第4話 兄の趣向

 私の日課。それは朝晩にお兄ちゃんの寝顔を拝むこと。

 この日はデートもしてとても癒されたからご機嫌だ。そんな日だって日課は欠かさない。むしろこんな日だからこそ、この日課は私をより高める。

 と言うことで私は夜中、忍び足でお兄ちゃんの部屋までやって来た。しかしなんとお兄ちゃんはこの晩、照明も点けっぱなしでベッドではなく床に転がって寝ていた。硬いのにそんなところで寝るのは可哀そうだ。それに風邪をひいちゃうよ。


 私はお兄ちゃんの背後に回り、ベッドから掛け布団を取った。するとお兄ちゃんのスウェットのズボンが少し下りていて、腰だかお尻だかわからないところまで見えてしまっている。だらしない。

 まぁ、今朝の元気なあいつよりは見るのに抵抗がないし、それにやっぱりお兄ちゃんの寝顔は天使だ。それはともかくとして、私はお兄ちゃんに掛け布団をかけてあげた。


 お兄ちゃんはベッドを背に、パソコンデスクを向いて横になっている。床に投げ出された手にはスマートフォンが握られていて、私はお兄ちゃんの指を拝借してロックを解除した。

 うんうん、不純を思わせるラインはないな。他のSNSもチェックしてみるが、特段これと言って女の影を思わせるような内容はない。いい子、いい子。


 任務を終えた私はベッドの枕棚にある充電器にお兄ちゃんのスマートフォンを挿してあげた。できた妹だ。今の状態だと朝起きて「やべっ! 充電がない!」ってお兄ちゃんが焦るのはわかりきっているからね。

 そしてもう一度お兄ちゃんの寝顔を拝むと私は部屋の照明を常夜灯に切り替えた。その時に気づく。お兄ちゃんの顔が薄っすら青白く照らされた。お兄ちゃんの正面にあるパソコンがスクリーンセーバーになっていて、弱い光を放っていたのだ。


「まったく。パソコンの電源も落とさないで寝ちゃって」


 お兄ちゃんを起こさないように小さな声で言ってみる。私は座卓式になっているパソコンデスクの前に座った。そこで違和感が確信に変わる。

 実はこの違和感、お兄ちゃんの部屋に入室した時からずっとあった。チラッと横目にパソコンデスクの脇のごみ箱を見てみると、大量のティッシュが捨てられていた。お兄ちゃんの頭の近くには箱ティッシュも置かれている。これで確信したわけだが。


「うぅ……、イカ臭い……」


 まぁ、最初の違和感の原因は部屋の臭いだったわけで、それが確信に変わって悲しくなる。男の子がそういう生物だということは知っている。しかしお兄ちゃんも例外ではないとは。可愛い妹がいるのだから、性欲なんて湧かなくて済むのではないのか?

 とにかく私が今やろうとしていたのはパソコンの電源を落とすこと。ショックで涙目になった目を擦りながら、私はマウスに手をかけた。するとスクリーンセーバーが解かれ、デスクトップは壁紙画面に変わった。背後からはお兄ちゃんの可愛い寝息が聞こえる。


「ん? なんだろう?」


 そこで私は気づく。画面下のタスクバーに下げられたインターネットブラウザ。お兄ちゃんは何を閲覧していたのだろう? 私は気になってそのアイコンをクリックした。


「ひっ!」


 現れたのは動画サイト。よくよく見てみるとお兄ちゃんのIDでログイン状態だ。そこまではまだいい。まぁ、衝撃は受けたが。問題はその先だ。お兄ちゃんのマイページ一覧を見てみると、購入済みのAV一覧が。


「お兄ちゃん……」


 思わず声が震える。


 別にいいんだよ。確かにショックは受けたけど、この部屋に入ってからお兄ちゃんが何をしていたかはわかっていたから。こういう媒体がオカズになっていたんだろうなって予想はできていたから。

 けどね、私が立ち直れないほどのショックを受けたのはその内容。つまりお兄ちゃんの趣向なの。


「なんで巨乳ものばっかりなのよー!」


 ――と、心の中で叫んでみる。とうとう私の頬には一筋の涙が伝った。嗚咽も漏れるが、背後で寝ているお兄ちゃんを起こさないように気をつける。

 別にね、生身の女の人に手を出さないなら自分で処理するくらい許すよ? ちょっとショックは受けたけど。可愛い妹がいるんだから、性欲なんか抱かずに私と遊んだりお話したりすればいいじゃんって思ったけど。


 まぁ、それは置いといて。


 なんで巨乳ものなの? なんでよりによって私がコンプレックスを抱いている胸に関する趣向なの?


