第18話 私の隣に転校生

 まさかのまさかだ。こんなに露骨でベタな展開ってある? 隣の席をチラッと見るとその男子はニコッと笑う。恐らく爽やかなイケメンの笑顔なんだろう。尤も私に興味はないし、ため息しか出てこない。


 今日、私のクラスには転校生がやってきた。名前は宮間大みやま・だい君。彼が教室に姿を現した時にクラス中の女子が沸いたほどだ。それだけ整った顔と、バランスのいい背格好をしている。

 そしてなぜ私からため息が出るのかと言うと、なんと彼は昨日の日曜日にお兄ちゃんが轢き殺そうとしたあの男の人だったからだ。


 なんで名古屋の高校に転校してくる宮間君が昨日、小牧のあんな場所を歩いていたのか。そして不幸にも私の隣の席が宮間君に用意され、そしてチラチラと私を見てくるのだ。

 そもそも私の隣の席に着いた瞬間から、すっごい勢いで話しかけてくる。その内容が「カレシいるの?」とか「ライン教えて」とか「今度遊びに行こう?」だから疲れる。自分でこんなことは言いたくないが、明らかな猛アタックである。これがため息の原因だ。


 私には誰よりも尊いお兄ちゃんがいる。乳神様、ごめんね。乳神様は2番目だよ。両親や奈央が3番目かな。まぁ、それはいい。だから私はお兄ちゃんと一緒にいる時間が人生で一番大事で、男に現を抜かす暇なんてまったくない。

 それなのに恐らく超絶イケメンの爽やか転校生が私ばかりに構うものだから、午前の休み時間までは彼の周りにできていた人だかりも、午後になってからは完全に捌けてしまった。


 そして授業中にも関わらずこの転校生は私をチラチラ見るのだ。マジで授業に集中できない。

 私の親はそれほど学業にうるさくないが、高校受験の勉強を手伝ってからお兄ちゃんが勉強に対して厳しくなった。そりゃ、苦労して合格させて、高校で私が学力底辺にいたら報われないよね。


 そんな授業に集中できない宮間君の転校初日を終えてこの日も帰宅となった。今日はお兄ちゃんのアルバイトがある日だから、さっさと帰らないとお兄ちゃんと一緒にいる時間が減ってしまう。それは痛いので私はそそくさと教室を出た。


「ねぇ、倉町さん。ちょっと待ってよ」

「はぁ……」


 早歩きで昇降口に向かう私から思わずため息が出る。もう覚えてしまった。隣の席の彼の声を。無論、私を追いかけて来たのは宮間君だ。


「なに?」


 私の横に並んで歩き出す宮間君に素っ気なく言う。私の横はお兄ちゃんか女子の友達くらいしか歩いちゃいけないんだけど?


「俺、転校してきてこの辺よくわからないから、案内してくれない?」

「無理だよ。私、早く帰らなきゃいけないし」

「用事?」

「そうだよ」


 お兄ちゃんの今日の授業が早く終わることを知っているので、さっさと帰りたい。こないだみたいに迎えに来てもらえば良かったかな? けど徒歩通学でそれほど遠くないし、お兄ちゃんのことを思いながら下校するのも楽しい。


 やがて昇降口を経て、校門の外まで出る。しかし相変わらず宮間君はついてきた。まさかこのまま家まで来ることはないよな?

 外は厚い雨雲がかかっていてどんより曇っていた。降るだろうか? 傘を持って来ていないから早めに帰った方が良さそうだ。


「部活はやってないみたいだけど、予備校?」

「違うよ」

「習い事?」


 鬱陶しい。奈央にでも声をかけて一緒に帰れば良かったかな? けど奈央は不定期参加の文化部に今日は出ると言っていたし、彼女が終わるのを待つのはちょっと無理だ。


「本当に用事?」

「もうっ! 本当だよっ! 家の用事」


 お兄ちゃんの運転する車で危険な目に遭わせてしまった宮間君だからあまり邪険にはしたくなかったけど、どんどん私の口調は強くなる。すると閃いた。


「そうだ!」

「ん?」


 疑問を呈した宮間君のことは無視して通学鞄からスマートフォンを取り出す。お兄ちゃんに電話をかけて話しながら家まで帰れば宮間君のことは気にならないという魂胆だ。しかしその前に、お兄ちゃんからラインのメッセージが届いていたことに気づく。


