第29話 俺の妹がおかしいのだが
高校生が夏休みを目前に控えた7月中旬になると、オカンが退院して我が家に帰って来た。いれば鬱陶しいと思うものの、いないならいないで寂しかった。オカンが家にいることで安心する自分がいて、それを実感した。
医者が言うにはオカンの完治は奇跡らしい。尤も亜澄のトラブルを助けた時の、俺の怪我が綺麗に治っていた日を境に、オカンの顔色から根拠もなく安心してはいたが。
しかし医者が言う奇跡とはつまり、やっぱりオカンの病状は深刻ではなかったのかと思う。それを考えるとゾッとするし、ただオカンに聞いたところではぐらかされるのがオチだから、今更聞くこともしない。
そして亜澄はオカンと一緒に乳癌の定期検診をマメに受けることになった。乳癌の発症は遺伝の可能性も否定できず、妊娠などを経験していない若年層こそ気を付けるべきなのだとか。女性ホルモンがどうとか医者が言っていた。
そして最近、その俺の妹がおかしいのだが。
尤も重度のブラコンの妹なので、そもそも正常とは言えない。しかし最近は度が過ぎるような気がする。食事中は正面に座るバカップル両親に負けじと俺に構う。亜澄から言わせればイチャイチャなんだとか。
因みにオカンが退院してから親父のオカンへの依存度は高くなった。何も家事や世話などの依存ではない。存在そのものだ。恋愛が初めての中学生か! まぁ、両想いの経験も皆無の俺が言えたことではないのだが。
そもそも俺の初恋はいつだっただろうか? 確か小4だ。同じクラスのミヨちゃんのことが好きだったのだが、バレンタインの日、ミヨちゃんからのチョコが欲しくて彼女の周りをウロウロしていた。
しかしミヨちゃんは運動が得意な男子児童にチョコを渡しているのを見て、俺の初恋は呆気なく散った。
そして俺は家族以外の誰からもチョコを貰えなかった。授業以外、俺の教室に亜澄がずっといたのだ。そりゃ、渡しにくいよな。とは言え、妹がいなかったところで非モテの俺だから、期待は極端に薄いのだが。
次の恋は確か、中2だ。同じ学年の女子生徒、鈴木さんに恋をした。しかも仲良くなって、当時ガラケーを持っていた俺は頻繁に交流もしていた。
しかしある日、俺が風呂から上がるとガラケーが鈴木さんからの着信を知らせていて、俺は急いで取ろうとしたのだが、なんとその電話を亜澄が取ってしまった。そして鈴木さんに言うのだ。
「お兄ちゃんをたぶらかさないでください!」
当時小6の亜澄よ、なんてことをしてくれたんだ。とまぁ、俺の恋愛遍歴はこのくらいしかなく、話を「妹がおかしいのだが」に戻そう。
今でこそ、SNSの発達で女子とのやり取りもしやすくなった。しかしそれをことごとく亜澄が邪魔していたのは最近知ったことで、大学生になってすぐの頃だ。
そして何かと俺に構う亜澄。危険な目に遭ったのを助けたあたりから行動がエスカレートしているように思う。ここ1カ月ほどの話だ。
食事中は前述のとおり。今では宿題を俺の部屋でやる。予習、復習も例外ではなく、もちろんその面倒を見るのは俺。更には徒歩通学のくせに、俺の大学の授業の都合がつけば迎えに来させて一緒に手を繋いで下校。
「お兄ちゃん、ディズニー行きたい」
「あぁ……」
そして今はリビングで亜澄の髪を乾かしてやっている最中だ。亜澄は床にちょこんと座ってスマートフォンで観光スポットを検索している。今年の夏休みの予定だ。
親父とオカンが東京見物と箱根の2泊3日の旅行を計画し、同じホテルで2人部屋を2室取った。しかし宿が一緒と言うだけで、行動は全く別。と言うか、完全に自由行動。だから亜澄は親の行程に見向きもせず、テーマパークに興味津々だ。
そして疑問なのは2泊目。温泉宿だが親が部屋風呂付きにすると言ったら、なぜか亜澄まで部屋風呂付きを希望。そしてこれまたなぜか、親は本当に部屋風呂付きを2室予約しやがった。
うちの両親は何度も言うがバカップルだ。だからその意味はわかる。どうせ一緒に風呂に入ってイチャイチャしたいのだろう。しかし間違いなく俺達兄妹には必要のないオプションだ。まったくもって意味不明。
「お兄ちゃん、旅行中こそ一緒にお風呂入ろうね」
「……」
亜澄は部屋のタイプが決まった途端、毎日こんなことを念押ししてくる。それに俺は毎度回答に窮する。
「お兄ちゃん、いつ誘っても家では一緒に入ってくれないから、温泉こそは一緒だよ?」
「……」
だから、回答に窮するんだって。そう、亜澄は毎日ではないが、一緒に風呂に入ろうと誘ってくることが増えた。そんなに俺を揶揄って楽しいのか?
