第11話 妹の奇行
まったくもってわからん。我が妹、亜澄の行動だ。一体何を考えているのだろう? 頭の中がメルヘンになってしまったのかとさえ疑い、心配になる。
「お兄ちゃん、このタイトルどうかな?」
「いいんじゃないか?」
「ぶー。返事が適当」
そんなことを言われても俺だってそこまで詳しいわけではない。
俺と亜澄はゴールデンウィーク2日目の日曜日、大須にあるオタク系の店に来ている。ゲームやアニメや本の品揃えが豊富で、意外にもここで亜澄はラノベを見繕っている。
そもそもの話だが、ここに来るなら地下鉄で来たかった。しかし移動手段は俺の運転によるオカンの軽自動車だ。はっきり言って名古屋の街中の運転は、走行もコインパークへの駐車も俺にとって苦行以外の何ものでもない。
それがなぜ自家用車移動なのかと言うと、今日も間々観音に行って来たから。午前のスケジュールは昨日とまったく一緒。朝から叩き起こされ、腕を上げた亜澄の美味しい朝食を2人で食べて、そして間々観音に直行。その後が名古屋市内に戻って大須のここだ。
「お前は一体いつからラノベに目覚めたんだよ?」
「私じゃないよ。乳神様がほしいって言うから」
これだ。こんなことを言い出すようになったから、亜澄の脳内はメルヘンになったのかと疑う。ただ確かに、亜澄が見繕うラノベは男性読者向けのラブコメだから、本人が目覚めたというのは違うのかもしれない。
しかしだ。
「これどうかな?」
「そのタイトルは聞いたことがあるな。いいと思うぞ?」
「じゃぁ、今日はこれにする」
亜澄が選ぶタイトルは百合もの。なぜ……? 同性愛の文芸本を選ぶのなら女としてそういうのに目覚めたのかと思うが――但し、それはそれで兄としてショックを受ける――亜澄が選ぶのはあくまでラノベの百合もの。しかも読者層は男向けだ。
「もう1つはこれなんてどう?」
「あぁ、それも聞いたことがあるな」
「じゃ、これにする」
高校時代も大学生になった今でも、周囲にラノベのファンはいる。俺はそこまで詳しくないが、友達に薦められる程度に読んだことはあるし、読むこと自体が嫌いなわけではない。だから俺が知っているタイトルなら、俺が誰かに薦められたタイトルだから間違いがないという考えだ。
しかしだ。亜澄が今手に取って購入を決めたタイトルは兄妹もの。普通に考えて兄の俺と一緒に買い物に来た時にそのジャンルを買うか? 亜澄には血縁者に対する羞恥心がないのだろうか?
「なぁ? 亜澄?」
レジで支払いを終えた亜澄に俺は問い掛ける。因みに、ラノベの購入資金と賽銭と昨日の絵馬だけは今回のデート費用の中で、亜澄が頑なに自分の小遣いから出している。ご利益を得るために自分の金でないと意味がないのだとか。その他の費用は親が置いて行った生活費からだ。
「なに?」
「今日の参拝で、せっかく買った本をすぐに持って帰って来たけど、それでご利益あるのか?」
「乳神様がね、私をトリップさせた時に本の付喪神を吸い出してるって言うんだよ」
「……」
「だから、お供えって言うのは形式的な言葉で、直接持ってさえ行けばそれで乳神様は本が読めるんだって」
今度精神科に連れて行こうかな? まぁ、亜澄がこう言うからつまり昨日買った本は参拝後、すぐに持って帰って来たわけだ。とは言えこれ、家に持って帰った後、誰が読むんだ?