『学校終わったら電話して』


 やんっ。相思相愛じゃん。もう、お兄ちゃんったら。一気に機嫌が良くなった私は早速電話帳からお兄ちゃんの名前をタップした。


『もしもし、亜澄? 学校終わった?』

「うん。どうしたの?」

『オカンが入院した』


 すっと血の気が引いた。力が入らず、耳に当てていたスマートフォンが私の手から滑り落ちたような錯覚さえも起きた。実際はちゃんと私の手に握られていて、お兄ちゃんの言葉が続いた。


『あー、心配するな。なんか血液数値の異常で、しばらく点滴治療をしなきゃいけないけど、ちゃんと治るから深刻な病気ではないらしい』

「なんだ……」


 自分でも驚くほど私の声は震えていて、それに気づくと同時に大きく安堵した。それでもお母さんが入院したという事実に、私の心配は完全には拭えていない。


『それでな、亜澄に家事のお願いをしたくて』

「そっか。任せて!」

『今日の食材の買い出しもだけど、金持ってるか?』

「うん。足りると思う」

『じゃぁ、早速で悪いけど頼むな。明日以降の金はオカンから預かっておくから』

「わかった」

『親父は定時で仕事終わらせて病院に来るって。俺はとりあえずバイトの時間まで病院にいるから』

「そっかぁ、仕方ないね。お母さんのことよろしくね。お兄ちゃんのご飯はバイト後?」

『うん、そうする』


 連絡事項を全て話したところで私たちは電話を切った。つまり今家に帰ってもお兄ちゃんがいない。残念だがこればかりは仕方がない。お母さんも何かと不便だろうから、お母さんのことを任せたい。


「本当に家の用事だったんだ?」


 すると電話を切ったタイミングで宮間君が話しかけてきた。まさかの話題で彼の存在を忘れていた。家に着くまでお兄ちゃんと長話をする打算も意識の外だった。そうは言っても、お兄ちゃんは病院にいるだろうから長話は遠慮する。


「そうだって言ったじゃん」

「嫌われてるから嘘を吐かれたのかと思ってて」


 嫌うって程のことではないけど、正直、君を躱すための嘘を吐くことに抵抗はないよ? 結果的に家の用事だけど、そもそもお兄ちゃんと一緒にいたい理由だから。確かにこれも家の用事と言えば家の用事だけど。


「ご飯の確認をしてたけど、今話してたのって昨日一緒にいたお兄さん?」

「そうだよ」

「倉町さんが作るの?」

「そうだよ」

「へぇ、いいなぁ。俺も倉町さんが作った料理を食べてみたいな。絶対美味しいんだろうな」


 図々しい。私は家族にしか作ってあげる気はない。家族以外だとせいぜい女子同士で手作りお菓子の交換をするくらいだ。そもそもお兄ちゃんに喜んでほしくて日々腕を磨いているのに、なぜ昨日会ったばかりの宮間君に作ってあげなくてはいけない?


 しかし宮間君は私の予想を超える行動に出る。


「お! もしかして今日は肉じゃが?」


 なんと、私が下校中に立ち寄ったスーパーにまでついて来たのだ。そして商品棚を見て回る私の隣を歩き、買い物かごの中を覗く。マジでなんなんだ!

 半ば無視した状態で私は買い物を済ませると、スーパーの外に出た。すると立ち尽くす。とうとう降り出していたのだ。しかも雨足はかなり強い。


「もしかして傘持ってない?」


 横からそんな声が聞こえたので振り向くと、宮間君が通学鞄から折り畳み傘を出していた。そして言うのだ。


「折り畳みだから小さいけど、良かったら入る?」


 一瞬考えてしまった自分が情けない。小さいからこそ私を一緒に入れることへの下心が見え見えだ。


「いい」


 私はそれだけ言うと、店内に足を戻した。そして傘を買った。傘が売っているスーパーで本当に良かった。けど私の財布の中はとうとうすっからかんになってしまった。とほほ。乳神様に散々貢いだからなぁ。

 まぁ、生活費の分は返ってくるから一時的なものだけど。しかし隣の彼に対してはそんな悠長なことを言っていられない。

 いっそのこと昨日、本当に事故に遭っていれば良かったとさえ思う。いや、それだとお兄ちゃんの立場が悪くなるからダメだ。あくまでそれくらいの嫌悪感に変わったということで。


「これ以上ついて来たらストーカー行為で警察に通報するから」


 冷たくそう言い放つと、私は宮間君の顔も見ずに家路に就いた。その後は宮間君の足音が聞こえることはなかった。

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