第15話 妹と縁結び
亜澄がスマートフォンを使ってインターネット検索をし、出てきたのは国宝犬山城だった。いや、正確に言うと、犬山城の城山の麓に位置する三光稲荷神社を検索していて、カーナビは犬山城にセットされた。寺の次は神社……我が妹の思惑とは……?
到着した駐車場で車から降りると、俺は問い掛けた。
「ここはどういう神社なんだ?」
「え? さぁ? どういう神社だろ? あはは」
どうしたんだ? いつもは堂々としている亜澄が目を泳がせた。そしてまたもメルヘンチックなことを言うのだ。
「乳神様がね、ここに祭られてる大宮女大神様に、私とお兄ちゃんでお参りをして願掛けをしてこいって言うの」
「俺もかよ?」
「うん」
亜澄の言う乳神様はそもそもメルヘンチックなんだが、面倒くさいので話は合わせておく。ただしかしご利益はあった。そう、ご利益はあったのだ。
亜澄の胸の成長を知ってから稀に亜澄の胸を見てみるが、確かに若干大きくなった。申し訳程度の膨らみしかなかった胸は、今やちゃんとおっぱいと言えるだけのボリュームがある。あくまでギリギリの線だが。それでも確かなご利益だ。
そして今回の亜澄の目的は三光稲荷神社。ここがどういうスポットなのかはわからんが、日曜日のため人が多い。少なくとも観光に寄ったスポットであることはわかった。
「綺麗な鳥居だね」
「そうだな。昔犬山城に来た時はこんな寺があるなんて知らなかったな」
「そう言えば、家族で来たね。あんまり覚えてないや」
俺達は手を繋いで深紅の鳥居をくぐった。やっぱり手は繋いでいる。傍から見ればカップルだよな。あぁ、どこへ行く……俺の青春。会話まで聞けば亜澄が俺を「お兄ちゃん」と呼ぶから本当の関係性はわかるのだろうが。
三光稲荷神社の入り口は緩やかな石の階段になっていて、一定間隔で鳥居が構えている。そこを歩く人たちは女子のグループやカップルが多いように思う。この5月はずっと天気が良く、そんな参拝客の晴れやかな表情を映し出している。
「う……」
そして階段を上り切ると俺は絶句する。
なんだ、あの絵馬掛所は? 桃色過ぎて近づけない。それは階段を上りきった右手にあった。掛所に奉納されている絵馬は薄いピンク色のハート形で、片面に「縁」の文字が濃いピンクであしらわれ、反対面が願掛けである。
唖然として固まってしまった俺であるが、ふと亜澄から声が聞こえないことに気づく。活発な亜澄だから、こんな珍しいものを見たらワイワイ騒ぎそうなものだが。俺はゆっくり亜澄を見てみた。
「……」
なんと声をかけたらいいのかわからない。亜澄は口をあんぐりと開け、目をパチクリさせていた。いつも堂々としている亜澄の面影はまったくなく、どこか放心状態にも見える。つまり動揺しているのか? なぜ亜澄が?
「亜澄?」
「……」
「亜澄!」
「え? あ? うん……」
やっと我を取り戻したかのように亜澄は、オロオロした動きで俺を見る。本当にどうしてしまったんだ? すると俯いてボソボソ言い出す。
「ちくしょう、乳神様め。これ、丸っきり恋愛要素じゃん。さすがにこれは難易度高いよ。私達兄妹だよ? 恥ずかしいよ……」
何を言っているのだろう? 兄妹? 恥ずかしい? それなら今繋がれているこの手は? いつも腕を組んで歩くのは? 一向に隠す様子のないブラコンは?