そう話して歩いていると、俺たちはこの日のランチの目的地に到着した。この日も良く晴れていて、正に五月晴れと言われる空が周囲の小高い建物の陰影を濃く写す。
「わぁ……、結構並んでるね」
「だな。店、変えるか?」
「並ぶのもデートのうちだよ、お兄ちゃん」
そう言って俺の手をギュッと握る亜澄の目はキリッとしていた。て言うか、それを言うなら「待ってる間もデートのうち」ではないだろうか? まぁ、人伝えかどっかのメディア媒体による俺の薄い知識だが。
俺たちが到着したのは大須にある「矢場とん」だ。名古屋と言えば味噌カツ。矢場とんはトンカツ専門店として名を上げた店である。大須にあるここは本店で、ゴールデンウィークのこの日は混んでいる。待ち時間が長いようだ。
本店は縦に長い店舗ビルで、1階から3階が客席で、4階と5階は宴会場だそうだが、宴会場に行ったことはない。
因みに待っている間、列は建物の外にも及ぶわけで、待ち客のみならず通行人までが俺たちに注目する。それは大抵が男で、カップルだと思われるペアの場合、連れの男を睨みつけるのがパートナーの女だ。
こういうところだよな、亜澄が注目されるのって。間違いなく周囲の男の目を引いているのが美少女と言われる所以だ。それを間近で見てきた俺だから身内とは言え、客観的に亜澄の女としての魅力が高いことは理解している。
「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん。鉄板とんかつとわらじとんかつ、どっちがいいかな?」
ルンルン気分の亜澄が列でメニューを見ながらそんなことを言うと、1組前のカップルが振り返る。
その微妙な表情、止めてくれよ。考えるまでもなく「お兄ちゃん」という言葉に反応したのだろうが、「あぁ、なんだ。兄妹か」とか「いい歳した兄妹で手を繋いでんのか?」とか、そんな複雑な心情が読み取れる。
更には背後からも痛々しい視線を感じるのだが、さっき見た時、1組後ろは男3人組だったからもう振り返らない。どうせ羨む視線と兄妹に対する微妙な視線を掛け合わせていることなどわかりきっている。
早く亜澄が兄離れしてくれないかな? 一緒に出掛けては手を繋いだり、腕を組んだりして歩くから、その時に「お兄ちゃん」と呼ばれる俺は居た堪れないのだ。
ただ美少女と言われる亜澄から「お兄ちゃん」と呼ばれることに、優越感を抱いている俺もいる。それを否定し切れないから俺って救えない。
「どっちがいいかなって、その量、食べ切れるのかよ?」
矢場とんのグランドメニューは一般的な女性が食べ切れる量ではない。亜澄も例外ではなく、食は人並みの女子高生だ。
「ぶー。食べ切るもん」
意地になってそんな言葉を返してくるが、せっかくの細身なのに太るぞ? まぁ、そんなことを言っては絶対に亜澄の機嫌を損ねるから口にしないけど。
「単品のお好み盛り合わせにしとけよ?」
「やだ!」
なんて強情な。こうなると亜澄が引かないのはもうわかっている。なんせ、亜澄が生まれてからずっと一緒にいる俺だから、そのへんはよく知っている。
「せっかく矢場とんに来たんだから、有名なメニューを食べる」
確かにその考えは理解できる。
「じゃぁ、俺が適当に単品のお好み盛り合わせにしとくから、亜澄が残したらそれももらうよ」
「えへへん。ありがとう、お兄ちゃん」
そう言って手を離したかと思うと、俺の腕を抱え込む亜澄。周囲の目が痛いから俺の肩で頬ずりをするのは止めてくれ。
ただしかし感じることもある。やっぱり亜澄は貧乳だ。徐々に薄着になって来た季節なので、腕にかかる圧力の乏しさが顕著だ。まぁ、高圧力を感じたことなんて人生一度もないのだが。死ぬまでに一度は巨乳に溺れてみたい。
亜澄の目的が判明した間々観音。実際に亜澄の胸を大きくしてくれるのだろうか?
あ、別に大きくなった場合の亜澄の胸で何をするとかはないぞ? 妹の体に期待なんてしてないから。
ただもしご利益が本物なら、そんな素晴らしいお寺、今後の糧となるでなないか。今後いつかはできると信じて疑わない俺のパートナー。今はどこにいるかもわからない彼女がもし貧乳だったら、引き出しの1つになる。だから俺はご利益を期待している。
そんなことを考えていると、やっと俺たちは席に通された。かなり長い待ち時間であったが、一緒にいる連れが慣れている亜澄なのでそれほど苦にはならなかった。
そして亜澄はやはり残した。まったく。それを俺が予定通り片付けたわけだが、やっぱり量が多くて店を出る頃には腹が苦しかった。
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