第12話 兄へのアピール

 ゴールデンウィーク最終日。中日の登校以外全て間々観音に通った私は、朝起きて自分の体の変化に気づく。寝間着のTシャツに擦れるその感触に違和感があったのだ。


「うへっ?」


 ベッドの上で上体だけを起こした私は自分の胸を鷲掴みにする。違う。重みと弾力が違うのだ。今までは絶対に揉むなんて行為ができなかったのに、ほんの少しだけそれができる。

 私は起き上がるとパンツ1枚になって全身ミラーの前に立った。


「うはっ!」


 やっぱり違う。胸の膨らみが増している。巨乳とは言えない。豊乳でもない。しかし明らかに大きくなっている。そして更に嬉しいのが、ウェストもアンダーも維持されていることだ。尤も測ってはいないし、1人では正確に測れないので目算だが。

 私はタンスの引き出しからブラジャーを引っ張り出し、装着を試みた。


「キツい……」


 これは無理だ。苦しくてAカップのブラジャーなんて着けられない。どうしようか……。


「あ、そうだ!」


 閃いた。私はそそくさと身なりを整えると1階に下り、顔を洗って朝食の準備を始めた。もうここ最近では1番のご機嫌だ。自然と鼻歌まで交じってしまう。


 そして朝食が完成したところでいつもの日課に移る。もちろんお兄ちゃんの寝顔を拝みに行くことだ。


 忍び足でお兄ちゃんの部屋までやって来ると、お兄ちゃんはいつもの穏やかな寝顔を浮かべていた。本当に可愛い。そしてスマートフォンとパソコンのチェックも済ませ、次はお兄ちゃんを起こす作業である。

 既に外出用の服に着替えている私はお兄ちゃんのベッドに潜り込む。そしてお兄ちゃんの腕を抱えると、成長した私のおっぱいを目いっぱい押し付けた。


「お兄ちゃん、朝だよ? 自前の柔らかさだよ?」

「んん……」


 お兄ちゃんは眉間に皺を寄せるが、起きる様子がない。私は口をお兄ちゃんの耳に近づける。


「お兄ちゃん、私の柔らかさだよ。ふぅ……」

「うおっ!」


 耳に息を吹きかけるとお兄ちゃんが飛び起きた。お兄ちゃんは身を引くが、私はおっぱいを自慢したいので絶対に腕を離さない。半覚醒の頭で必死に思考を働かせているようなお兄ちゃんに、私は朝の眩い笑顔を向ける。


「起きるから退けよ」

「はーい」


 ここで私がしつこくしてしまうとデートの予定が詰まってしまうので素直に従った。しかしどうだったんだろう? お兄ちゃんは私の変化にちゃんと気づいてくれたのかな?


 やがて私たちはダイニングで朝食を取り始める。私は時々お兄ちゃんに体を向けてみるが、お兄ちゃんの視線が下がることはない。「あ~ん」もしてあげるが、お兄ちゃんはその時瞼を下げるので私が見てほしいところに視線が向かない。

 ただ2人きりだとお兄ちゃんは素直に「あ~ん」に応じてくれるから嬉しい。両親がいると照れて1往復しかやってくれないから。まぁ、今も頬を少し赤くしていて、それがまた可愛いんだけど。


 そんな朝を経て今日も元気に間々観音に向かっているのだが、私の不満は徐々に溜まる。移動中はシートベルトを引っ張って体に食い込ませてみる。しかしお兄ちゃんは赤信号で止まっている時ですらも反応しない。


 私、今日はノーブラだよ?


 ――と心の中でお兄ちゃんにアピールしてみるが、お兄ちゃんは私のアピールに気づいてくれない。

 そう、サイズの合うブラジャーがなかったので私はノーブラだ。もちろんトップが気になるのでその対策は立てている。それはヌーブラの装着である。つまり胸が成長した今日の私は、更にヌーブラ効果もあって大きく見えるはず。

 それなのにお兄ちゃんときたら興味を示さない。


「なんでよー!」


 ――と心の中で何度も叫んでいると、今日も間々観音に到着した。私たちはいつものように順路を廻って参拝をし、やがて本堂にたどり着く。そして私は毎回の如くあちらに行く。そう、参拝する度に毎回だ。トリップである。


