第14話 兄の興味

 不満だ。私は自分の部屋のベッドの上で足を伸ばし、スマートフォンをスクロールさせながらモヤモヤした感情を抱く。


 明日は参拝の日曜日。さっきお風呂を済ませてお兄ちゃんから髪を乾かしてもらった。そろそろ寝間着はキャミソールでも問題ないくらいの気候になってきたので、私は部屋着用のショートパンツにキャミソールでノーブラだ。つまりお兄ちゃんへのアピールだ。

 しかしお兄ちゃんは見向きもしなかった。ブラジャーを買いに行った時に、私から言って初めて私のバストアップに気づいたようなお兄ちゃんだから、そもそも興味を持っていない。これは良くない。


 私のバストアップの目的は貧乳に対する自分のコンプレックス解消だけではない。巨乳好きのお兄ちゃんに私だけを見てほしいという思いもある。だからお兄ちゃんが私に興味を示さないのは良くない。まぁ、確かにまだBカップなんだけど。

 ただ、乳神様は今月いっぱいの参拝でCカップまで約束してくれた。これは達成しなくてはならない。もちろん私の最終目標はこのサイズではないが、避けては通れない通過点だ。1サイズアップしては貪欲に次のサイズを願掛けするつもりである。


 それに備えて私は今通販サイトを閲覧している。目的は授乳用のブラジャーだ。私がバストアップしたことは学校で奈央に報告した。奈央は確かなご利益にそれはもう驚いていた。

 しかし下着事情はなかなか難しいもので、サイズが合わなくなったブラジャーは捨てなくてはならない。そして次のサイズを買い足すからお金がかかる。それを奈央に相談したところ、授乳用のブラジャーを勧められた。


 この授乳用のブラジャーはサイズの幅が広く、今ならBカップなのでそれに合わせたサイズを持っておくと、突然のCカップへの変化にも対応できるそうだ。乳児を持つお母さんは母乳によって張るため、こういった商品があるらしい。

 奈央は親戚のお姉さんが着けているのを見たことがあるとかで、とりあえず1着持っておくよう私に言ってくれた。そうすればノーブラで外に出る必要がなくなるからと。

 それに納得した私は早速インターネットで買い物中というわけだ。そして購入を完了するとこの晩は眠りに就いた。


 翌朝。私はいつものようにお兄ちゃんと一緒に間々観音にやって来た。パート従業員のお母さんが休みの週末は車を使わないので助かる。お父さんと未だにラブラブなので、出かける時はお父さんの車でお父さんと一緒だ。

 そしてお兄ちゃんはかなり運転に慣れてきたようで、ハンドルやアクセルの操作はスムーズだ。更にカーナビに頼ることなく間々観音までの道を覚えてしまった。そんな日曜日のお兄ちゃんとのドライブデートだ。


 間々観音に到着後、境内で合掌をして目を閉じると早速私はトリップした。


「ほっほっほ。よく来たな、亜澄」

「おはようございます! 乳神様! 今日もラノベを持ってきました」

「そのことじゃが」

「なんでしょう?」

「もう飽きた」

「へ……?」


 今、なんと? 飽きたと言ったのか?


「亜澄が持ってくる文化は最初こそ興が乗っておったが、数品も読むと慣例が掴めてしもうたぞ」

「……」


 そんなことを言われたって返す言葉もない。ラノベはある程度王道と言われる形式があるもので、それが文化として成り立ってしまっているのだ。つまりそういうものだ。


「なかなかワンパターンじゃな。ほっほっほ」


 だから、横文字。乳神様の高笑いを脳に感じながら、やはりこの御方は何者だと思う。……って、観音様か。

 しかしこれはマズい。私の忖度が効果を発揮しなくなっている。と言うことは、私のバストアップはどうなる? 未だ私に興味を示さないお兄ちゃんの目はどこに向く?


