第20話 私のイライラ
宮間君の転校で私の学校生活は一変した。今日は宮間君が転校して来てわずかまだ2日目だ。それにも拘わらず、宮間君が家まで来て一緒に登校をしたような形になったものだから、私たちが付き合っているという噂で学校中持ち切りだ。
そもそも私には一緒に登校をした認識がないし、昨日の下校だって今日の朝と同様、宮間君が勝手について歩いただけだ。そろそろ本気でストーカー行為だと通報することも頭を過るが、学年の生徒は美男美女のカップルが誕生したと浮かれている。
そして迎えた昼休み。一番後ろの席の私は前の席を拝借した奈央と机をくっつけて、いつもお弁当を一緒に食べる。しかし昨日から新たに運ばれてきた私の隣の席。その住人まであろうことか机をくっつけてくる。無論、宮間君だ。
「そのおかず美味しそうだね」
「……」
「倉町さんが作ってるんだよね?」
「……」
私は無視を決め込み、黙々とお弁当のおかずを口に放り込む。しかし宮間君に私の無視は堪えないらしい。そりゃ、昨日あれだけ強く言ったのに家を突き止めて、朝は押し掛けて来たのだからそうだろう。そんな私たちの様子を居た堪れない表情で奈央が見ていた。
「毎日自炊して大変じゃない? 尊敬するよ」
「……」
相変わらず無視を続ける私だが、その重苦しい雰囲気を打破したかったのか、それとも単純に疑問に思ったのか、奈央が聞いてきた。
「亜澄? いつもおばさんが作ってくれてたよね?」
「うん」
奈央からの質問にはしっかり声を出して答える。尤も不機嫌は隠していないが。
「今日は自炊なの?」
「お母さんが入院しちゃったんだよ」
「え……?」
決まりが悪そうなか細い声で反応した奈央。一方、宮間君からも声は聞こえない。さすがに余計なことを聞き過ぎたと思ったのか、もしそうならこれからは是非、発言を控えてほしい。
「そんなに心配する病気ではないらしいけど、しばらく入院しなきゃいけないみたい」
「そうだったんだ……、大変だね。いつから?」
「昨日から。まだお見舞いにも行けてなくて」
「そうなんだ」
「家のことをやらなきゃいけないから、週末くらいしか私はお見舞いに行けないの。お見舞いは毎日お父さんが行くみたい」
「じゃぁさ!」
それは男声だった。私と奈央の会話に割って入ってきたのは宮間君だ。遠慮はしてくれないみたいなので、私は肩を落とす。
「今週末、俺も一緒にお見舞いに行くよ」
「は?」
恐らくこれほど冷たい声を出したのは人生で初めてじゃないかと思う。この日家の前で最初に顔を合わせて以降、初めて宮間君の顔を見た。表面上は爽やかな笑顔だろう。そんな笑顔に私は、これまた人生で初めてだと思うほどの冷たい視線を突き刺した。
そして私が言葉を続けようとしたその瞬間、先に口を開いたのは奈央だった。
「宮間君、さすがにそれは配慮がないよ。亜澄のお母さんと面識ないでしょ?」
「いや、だからご挨拶をと思って」
「宮間君は別に亜澄の親に挨拶をする立場にいないじゃない」
まったくもってそのとおりだ。私が思っていたことを奈央が代弁してくれた。奈央ほど付き合いが長くて、私のお母さんとも懇意にしている友達ならお見舞いも歓迎だ。しかし私と宮間君が出会ったのは2日前の日曜日だ。何の義理もない。
「そっかぁ、わかったよ」
一応の納得を示してくれた宮間君に安堵する。もしそこまでされたら間違いなく通報は免れないだろう。しかし昨日の帰りや今日の朝の強引さがある宮間君だから、まだ油断はできない。
一方、学校中が私にとって不本意な浮かれた雰囲気の中、奈央だけは私の態度をしっかり把握して、噂に流されないので助かる。奈央のありがたみをひしひしと感じて、持つべきものは友達と兄だなと心から感謝した。
やがて食べ終わると私はそそくさとお弁当箱を片付けた。奈央もお弁当箱を片付けに一度自席に離れる。しかし宮間君は一向に机を離さない。まったくもって鬱陶しい。すると奈央が戻って来た。奈央が来てくれなければ、私の方が行っていたところだ。
「亜澄、トイレ行こうか?」
「あ、うん」