とまぁ、そんなことを考えたところで、亜澄の愚痴は俺に向いているわけではないようだから深くは詮索しない。亜澄の口からよく出てくる間々観音の観音様に向けた愚痴だから、メルヘンチックでついていけないわけだ。それに亜澄の羞恥の基準はよくわからん。
「で? ここでお参りをするのか?」
「うん……」
本当にどうした? 顔まで真っ赤にしてしおらしい態度だ。確かに、日に日に気温は高くなっているが、まさか日射病や熱射病なんてこと……? ちょっと心配だな。俺は俯いた状態の亜澄の額にそっと手を当ててみる。
「ひゃっ!」
亜澄の肩が跳ねた。驚かせてしまったようで、申し訳なくなる。
「ご、ごめん。そんなに驚くと思ってなくて」
するとブンブンと首を横に振り、大丈夫をアピールする。口では言ってくれないからやっぱりこれも珍しい。とは言え、体調は問題なさそうだ。勢いよく首を振ったから、その長い黒髪で顔は完全に隠れてしまったけど。
「お参り、行こうか?」
「う、うん……」
相変わらず顔を上げてはくれないし、歩調も鈍いのでここは俺が先導するしかなさそうだ。せっかく亜澄が来たいと言って来た場所なんだから、お参りをしなくては。俺は亜澄の手を引いて本殿まで進んだ。
「亜澄、お賽銭投げないのか?」
「あ、うん。投げる」
亜澄は今までの間々観音参拝で、賽銭の小銭と絵馬とラノベだけは自分の財布から出してきた。だから聞いたわけだが、俺が問い掛けるまで心ここにあらずと言った感じだった。動揺しているというような印象にも見える。
コトンコトン。
小銭が賽銭箱を落ちる音の後、俺と亜澄はパンパンと手を叩いて合掌した。これもゴールデンウィークから続いている動作なので、もう慣れたものだ。
「あ――」
――と言ったところで思わず口を噤む。ここのご利益ってなんだ? 亜澄の豊胸を願うのか? いつもの流れで「亜澄の胸が大きくなりますように」って口にしようとしていたのだが、よくわからん。
と言うことで、俺は別のお願いをした。亜澄の胸のこと以外意識していなかったので、咄嗟に浮かんだことを今回は頭の中で唱えただけだ。
家庭円満でありますように。
しかし咄嗟とは言え、なんでこんな願掛けをしたのだろう。俺がラブラブ両親とブラコン妹に呆れている以外、至って円満な家庭だ。どうせなら俺の童貞卒業こそ願っておけば良かった。合掌を解いてからそう思った。
そして横を向いてみると亜澄も合掌を解いて目を開けていた。その時の亜澄は真っ直ぐ本殿を見ていて、風で流された髪が亜澄の横顔を露わにした。どこか儚げで、けどとても神秘的で綺麗な横顔だった。
いや、いかん。俺は何を妹の表情に見惚れているのだ? まぁ、これこそ亜澄が美少女と言われる所以なのだろうと、少しだけ理解した。
「亜澄、終わった?」
「あ、うん」
「じゃぁ、行こうか?」
「えっと……」
するとモジモジする亜澄。本当にどうしたんだろう? まったくもってらしくない。
「まだ何かある?」
「あの……、あれ」
頬を赤く染めて俯いた亜澄が指差したのは絵馬掛所だ。
「絵馬買いたい」
「ふーん。わかった」
「えっと、お兄ちゃんも一緒に」
「ん? 俺も?」
「うん」
「まぁ、いいけど」
とは言ったものの、これは同行者が亜澄でなければ絶対無理だ。正確に言うと、お連れ様が女でないと、あのピンク色のハート形の絵馬は絶対に買えない。縁結びなのは一目瞭然だし。
と言うことで、俺と亜澄はハート形の絵馬を1枚ずつ買った。本殿の脇に、絵馬に字を書くためのサインペンと長机が用意されている。
「亜澄も本当はカレシ欲しいんだな?」
「は!? なんでよ!?」
どう書こうか考えながらそんなことを聞くと、隣で亜澄が怒気を含んで勢いよく俺に振り返った。違うの?
「いやだってさ、これってどう見ても縁結びだろ? 出会いが欲しいのかなって。お前、モテるくせに一切男に靡かないから、恋愛に興味ないのかと思ってたんだよ」
それで俺は兄離れを期待したわけだが、亜澄は「うぅ……」と唸って俺を睨みつける。今にも噛みつかん勢いだ。さっきまでのしおらしい態度はどこに行った?
「お兄ちゃん!」
「なんだよ?」
「お兄ちゃんも私も書く内容は決まってるんだからね!」
「は!? なんで俺のまで!?」
なんて言ったところで、こんなになった亜澄が引くわけがない。どこか吹っ切れたようにも見える亜澄は、真剣な表情で絵馬に字を書き始めた。そしてそれを書き終わるとビシッと俺に向ける。
「う……」
「お兄ちゃんも同じ内容で書いて! 一緒に掛所に奉納するよ!」
なぜ? マジかよ、この内容。しかも有無を言わせない亜澄の目力。俺は童貞を卒業したいから、良縁を願ったことを書きたかったのに。
結局俺が亜澄に勝てるはずもなく言われたとおりにした。そして掛所に兄妹仲良く、絵馬を横並びに奉納した。
『いつまでもお兄ちゃんと仲良く暮らせますように。このご縁に感謝。○○年5月○○日。倉町亜澄』
『いつまでも亜澄と仲良く暮らせますように。このご縁に感謝。○○年5月○○日。倉町芳規』
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