第二章
第9話 妹とドライブ
ルンルン気分の亜澄は助手席で迷いなくカーナビをセットする。操作は名称設定で、恐らく初めて見るその寺の名前に俺は首を傾げた。
「間々観音?」
「うん」
「観音寺に参拝するのか?」
「うん」
弾んだ返事を繰り返す亜澄だが、俺は亜澄からデートだと聞いているので、まさか参拝に行くとは思ってもいなかった。目的地は隣の小牧市になっている。
「どういう寺だ?」
「いいから、いいから。セット完了! レッツゴー!」
狭い車内で亜澄が拳を突き上げるので、俺はシフトレバーをドライブに入れてアクセルを踏んだ。
ゴットン。
「うおっと!」
亜澄の上半身が前後に振られ、なんとも微妙な声が出る。助手席の亜澄がそんなふうだから、もちろん運転席の俺の上半身も振られた。
「すまん」
「おい……」
俺はブレーキペダルを強く踏んで、慌ててサイドブレーキを下した。はい、サイドブレーキがかかったままだと気づいてプチパニックを起こし、慌ててブレーキを踏んだ次第です。まぁ、安全側のミスではあるが。所詮若葉マークが貼り付いた初心者だ。
「じゃぁ、気を取り直して」
「気を取り直して、レッツゴー!」
亜澄の機嫌は相変わらず良い。ゴールデンウィーク初日は晴天で、それこそ亜澄を映し出しているかのようだ。そんな日差しをガラス越しに浴びて、ガチガチに肩に力が入りながらも俺は車を進めた。
名古屋市内の道路は車線が多く道幅が広い。ぶっちゃけ、車線変更など初心者には難易度が高い。
加えて、小牧市までは都市高速も伸びているから、小牧の名古屋寄りもまた道幅が広い。助手席からご機嫌弾丸トークをしかけてくる亜澄の話の内容は、1割も届いていない。
因みに、都市高速を使う気など更々ない。走るのは専ら一般道だ。道幅の広い一般道が難易度Sだとしたら、複雑に分岐が絡み合って、周囲の車のスピードが出ている都市高速は難易度SSだ。俺は運転免許を取得してやっと1カ月程が経ったところなんだ。
「お兄ちゃん、ポッキー食べる?」
「あぁ、うん」
未だに緊張は解けないが、小牧に入った頃から亜澄の言葉くらいは聞き取れるだけの余裕が出てきた。俺は亜澄が運んでくれるのであろうポッキーを開口して待った。もちろん視線は前方から外さない。
しかしだ。ポッキーは一向に俺の口に届かない。口の中では唾液が溜まり、開けているのが辛くなってきた。俺は赤信号で止まったタイミングで助手席を向いてみる。
「……」
何をやっているのだ? 我が妹は……。
亜澄はなんと、自分の唇にポッキーを挟み、そのポッキーを俺に向けていた。更には目なんか閉じて、ポッキーを咥える唇まで突き出している。
「おい……」
「早くぅ」
亜澄は指先でポッキーの先っぽを支えると、短くそれだけ言った。我が妹は兄妹間で、しかも運転手に対してまさかの行為を求めていたのだろうか? ただ、亜澄のキス顔に見惚れたから、俺は自己嫌悪する。
俺は亜澄の口からポッキーを手で奪うと自分の口に放り込んだ。バリバリ素早く噛んで、ポッキーは瞬く間に俺の口の中に納まる。
「ちぇ……、ノリ悪いなぁ」
兄妹ですることではないのだから、ノリがいいも悪いもない。俺は亜澄に答えることもなく、青に変わった信号に従って車を発進させた。
自宅から目的地の間々観音までは国道に入ってから一直線の北上で、1時間少々で到着した。ゴールデンウィーク中でなければ1時間もかからないのかもしれない。連休初日の午前中はそれなりに道路が混んでいた。
ただカーナビがあったからいいものの、間々観音は入り口が分かりづらく、寺の敷地を一周以上回ってしまった。そしてやっと狭い駐車場入り口を発見したのだ。
そこは通りに面したコンビニの裏手の、細い路地に向いていた。わかりづらいわけだ。入った駐車場は十数台が止められる程度の狭小さで、先に3台ほどが停まっていた。俺は空いている駐車マスに前から突っ込んで駐車した。初心者だから。
「うふふ。到着!」