「どうすれば!?」


 私は乳神様に突っかかった。と言ってもトリップ中。あまり体の感覚もないから乳神様に近寄った印象はなく、自分だけがその場で前のめりになって縋ったに過ぎない。


「諦められぬか?」

「もちろんです! 私のおっぱいを大きくしてください!」

「ほっほっほ。それならばわしのムチャブリに応じるか?」


 おいおい、観音様が「ムチャブリ」なんて言ったよ。観音様って皆こんなキャラなの? 私の中では高尚なイメージの観音様の基準が、目の前の乳神様のような奔放なものになっていくよ。て言うか、ムチャブリ……。

 私の認識でムチャブリは、仕掛ける本人が自覚なく無理難題を押し付けることを言う。現状は乳神様本人の口から出たムチャブリだから、本人にムチャブリの自覚があるということだ。一体なにを仰せられるのだろう? それはそれで警戒心が増すばかりだ。


「な、なにをすれば……?」

「ほっほっほ。良い心構えじゃ」


 乳神様は嬉しそうに笑って説明を始めた。まぁ、明らかに私で遊んで楽しんでいる笑いだが。


「ここから北に進んだところに三光稲荷という神社がある。お主らが乗って来た箱で行けば一刻もかからん」

「はい! はい! はい!」


 私はピンと挙手をして口を挟んだ。


「なんじゃ?」

「一刻がわかりません! 六十進法で言ってください」

「……そうか。一刻とは現代の方式で言うと30分ほどじゃ」


 ふーん。つまりここから車で30分ほど北に走ると、三光稲荷という神社があるのか。そこに行けと言っているんだよね? 何をするんだろう?


「三光稲荷は縁結びの神として大宮女大神が祀られておる。大宮女大神は男女良縁の神としてご利益があるのじゃ」


 ふむふむ、つまり縁結びか。私の世代の女子なんかは食いつきそうなスポットだね。しかし私はお兄ちゃんがいてくれればそれでいいから、縁結びに興味はない。


「そこの絵馬は一風変わっておってな、良縁を願う男女が願掛けをして、大宮女大神がそれはもう大層な数のつがいを誕生させておる」


 それほど効果の高い絵馬なんだね。例えばそこに「カレシができますように」って書けば叶うわけか。微笑ましいな。まぁ、私には関係のない話だけど。そう、関係がない。しかしそんなところで乳神様は何をさせようとしているのだ?


「亜澄、これからお主とお主の兄でそこへ行って、その絵馬で互いの良縁をねごうた願掛けをしてこい」

「……」


 何を言っているのだろう、この御方は。私とお兄ちゃんは私が生まれた時から縁がある。何人たりとも入り込む余地のない深い愛情で結ばれているのだ。良縁ってつまり恋愛関係のことを言っていると思うけど、それは私たちには一生必要としない縁だ。


「結ばれると良いな、お主ら。ほっほっほ」

「……」


 あぁ、わかったぞ、この御方の思惑。ラノベの兄妹もののラブコメの如く、お兄ちゃんと私をそれぞれ主人公とヒロインに置き換えて、リアルラブコメを期待しているな?

 本に飽きたからそのシチュエーションを現実の私たちで起こさせて、それをお空の上から高みの見物をするつもりだ。さすがにこれは物申す。


「乳神様! さすがに――」

「では楽しみにしておるぞよ。さらばじゃ」


 もうっ! 話終わってないのに!

 しかし現実世界に戻って来た私は困った。私はお兄ちゃんに恋人ができるなんて耐えられない。お兄ちゃんも私に恋人ができることなんて望んでいない。それなのにお互いの良縁を願うなんて……。

 うーむ、それなら乳神様の思惑通り私たちが恋人関係を築く? いや、やっぱりそれは無理だ。けどこのムチャブリを達成しなくては私のおっぱいの成長が止まってしまう。尤も観音頼みに行きつく前は成長が止まっていたのだが。まぁ、それはいい。


「亜澄?」

「ん? え?」


 突然のお兄ちゃんの声にはっとなる。お兄ちゃんとしてはずっと隣にいたわけだし、私は現実世界に戻って来たわけだから、突然ではなく自然なのに。


「どうしたんだ? 怖い顔をして?」


 むむ。どうやら眉を吊り上げてかなり真剣に悩んでいたらしい。お兄ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。しかしどうしたものか。とりあえずお兄ちゃんに心配をかけず、そしてムチャブリをクリアすることに集中するしかないよね。


「なんでもないよ」


 私は貼り付けた笑顔をお兄ちゃんに向けると、お兄ちゃんの手を握った。するとお兄ちゃんが手を握り返して答えてくれる。


「そっか。それならいいんだけど」

「お兄ちゃん?」

「ん?」

「今から行きたいところがある」

「本屋?」

「違うよ。ググって案内するから車に戻ろう?」

「そうか? まぁ、わかった」


 私はお兄ちゃんと手を繋いだまま、肩を寄せ合って車に戻った。しかしどうしたものか。

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