「よく来たな、亜澄よ」

「はい! 乳神様! おはようございます!」


 私は元気に朝の挨拶をする。相変わらず神々しい乳神様とはもう随分仲良しで、乳神様に私の名前も覚えてもらった。


「今日は何か変化があったか?」

「ははぁ……、ありがたき幸せ」

「ほっほっほ。喜んでくれたようで何よりじゃ。毎度素晴らしい文化を2品も供えてくれたからのぅ。しっかり願いは叶えてやったぞ」


 私は乳神様が趣向するラノベを毎回2冊持って来ていた。初日の分こそ免除されていたが、それでも気持ちとして初日の分のお供えもしたかったので、2日目に2冊持って行ったのが始まりだ。

 すると乳神様が凄く喜んでくれたので私がそれに気を良くして、3日目以降も2冊お供えした。乳神様の趣向は2つあるからね。そして乳神様の高尚なご趣味だが、やはり純文学の純愛ものではなくて、ラノベのラブコメが正解だった。


「うぉほっほっほ。これじゃ、これじゃ。昨日のも良い品じゃったぞ」


 初めてお供えをしたのが2日目。そしてその感想を最初に伝えてくれた3日目のお言葉がこれだった。

 ただしかし、私の目標はまだ先にある。どうやら乳神様の今日のお言葉を聞いていると、私の願いが成就されたような誤解をしているように思う。


「乳神様、私はもっと胸を大きくしてほしいです」

「ほう、亜澄の願いはまだ先にあると?」

「はい」

「しかし亜澄の場合、そもそも遺伝と体質じゃから仕方なかろう」


 科学的根拠を言うなよ。観音様でしょ? 本当にこの御方は現代をよく知っておられる。確かにお母さんも小さいが……。


「けど私はもっと大きくなりたいです」

「そんなに横の男の興味を引きたいか?」

「もちろんです!」


 トリップ中だから隣にお兄ちゃんはいないけど、私は力強く拳を握った。


「そうじゃのぅ、叶えてやらんでもないが……」

「本当ですか!? 何をすれば!?」

「察しがいいのぅ」


 そりゃね、「叶えてやらんでもないが……」なんて後半を濁せばわかるよ。


「これからも毎週通うか? 学業があるじゃろうから、週末の1日だけで良い」


 やはり日本の学校制度を理解しておられる。そして配慮もして下さる。趣向に関しては譲れないのか、何かと奔放な面も感じる御方だが。とは言え私が思うのは忖度。せっかく結果が出たんだ。このご利益を逃す手はない。


「はい! 通います!」

「ほっほっほ。よろしい。では、毎週通い、供えに参れ」


 あ、やっぱりラノベのラブコメが欲しいのね。聞くまでもなくわかったよ。けどお小遣い大丈夫かなぁ? かなり消費して金欠なんだけど。しかしお兄ちゃんに私を見てほしいからそんなことは言っていられない。


「はい! わかりました!」

「ほっほっほ。楽しみにしておるぞ。今月ずっとそれが達成できれば、月末にはCカップにしてやるからのぅ」

「やったー! ありがとうございます!」

「では、さらばじゃ」


 するとふっと意識が現実に戻って来て、正面に本堂が見えた。間近の視界の端を鈴緒が揺れている。そして大好きなお兄ちゃんの声が聞こえた。


「よし、今日もお参り完了」

「うん! また大須行って、午後からは今日のプランだね」


 これがゴールデンウィーク中の私たち兄妹のルーティンである。両親は遊行で旅行に行っているわけだから、余裕のある生活費を置いて行ってくれている。だから毎日デートができるわけだ。しかしお兄ちゃんは呆れ顔で言う。


「おい……、間々観音は今日までじゃないのかよ? それなのにまだ本を買いに行くのか?」

「今日までの予定だったけど、今月の毎週日曜日が追加になりました。よろしくね、お兄ちゃん」

「……」


 ジト目を向けるお兄ちゃんに、私は満面の笑みを浮かべてお兄ちゃんの腕を抱える。するとお兄ちゃんがボソッと言うのだ。


「はぁ……、俺の青春……。バイトのシフトも組めねぇし……」


 アルバイトの不満はわかったけど、青春って何のことだろう? まぁ、いいか。しかし私たちが次の行動に移ろうと駐車場に歩いていると、ふと気づいた。


 ん? Cカップ?


 乳神様! 横文字!? ブラジャーのサイズ解ってるじゃん! 何者だよ、あなた! ……って、観音様か。しかしこれでわかったよ。今の私はやっぱりBカップなんだね。

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