第28話 私への注目
週が明けて今週もまた学校が始まる。私が気になるのは宮間君のことだ。物理的に消えたことは理解しているが、記憶に残っている。と言うことは、クラスメイトの記憶にもあるはずだと思うのだが。
お兄ちゃんも表情にこそ出さないが気にしているだろう。如何せん、傷害と言えるだけの暴力を振るってしまったのだから。早く乳神様から言われた宮間君消失を、できれば根拠を添えて教えてあげたい。
そんなことを考えながらも私は、この朝もお兄ちゃんと仲良く過ごしてからいつもの時間に家を出た。するとそこにはやはり宮間君の姿はなく、立っていたのは巨乳の奈央だった。
「おはよう、奈央」
「おは、よう……、亜澄」
お! おお! 奈央の目が私の胸に向いている。とうとう私はブラウスのボタンを留めるのに苦労するほどになったのだ。その膨らみはブラウス越しだと顕著である。尤も、奈央のサイズには及んでいないが。
「大きく、なった……よね?」
「えへへん!」
私は自分のおっぱいがとても誇らしくて、ある胸を張る。あぁ、気分がいい。今日の天気のように私の心は晴れている。今までは「ない胸を張る」と表現しなくてはならず、それが変わったのだから。
「やっぱりご利益なの?」
「そうだよ」
ニコニコ顔で答えて私と奈央は歩き始めた。私が家を出た瞬間にインパクトのある胸を見せたからか、奈央はさも思い出したように話題を転換する。
「あ、そうだ。宮間君が今日はいなかったんだけど?」
「ふーん。そうなんだ」
「返事薄いね」
「そんなことないよ。助かるなぁって思ってる」
「だよね。まぁ、彼に対してそんなことを思うのは私たちだけだよね。他の女子が聞いたら顰蹙ものだわ」
確かにそうだろう。そして先週末に起こったトラブルは奈央にも言わないでおこうと思う。私だけが知る宮間君の消失だが、いなくなった虚空の彼が起こしたことを言っても仕方がない。
やがて私たちは揃って学校に到着する。そこでこの日は変化があった。通学路でも感じてはいたが、生徒が増えるにつれて私への注目度が増すのだ。今までは顔やスカートから覗かせる絶対領域だったのに、今日は顔と胸の交互だ。特に男子である。
ただそうは言っても衣替えをして2週間。単純に今まで気づかなかったという感想がちらほら聞こえる。つまり昨年と比べて成長したと思っているのだろう。まぁ、事実はここ1カ月半での成長だけど。
しかし奈央はいつもこんな視線に晒されていたのか。胸が大きくなって初めて心中察する次第だ。この厭らしい視線は最初の数人こそ誇らしく思ったが、ものの10人未満でげんなりしてしまった。とにかくエロいのだ。
お兄ちゃんならどれだけ見てくれてもいいけど。こないだは断られちゃったけど、またお風呂に誘ってみようかな。何なら本当に触っても揉んでもいいんだけど、お兄ちゃんは照れて遠慮してしまっている。せいぜい私が押し付けるくらいだ。
そして教室まで入ると私はすぐに気づいた。私の隣にあった席が無くなっているのだ。気づかない方がどうかしていると思うほど、忽然と消えていた。すると聞こえてくるクラスの女子の会話。
「宮間君の席どうしちゃったんだろ?」
「もしかしてイジメとか……」
「それはないと思うよ。今日の朝早く、先生が運び出してたから」
それだけでも宮間君がもうこの学校に通わないことはわかる。特に聞き耳を立てていたわけではないが、私は教科書を机の中に詰めながら続けて彼女たちの会話を耳に捉える。
「倉町さんってカノジョだよね? どうしたのか聞いてみる?」
私はカノジョではないよ。
「倉町さんなら知ってるはずだよね」
確かに知っているけど、こんなオカルトチックな話は誰も信じないでしょう。奈央だって私の胸に対してはご利益としか思っていないのだから。
もちろん宮間君の存在もそのご利益のための試練ではあったのだが、そもそも乳神様は空想上の御方だと思われているだろうから。
「別れちゃったとか?」
だから、付き合ってすらないって。
「たった2週間で?」
まったく、もう。どうしても私が宮間君のカノジョだという認識を変えてくれないらしい。
そうして朝を過ごしていると始業のホームルームが始まり、担任の先生が入室して来た。先生は開口一番、その野太い声で言う。
