第7話 妹と下校
大学の授業が早く終わった月曜日のこの日、俺はコメダ珈琲店で友達と会っている。別の大学に通っている彼も授業が早く終わったとのことで落ち合ったわけだが。
「くくくくく……」
俺の正面で腹を抱えて笑うこいつは高校時代の同級生で
そして今なぜ腹を抱えて笑っているのかと言うと、俺の巨乳もののAVを全て亜澄に消された事実を話したから。加えてログインID変更云々の話も。
尤も亜澄を問いただしてはいないので直接事実を聞いたわけではないが、亜澄以外の誰がそんな愚行に及ぶと言うのか。俺の巨乳ちゃんたちが貧乳ちゃんたちに転生するなんて……。
そしてシゲに対して憎さが倍増するのが、こいつのカノジョである奈央ちゃんが巨乳であること。ブサメンではないが、特にイケメンでもないシゲのくせに、ことごとく俺の夢の先を行っている。しかしシゲは言う。
「それだけ亜澄ちゃんから好かれてていいじゃん」
「は?」
「あれだけの美少女だぞ?」
その事実を俺は客観的に認識しているに過ぎない。だから正直、亜澄の魅力に対する共感度が低いのだ。
「鬱陶しいだけだよ」
「お前なぁ、世の男を敵に回すぞ?」
「は? なんでだよ?」
「俺だって実際、奈央と知り合う前は亜澄ちゃん狙いだったし」
そう言えばそうだった。こいつは目的が俺ではなく亜澄の住んでいる家でお泊りがしたいと言って、高校時代はよく
すると泊まりに来た高校3年のある日、同じく泊りに来ていた奈央ちゃんと出くわす。その時――正確に言うとその後――の記憶が鮮明に蘇る。
こいつは奈央ちゃんを気に入ってしまった。モテモテで手が届かない高嶺の亜澄か、マシュマロを携えた奈央ちゃんか、マジで1カ月悩みやがった。あの時の悩み相談はウザ過ぎて心底うんざりしたものだ。
結果、シゲは奈央ちゃんを選び――そもそもシゲに選ぶ権利などないのだが――猛アタックをかまして付き合い始めたわけだ。ただ奈央ちゃんの名誉のために言っておくと、奈央ちゃんだって可愛い。むしろ亜澄の血縁者である俺からしたら妹より魅力的だ。
「モテモテの亜澄ちゃんがブラコンだもんなぁ」
「早く兄離れしてくんねぇかなぁ」
「あの調子じゃ無理だろ」
やっぱりそう思うのか。しかしそれでは俺の青春は一体いつになったらやってくるんだ?
「ゴールデンウィークも全部亜澄に取られてマジで困ってんだよ」
「なんて羨ましい」
「奈央ちゃんに言うぞ?」
「世の男の心情を代弁したに過ぎん。まぁ、お前の連休の予定は知ってたけど」
「なんで!?」
「昨日、奈央がお前ん
あぁ、そう言えば来ていた。大方その時に亜澄が話したんだろう。今年も同じクラスだと聞いているから、もしかしたら学校で話したのかもしれんが。
「とにかくだな、俺は困ってるんだ」
「彼女ができないことにか?」
「それもだが、毎日悶々としてる」
「ぶっ!」
「汚ねっ!」
コーヒーを吹くなよ。俺の手元のシロノワールには被害が及ばなかったので安心するが。
「毎日発狂しそうなほどの禁欲生活だぞ?」
「くっくっく。お前今、嘘を言っただろ?」
「は?」
「既に奇声上げまくりって聞いたぞ?」
あんにゃろう。昨日のことだな。それをカレシに暴露したわけだな。今度泊まりに来たら寝ている時に、あのマシュマロに顔を埋めてやろう。もちろんシゲには内緒で。まぁ、実際はそんな根性もない俺だから童貞なんだが。
「ところでゴールデンウィークは何をする計画を立ててるんだ?」
「さぁ?」
俺はシロノワールのソフトクリームがついたフォークを片手に首を傾げる。コメダ珈琲店の看板メニューであるシロノワールは、デニュッシュパンの上にソフトクリームが乗ったデザートメニューで美味だ。
「2人で何やら画策してるみたいだぞ?」
「ん? 2人って亜澄と奈央ちゃん?」
「そう」
「シゲも聞いてないのか?」
「あぁ」
「もしかしてシゲたちも合同の予定?」
「いや、違う。俺のゴールデンウィークはバイトとゼミの合宿と奈央。俺と会う以外の日に奈央は友達と予定を組むらしい。それに高校生は中日の出校もあるから」