 よくよくサイトを見てみると、ジャンルの中には貧乳や微乳っていうのもあるみたいだ。けどお兄ちゃんは見向きもしていない。


「どうしよう?」


 混乱する頭を必死で働かせる。サイト内をサーフィンしながら必死で考える。もしピチピチの巨乳のお姉さんがお兄ちゃんの前に現れたら……。不安で圧し潰されそうだ。私のお兄ちゃんがどこの馬の骨ともわからない非処女のクソビッチに取られてしまう。


「私が巨乳ならいいのかな……?」


 巨乳と言わずともせめて豊乳。DカップやEカップ、それくらいあればいい? けど私が成長したらもしかしてお兄ちゃんは私に欲情する? 正直、それは怖い。まぁ、ちょっと触るくらいはサービスしてあげるけど。


「ぐすっ……、ぐすっ……」


 私は鼻を啜りながらサイト内のサーフィンを続けた。すると1つのページに目が留まった。


『女性向け商品』


「へ?」


 そんなのもあるの? どういう商品だろう? 私は導かれるようにそのページに飛んだ。


「うひゃっ!」


 思わず引き攣った声が出たので、慌ててマウスと反対の手で口を押さえた。


 どうやら女性向けの映像商品は、男性向けよりも時間の短い商品のようだ。まぁ、R18指定だけど、私がまだ18歳未満なのはご愛敬。

 更に女性向けの中にも様々なジャンルがある。私は兄ものの商品を発見してそれを食い入るように見た。お兄ちゃんのIDでログイン状態のことも忘れて、そのまま購入してしまったことにも気づかずに。


 あぁ、これを自家発電と言うのか……。


 ものの数十分で私はぐったりして横になった。自分の感度がこれほど良好だなんて、初めて知った。

 残り少ない体力で寝返りを打つと、そこには大好きなお兄ちゃんの寝顔があった。私は自分がかけてあげたお兄ちゃんの掛布団に潜り込み、お兄ちゃんの胸に額を預けた。


 あぁ、久しぶりに感じるお兄ちゃんの温もりだ。


 翌朝、お兄ちゃんがパニックになったことは言うまでもない。私はお兄ちゃんと同じ布団の中で眠ってしまったのだ。そのお兄ちゃんが部屋を離れている間に、購入してしまった商品と履歴を消して、増やしてしまったごみ箱の中のごみを片付けた。


 そして自分の部屋でブレザーの制服に着替えて登校し、午前の授業を経てお昼休みを迎えた。

 お弁当を食べ終わった私は男子生徒に呼び出されて、瞬殺で告白を断って教室に戻った。そこではさっきまで一緒にお弁当を食べていた親友の奈央なおが待ってくれていた。


「また告白?」


 奈央は半ば呆れたような表情で言う。彼女とは中学からの腐れ縁だ。何でも話せる気心知れた間柄だから、そんな興味のない男子のことより、私は今日絶対に聞いてほしかった話題を唐突に向ける。


「聞いてよ、奈央……」

「なによ? 芳規先輩のこと?」

「なぜわかる?」

「当たり前でしょ? あんたのブラコンは重度なんだから」

「マジか……。まぁ、ブラコンは奈央にしか言ってないことだけど」

「あんたが私にしか言ってなくても、大抵の生徒は気づいてるよ?」

「は!?」

「むしろ気づかれていないと思ってたあんたが重症だわ」


 そんなことを言って頭を抱える奈央。私ってそんなにわかりやすいか? お兄ちゃんに近づく女子をちょっと牽制しているだけじゃないか。


「それでも告白されるんだから、大したものよ。――で? 今日はなに?」

「あのね……」


 私はお兄ちゃんのパソコンから巨乳もののAVを見つけてしまった事実を話した。私が貧乳に悩んでいることを知っている奈央なので、続けてこれもどう改善したらいいのかを相談した。すると奈央が言う。


「ふーん。それなら昨日テレビで見たんだけど、間々観音って知ってる?」

「あ! その番組、私も見た!」

「行ってみれば?」

「おー! なるほど。奈央、付き合って」

「私が行ったらただの嫌味でしょ?」

「確かに」


 奈央は大きいのだ。では、誰に付き合ってもらおうか? 私は心当たりを探った。

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