しかし目の前にはおっぱいが成長した亜澄がいる。今のようにドライヤーを当てている時なんか、肩越しに亜澄の膨らみがよく見える。しかも家の中だからキャミソールにノーブラ。ただ、大きくなったことでトップは見えなくなった。まぁ、見えても困るが。
貧乳の時は何の興奮もしなかったのになんだろう、この心境の変化は。それこそ幼児や児童を見る目だったのかな? それが今では女性を見る目に変わったとか? よくわからん、亜澄は妹なのに。さすがにもう俺のシスコンも認めるが、まさかそこまで……。
「お兄ちゃん、お風呂一緒に入るよ」
「無理だよ」
この日は3回も言われてさすがに拒否を示す。まともに答えるのも癪だが、俺の身がもたないのだ。しかしダイニングテーブルから声が割り込んでくる。
「そんなこと言ってないで一緒に入ってあげたら?」
「そうだぞ。風呂は一緒に入った方が楽しいぞ?」
亜澄を支持するバカ親だ。なんなんだ、俺達は年頃の兄妹だよ。むしろそこは、亜澄の言っていることが冗談だとわかっていても、咎めて諭すのが親の務めではないのか?
ダイニングテーブルでは親父が晩酌をし、オカンがお茶を啜りながらその話し相手に付き合っているという構図で、そんな2人に呆れていると親父が言う。
「まさか芳規、亜澄の言っていることが冗談だと思ってるのか?」
「は?」
目が点とはこのことを言うのだろう。俺の手は止まり、しかしそれに構わずドライヤーだけは動いている。そして亜澄も目が点で俺に振り返る。それどころかオカンまで目が点で俺を見る。なんだ? この状況。
「へ?」
俺は親父から亜澄に視線を移して疑問を示す。すると亜澄が唇を尖らせて言うのだ。
「お兄ちゃん、冗談だと思ってたんだ……」
「え?」
「だからずっと返事が薄かったんだ……」
「えっと……」
「私は冗談でなんて言ってないよ?」
明らかに拗ねた表情の亜澄に困惑する。マジかよ……。本気なのか?
「私、本気だよ?」
本気だった。
「その上でお兄ちゃんはどうしたいのか聞かせてよ?」
えっとこんな話題で真っ直ぐ見つめないでもらえるかな? いくら妹とは言え、スタイルを手に入れたことで美少女としての破壊力が増した亜澄と一緒に風呂に入ったら、童貞の俺なんて天国に逝くぞ?
「お兄ちゃんはどうしたいのか教えて」
こういう時に両親が俺に助け船を出してくれるわけもない。むしろ俺の回答を待って我が子を凝視している。それもおかしいだろ。
「えっと……」
「教えて」
「そりゃ、一緒に入りたいか、入りたくないかで言ったら……」
「言ったら?」
「入りたいけど……」
すると途端に花開いたように亜澄の表情が晴れた。うそ? 本当に嬉しいの?
「やった! じゃぁ、温泉は一緒に入ろうね?」
「は、はい」
「あ! と言うことは、これからは家でも一緒に入れるんだ」
「えっと、それは……」
「ダメなの?」
はい、心の準備が。って、なんの準備だよ。なにを期待しているのだ、俺は。あぁ、もう俺って最低。とにかく答えは無難に返そう。
「まずは温泉まで楽しみに取っとく」
「そっか。それならわかったよ」
理解を示してくれたようで安堵する。しかしなんだろう、途端に襲って来たこの興奮は。それに戸惑いながらも日々を過ごし、そして1カ月後。家族旅行で俺は本当に亜澄と一緒に部屋風呂に入ったのだが……。
結論から言うと、入るべきではなかった。実際に天国に逝ったような錯覚を起こしたし、亜澄は俺と血の繋がった妹なのに、亜澄に対して多大に女を感じてしまった。綺麗な顔立ちの亜澄の曲線美は興奮を煽る以外のなにものでもなかったのだ。
俺はそれ以降、亜澄を見る目が変わったことを否応なしに自覚した。
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