かったよ。ある意味しっかり敬ってやろうと思うし、これなら性的虐待も疑われないな。尤も、家族の理解は得たものの、世間のこともあるからヤラハタは確定のままだが。

 ただそれでも今後は亜澄のことを第一優先に考え、一生大事にしようと胸に誓った。

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