「ふーん」
と冷静に言ってはみるものの、亜澄の考えることだ。たぶん俺も楽しめる予定だろう。大方一般的なカップルがするデート紛いと言ったところか。まぁ、兄妹間なので虚しくなるからあくまで「デート紛い」だ。
「そう言えば、今日はお前も一緒だよな?」
「ん?」
唐突にそんなことを言われても俺はわけがわからない。今日はもう大学も終わって、しかもアルバイトの予定もないから暇人だ。
「さっき奈央からライン来てて、お前と会うって返したら、その後亜澄ちゃんと話したみたいで、お前は俺と同行になったって聞いてるぞ?」
「は?」
だから勝手に話を進めないでくれ。何のことを言っているのだ。
「もしかしてお前、携帯見てねぇの?」
「ん?」
そう言えば授業があったからマナーモードのままで、しかもジャケットのポケットに入れていたから振動にも気づかなかった。シゲに言われて俺はスマートフォンをポケットから取り出す。
「う……」
絶句した。そんな俺の様子をシゲは面白おかしく見て笑っていた。どうせ内容に察するところがあったのだろう。
俺のスマートフォンには未読のラインが溜まっていた。どうでもいいグループトークはいいとして、問題は亜澄からのラインだ。連投してやがる。亜澄からのラインも「どうでもいい」にカテゴリー分けができればどれだけ救われることか。
亜澄から届いたメッセージは、後半は怒り。連投だから色々な文面があるが、超簡潔に言うと「ラインを見てちゃんと返事をしろ」と言ったところだ。
そして前半のラインこそがシゲの話と繋がる。どうやら奈央ちゃんがこの日はシゲと放課後デートをするそうで、シゲが学校まで迎えに来るとのことだ。そのシゲが俺と今一緒にいるわけだから、俺も一緒に亜澄の迎えに来いというものであった。
「シゲ……」
「くっくっく。なんだ?」
「放課後デートの内訳は?」
「ぐふふ。奈央ん家」
一回こいつを殺してやりたい。なにが嬉しくてシゲと奈央ちゃんカップルが励む直前に、俺たち兄妹が行動を共にせねばならんのだ。
しかしそんな不満を言ったところでどうせ亜澄は我関せずの顔をするのだろう。そしてその予想は当たる。いや、むしろシゲと奈央ちゃんに亜澄が影響を受けたから外れたとも言える。
「お兄ちゃん。――ん!」
夕方、俺たち4人は高校の通学路を歩いている。奈央ちゃんは中学も同じなので、俺達兄妹と家は近い。だから通学路はほぼ一緒だ。と言うか、なぜ大学生にもなって母校の通学路を歩かなきゃならんのだ。
「お兄ちゃん!」
そんな明後日のことを考えていると亜澄の口調が強くなった。内心嘆息する。俺はこれに弱い。
亜澄は今、隣を歩く俺に向かって手を差し出している。つまり手を繋いで歩けと命令をしているのだ。いい歳こいて妹とそんなこと……といつも思う。妹以外の女子ともしたことがないので悲しくなるが。
そして俺たちの前を歩くカップル。シゲと奈央ちゃんだ。しっかり手を繋いで肩を寄せ合って歩いている。亜澄はこれに感化されたわけだ。しかし亜澄の機嫌を損ねるわけにはいかないので、俺は亜澄の手を握った。
「えへへ」
そのはにかむような笑い方、止めろよ。そして、下校中の周囲の母校の後輩たちの羨む視線が痛いよ。もちろんそれは男子生徒ばかりだが、注目自体は女子生徒も例外ではない。まぁ、そのうち相手が実の兄だと誰かに聞いて、誰もが拍子抜けするんだろうが。
「久しぶりにお兄ちゃんと下校」
だから、はにかんで肩を寄せるのは止めろよ。それから前を歩くカップル、チラッと後ろを見てニカッと笑うのを止めろよ。
ただ、確かに一緒に下校をするのは1月以来かと思い当たる。卒業式は登校時間が違ったので亜澄とは別だったし、それまでは自由登校期間だったから。周囲の目は気になるが、久しぶりに妹と歩く通学路はあながち悪くない。
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