ぴょんと飛び跳ねるように亜澄が助手席から外に出た。薄手のカーディガンを羽織っていて、ヒラヒラミニスカートを穿いているのだが、そんな軽やかな動作をするとパンツが見えそうだ。
尤も血縁者の俺が見たところで興奮もしないし、そもそも見慣れている。ただ、他の男の目につくのは、さすがにはしたないから気を付けろよとは思う。
そしてカーディガンの下に着ているのは体のラインを模るシャツで、亜澄の貧相な胸も寸分たがわず模っている。まぁ、運転に余裕が出てきた頃から、食い込まない助手席のシートベルトを目にしていたわけだが。
「お兄ちゃん、早く!」
緩慢な動きで俺が車から降りていると、亜澄が目を輝かせて急かす。そんなに慌てるな。こちらとしては、ちゃんとサイドブレーキを引いたかとか、シフトレバーをパーキングに入れたかとか、鍵をかけたかとか、心配で確認に余念がないのだ。
すると亜澄が運転席側に回って来て、俺の腕を抱え込む。そして俺の肩に頬を寄せて満面の笑みを浮かべるのだ。真っ直ぐに下ろしている肩より長い亜澄の髪が風で靡き、俺の頬をくすぐった。
「行こう?」
「うん」
まぁ、可愛い妹だ。しっかり引率をしてやろう。しかし歩き出して、駐車場から寺の境内に入って俺は驚愕する。
「うおー! 本当にある!」
一方、亜澄は目をまん丸に見開く。その目が捉えているのは俺と同じものだが、どうやらこれがこの寺のモニュメントのようだ。しかしまさかのモニュメントに俺は半口を開けたまま固まってしまった。とりあえず、絞り出すように声を出す。
「亜澄……? ここって何の寺?」
「えへへぇ。間々観音。通称おっぱい寺」
「あ……」
そう言えば、おっぱい寺と聞いて記憶が蘇る。確かに最近、バラエティー番組で取り上げられていた。なぜ今まで気づかなかったのか、確かにそのおっぱい寺は間々観音と紹介されていた。俺の目はおっぱい寺を象徴するモニュメントに釘付けだ。
それは
そして更に驚くのが、その乳房の先端からは水がチョロチョロと出ている。それが手水場に溜まり、その水を柄杓で掬って参拝者がお清めをするようだ。て言うかこれ、完全にネタじゃん。
ここは駐車場連絡口から入ると順路を戻る方向にあるが、連絡口のすぐ脇にあるのでそもそも数歩のことだ。正門から入れば目立つところにある。すぐに気づけたのは亜澄が注目をしていたからであるが、亜澄は入念に下調べをしたのだろうと思った。
「はい、お兄ちゃん」
するとニコニコ顔の亜澄が柄杓で水を掬って俺に向ける。反対の手にはハンドタオルが握られていて、チェーンの肩掛けバッグがやはり亜澄の貧乳を強調する。……ん? 貧乳? あぁ、そう言えばここのご利益って……。
とりあえず俺は亜澄の動作に従って手を清めた。俺に続いて亜澄も手を清める。
「お兄ちゃん、順路回ろう?」
「あぁ、うん」
しかしこの寺、テレビで見た時のイメージより随分狭い。順路を歩くとものの数十歩で次のモニュメントに到着した。
それは白い石像で、赤ん坊を抱いた観音様だ。もちろん乳房は丸出しである。そしてこちらも乳房の先端から水が流れている。て言うか丸出しのそれ、触っちゃダメかな? さすがに観音様のお身体だから罰が当たるか。
そして次に巡って来たのが本堂の脇にある建物の前で、賽銭場と線香を立てる鉢がある。しかしその鉢の線香を立てる砂の上がアーチ型の屋根になっていて、なんとアーチ上に乳房が上向きに模られていた。
「仰向け……」
「ん? なんか言った?」
「いや、何も……」
俺と亜澄は賽銭を投げて線香を立てた。乳房の土台になっているアーチには「ままかんのん」とひらがなで書かれている。俺は鉢の乳房を鷲掴みしてみた。
「おっぱいって硬いんだ……」
「んなわけあるか!」
「うほっ!」
隣で合掌していたはずの亜澄からローキックが飛んできた。
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