第6話 兄の奇声
お兄ちゃんの趣向にショックを受けてから1週間が経った日曜日。私は家に奈央を呼んでいる。
「ぬおー!」
さっきから聞こえてくるのは隣の部屋からの奇声。奈央は部屋の円卓の前でちょこんと腰を下ろしていて、奇声が上がる度に隣の部屋の壁を向く。因みに今はジュースのストローを咥えながら隣の部屋を向いている。
「うがー!」
奇声は不定期なので、奈央が向いているその最中も上がる場合はある。奈央はグラスを円卓の上に置くと私を見た。
「どうしたの? 芳規先輩」
「それがわからなくて心配で。それで奈央に来てもらったの」
「うはっ!」
奇声は私達の会話に割って入る。只今、時刻は昼過ぎ。お兄ちゃんも昼食は済ませていて、とっくに起きている。
「いつから?」
「ここ1週間」
「その間に変わったことは?」
「うーん……、奇声?」
「それはわかってるよ。だから私はここに呼ばれたんでしょ?」
「うおー!」
奇声は私達の会話に割って入る。私は顎に指を当てて一度思考してみる。しかし。
「奇声以外はわかんない」
「じゃぁ、質問の仕方を変えるわね。亜澄に変わったことは? 若しくは変えたことは?」
「あ! それならあるよ!」
「なに?」
「日課」
「日課?」
首を傾げた奈央はまたグラスを手に取る。因みに割愛しているが、この時にも奇声は上がっている。
私の日課にはお兄ちゃんの寝顔を拝むことと、お兄ちゃんのスマートフォンチェックがある。それにここ1週間加わったのが、お兄ちゃんのアダルト動画サイトから巨乳もののAVを削除すること。それを奈央に説明した。
「はぁ……、なるほどね。よくわかった」
「ん?」
私はよくわからないので首を傾げる。それと奇声にどう因果関係があるのだろう? そんな疑問も浮かんだが、とりあえず補足が私の頭の中に降って来たのでそれを説明した。
「それからね、お兄ちゃんが巨乳ものにハマらなくても生きていけるよう調教しなきゃと思って、今では私が貧乳ものや微乳もののAVを買ってあげてるの」
「おいおい……。て言うか、そもそもサイトのIDは芳規先輩のものでしょ?」
「うん」
「だったらそれは買ってあげてるって言わないよ」
「あ、そうか」
結局お兄ちゃんのお金から捻出されているわけだ。
「それからもう1つ。なんで芳規先輩はログインしっ放しなのさ? それこそ毎回ログアウトして、亜澄が知らないパスワードに設定すればいいだけの話でしょ?」
「あー。パスワードなら私が管理してるから」
「は?」
「最初にお兄ちゃんのAVを削除した時に私が変えたの。だからお兄ちゃんはパスワードを知らなくてログアウトできないんだよ。登録メールアドレスも私のに変えたから救済されないし」
「……」
「それに巨乳ものを買ったら買ったで私がすぐに削除するから、今では買うことも止めたの」
「……」
目が点になる奈央。どうした? 聞かれたことに素直に詳細に話したのだけど、何か私の言うことは変だったか?