「えー、宮間が転校することになりました」
「えー!」
「そんな……」
「私の癒しが……」
おいおい、私を勝手に彼のカノジョに仕立て上げておいて、それでも落胆するのか。まぁ、アイドルを見るような目なんだろうけど。
「今朝、宮間の親御さんが来て、突然のことでお別れもちゃんとできなくて申し訳ない。みんなにはよろしく伝えてほしいと言われた」
来た親御さんって誰だよ? 大宮女大神様が作った虚空だとしか考えられないけど。まぁ、これは私のみが知るところだ。ただこれでお兄ちゃんに転校だと説明ができる。安心させてあげよう。とは言え転校くらいで安心するかは微妙だから、しっかり私が寄り添う。
「良かった……のかな? 亜澄としては」
これはお昼休みにお弁当を食べている時の奈央からの言葉だ。久しぶりに奈央と2人だけで机を寄せて食べている。実に平和だ。それを感じると奈央の疑問を肯定したくなる。
「うん、良かった」
「結局危ないこともなかったし、私の考え過ぎだったのかな? それならそれで良かったんだけど」
ふふん、と奈央に向けて笑っておく。大宮女大神様が作った彼のことだから言わないけど、奈央には凄く感謝しているよ。
後からお兄ちゃんに聞いた話、奈央から奈央のカレシのシゲ先輩へ話が伝わり、そのシゲ先輩がお兄ちゃんに助言をしていたらしい。だから私は警戒していたお兄ちゃんから助けてもらえた。
更にお兄ちゃんから「俺の亜澄」って言ってもらった。あの言葉は私の中で一生の宝物だ。
「しかし成長したね」
そう言う奈央の目は私の胸だ。女の子の視線は厭らしくないので実に誇らしい。
「けど、ご飯食べにくいってわかった」
「ふふ。私の苦労がわかった?」
「うん。それにやっぱり体重も増えた」
「胸以外の体系は変わってるように見えないから、単純に胸の重さね」
「そうだと思う。1キロも増えてないから」
「肩こりもあるから覚悟しときな?」
「うげぇ……」
「因みに今、なにカップ?」
教室の中の食事中なのにストレートに聞くのね。とは言え、昼休みの緩んだ雰囲気の中、周囲は騒がしいから私の返事も紛れるだろう。
「Eカップ」
「それならまだかわいいブラもあるね」
「え? 奈央はないの?」
「私もまだ大丈夫。ただ、これ以上大きくなると危うい」
大きいとそれはそれで色々な悩みがあるんだ。まぁ、私はこれ以上大きくなることはない。そもそも貧乳なのに、乳神様の念力によって大きくなった胸だから。それにもう来るなと言われているし。もう少しくらいいいじゃん。いつか行ってやろう。
ただ、お兄ちゃんは喜んでいるようなので満足をしておこう。これで非処女の巨乳のクソビッチがお兄ちゃんに近づいても、お兄ちゃんの目は私にあるから大丈夫だね。
ん? あれ? なにか違う気がする。
確かにお兄ちゃんに胸をアピールしたい。それは効果を発揮しているように思う。しかし今の私の根底にある目的って……。
「あのさ、奈央?」
「ん?」
「私、好きな人ができた」
「……」
奈央が箸を咥えたまま固まった。今までまったく男子に靡かなかった私だからよほど衝撃的だったようだ。そして絞り出すように奈央は言う。
「まさか、芳規先輩だなんて言わないでしょうね?」
あぁ、どうしよう。耳が熱くなるから顔が真っ赤になったのだとわかる。思わず俯いてモジモジしてしまう。すると奈央のため息が聞こえた。
「はぁ……。もうここまで来るとあんたのブラコンも末期だわ」
ガクン。奈央が完全に引いてしまって私は肩を落とす。それでもこの気持ちはどうしようもないし、お兄ちゃんを好きでいることは私の誇りだ。
「厳密に言うと、ずっと恋愛感情でも好きだったってことに気づいたんだけど」
「どっちでも一緒だよ」
「うぅ。でもね、どうしても女としてお兄ちゃんを振り向かせたいの」
家族として愛し合っていることは今も昔も揺るぎない。けど私には欲が出ている。
「だからどうしたらいいかな?」
「知らんわ」
「はう……」
せっかく奈央にはキューピットをしたのに、さすがにこればかりは協力的ではないらしい。仕方がない。私は孤軍奮闘を誓った。
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