奈央からのその誘いはさすがに宮間君が同行できるものではないので、ここで漸く宮間君は机を離してくれた。助かる。奈央が計算して言ってくれたのかはわからないが、それでもやっぱり助かる。
「もうっ! なんなんだよ!」
そして女子トイレで私の怒りは愚痴となってとめどなく溢れてきた。それを奈央は宥めるかな? なんて思ってもいたのだが、彼女はどこか真剣な表情だ。正面には鏡に映る私がいて、奈央は隣の手洗い器の前にいる。
「亜澄?」
「ん?」
「気を付けなよ?」
「宮間君のこと?」
「うん」
「だよね。完全にストーカー行為だもんね」
「あぁいう強引な人は、後々なにをしでかすかわからないから」
その時の奈央の口調はかなり深刻で、私よりも宮間君のことを警戒していると感じた。
「絶対人の目につかない場所で2人きりになっちゃダメだよ」
「う、うん。わかった」
あまりにも奈央が真剣だから思わず私は緊張する。
「部活がない日は私も一緒に帰るし、私は朝練がなくて家は近いんだから、これから朝は迎えに行くよ」
そこまで心配してくれて恐縮する。しかし私が宮間君を鬱陶しく感じている一方、奈央は不安を垣間見せるから、私たちの懸念はちょっと訳が違うようだと思う。
私の都合を無視して付き纏う宮間君ではあるが、周りの女子が好評するように私も穏やかな印象自体は持っている。
「そんなに危ない人かな?」
「うーん、はっきりとは言えないんだけど……」
どういうことだろう? 私は難しい顔をする奈央の次の言葉を待った。
「勘なんだけどね」
「ふーん」
よくわからないけど、奈央の言葉は胸に留めておこうと思う。
そんな変化から1週間を過ごして私のイライラは日に日に募っていった。無論、宮間君の付き纏いもあるが、私のイライラに拍車をかけるのはお兄ちゃんだ。
週末は2日間、お兄ちゃんと一緒にお母さんのお見舞いに行くことができた。それでお母さんが外科病棟に入院していることを知って、血液の数値の異常だと言っていたのに「外科」なんだと思ったものだ。
ただ、元気そうなお母さんの顔を見て安心した。これからも週末は欠かさずお見舞いをしたい。
そして話を戻し、私のイライラの原因はと言うとお兄ちゃんの様子だ。どこかコソコソした動きを感じる。この週末こそ私と一緒にいるから、私との時間にすべてを割いている。しかし平日の動きが怪しい。
お母さんの軽自動車は自宅のガレージで位置がずれていることがある。つまり動いた形跡がある。今この車を運転するのはお兄ちゃんしかいない。だからお兄ちゃんはどこかに行っている。
私より授業が少ないお兄ちゃんなので、朝なのか、はたまた昼間なのかはわからない。アルバイト先までは徒歩通勤なので、何かしら私に言っていない動きがあることは確かだ。
それでもお兄ちゃんのパソコンやスマートフォンにこれと言った変化はない。しかし気になる。
そしてイライラの原因はまだある。暦は6月に変わったが、乳神様のご利益が一向に現れないのだ。
もちろんCカップに成長してからまだ1週間で、せっかちな文句だとはわかっている。しかし乳神様は夢に会いに来てくれることもなく、試練の内容も一向にわからないままだ。
「お兄ちゃん、これから間々観音に行かない?」
「は?」
私は病院から帰る地下鉄の中でお兄ちゃんに問い掛ける。周囲が暗いせいか、車内の明るさが大げさに感じる。私の傍に立つお兄ちゃんは予想外の誘いだったのか、目をパチクリさせた。
「なんで?」
「乳神様に会いに行く」
「いやだよ」
「へ?」
即答だった。それがあまりにも意外で、今度は私が目をパチクリさせた。確かに家に帰ってから車に乗り換えるのでお兄ちゃんにとっては面倒なのかもしれない。それでも夕食の準備までに間に合うように帰って来られるのだから、問題ないはずなのに。
「行こうよ?」
「行かない」
な・ぜ・だ? 今までこんなことはなかったのに。不満だ。
お兄ちゃんはこの後、どれだけ私がお願いしても首を縦に振ることはなかった。
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