「まぁ、そのうち芳規先輩もオカズを妄想に切り替えるよ」
「妄想?」
「そうよ。オカズに困ったら結局誰しもそれに頼らざるを得ないんだから」
「そんなの、なんか嫌だ」
「仕方ないよ」
「因みに誰しもって男女問わず?」
「そうね」
「うそ!? それって奈央も」
「ま、まぁ」
ちょっと頬を赤く染めた奈央は言い辛そうだったが、それでも正直に話してくれた。
「中学の時なんかは大抵そうだったかな」
「そうなの!? じゃぁ、今は?」
「今はカレシがヤリたがりだからそもそも困ってない」
そう、奈央にはカレシがいる。今は大学生で、3月まで同じ高校に通っていた。つまりお兄ちゃんの同級生だ。
奈央のカレシがお兄ちゃんと一緒にいた時に私が奈央と一緒にいて、奈央のことを見て気に入ったのがきっかけだ。つまり私達兄妹がキューピットである。
「そっかぁ。奈央は発散できてるんだ。私はそういうのに疎いからよくわかんないや」
と言いつつも、先週の人生初自家発電を思い出してしまうので凄く恥ずかしい。私は表情を誤魔化すように手元のジュースを吸った。すると奈央が言う。
「そんないいもんじゃないよ?」
「へ? そうなの?」
「うん。体力は使うし、奉仕しなきゃいけないし、気持ちいい演技はしなきゃいけないし。行為があるから自分でしなくなったっていうだけの話」
「ふーん」
やっぱりよくわからない。そしてもっとわからないのが今のお兄ちゃんだ。所謂禁欲と言うものらしいが、それが奇声を上げるほど自我を崩壊させるものなのか? 私とお話して遊んでいれば楽しい時間はあっという間なのに。
私の場合は正にそれだ。だから2度目の自家発電は訪れていないし、その気にもなっていない。
「ところで、私が呼ばれた理由は当初奇声のことだなんて言われてなかったけど?」
「あ! そうだ!」
思い出した本題。私が奈央をここに呼んだ目的は他にある。
「間々観音調べよう?」
「はぁあ? そんなの自分でググればいいでしょ?」
「恥ずかしいじゃん」
「部屋でこっそり検索するだけじゃない?」
「いいから、いいから」
私は早速スマートフォンを取り出した。学校だと自分が貧乳だなんて声に出して言うのは恥ずかしいから。どうせ周囲はわかっていると思うけど。今はブレザーだからいいが、夏服はブラウスだから膨らみはわかってしまう。そう、膨らみがないのだと。
「お、あった、あった」
「なんて?」
出てきたのはウォーカープラスの記事だ。それによると……。
「ご利益は、安産、お乳の願い、
「ふーん。場所は行きやすそう?」
「電車とバスだね」
「ちょっと手間ね。誰と行くつもり?」
「お兄ちゃん」
「……。そう」
なんだよ、今一瞬空いた間は? 奈央は私のスマートフォンを覗きながら続ける。
「芳規先輩って車の免許はもう取ったんだっけ?」
「うん。春休みに取ってた」
「車は?」
「自分では持ってないなぁ」
「親のは借りれないの?」
「それならできるかも」
「じゃぁ、駐車場もあるみたいだし車で行けば?」
なんと! それはお兄ちゃんとドライブデートができるということではないか! 既にお兄ちゃんのゴールデンウィークの予定は私が確保したし、これには心弾む。
「ここって『おっぱいが大きくなりますように』ってお願いできるんだよね?」
「テレビではそう言ってたね」
確かにコメンテーターはそう言っていた。私はその情報にひどく興味を示したものだ。ただそれもお兄ちゃんの趣向を知ってしまったショックのあまり失念していたが。それをたまたま奈央が同じ番組を見ていて、思い出させてくれたから救われた。
私は他のサイトも開いてみる。奈央も自分のスマートフォンで検索を始めたようで、それを見ながら情報をくれる。
「口コミも書かれてるね」
「なんて?」
「母乳が出ますように、とか、乳癌が治りますように、とか、胸が大きくなりますように、とか」
「へー」
「今出てきた口コミの投稿者は何をお願いしたのかはわからないけど、ご利益はあったみたいよ」
「ほう!」
俄然興味が湧く。因みに相変わらず隣の部屋からの奇声は続いている。私はこの時、オンライン百科事典を見ていた。
「結構メディアでも取り上げられたみたい」
「そうなんだ。つまりそれで知名度を上げて、ネットの書き込みも加わって、小牧から全国区のB級スポットになったわけだ」
そういうことらしい。――と奈央の意見に一瞬納得してしまったが、B級なのに全国区? そもそもB級って全国区って言うのだろうか? まぁ、いいや。ご利益は本物のようだし、口コミも好意的な感想が多い。
ここに行って私の胸が大きくなったら私のコンプレックス解消に加えて、お兄ちゃんに巨乳の非処女のクソビッチが寄って来てもお兄ちゃんの目が向かなくなる。一石二鳥だ。
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