2-19 恋をはじめてみようか

 

 二日後、アズベラ殿下とカラン様の結婚式は滞りなく行われた。

 ファリエス様とアズベラ殿下の対面のときは、とてつもなく緊張したが、二人は馬が合うらしく、楽しげにお話されていた。

 

 ユアンとも話す機会があったが、元気なさそうで心配になった。アンが何かしたのかと聞いたが、彼は違うと答えていた。

 本当か?


 そんなことで、今回の目的を果たし、いや、違う。

 結局、アンにはなぜか言い包められた気がする。年々、素直さがなくなってきていて、少し残念だ。


「父上、母上、ローズ姉上、シャローン姉上。お世話になりました」

 

 何か違う言葉をと思ったが浮かばす、私は玄関先で別れを告げる。

 

「シンディ」

 

 父上に促され、母上が近づいてきた。


「ジュネ。ごめんなさい。あなたを理解しようとしなくて。今もあなたのことはわからないわ。でも頭ごなしに私の考えを押し付けるのはやめるわ。今までごめんなさい」


 母上から謝罪されるとは思わず、私の目頭が熱くなった。


「でも、一度でいいからドレスを着てくれないかしら」


 が、次の一言で流れそうになった涙が止まる。

 やはり母上は、母上だ。

 けれども、以前のように母上を苦手だと思う意識が変わったような気がしていた。


「それは無理ですが。もう少し実家に帰るようにはします」

「ジュネ!」


 母上は笑顔になり、姉上たちは手を叩いて喜んだ。

 父上には子供ように頭を撫でられ、くすぐったい気持ちになりながら屋敷を後にする。


 迎えにきているのはファリエス様とエリーだ。

 二人が乗っている馬車に相乗りして、私は帰路についた。


 ☆


 それから三年はあっという間に過ぎた。

 アズベラ殿下は二人の男子をもうけた後、二十七歳の誕生日に、女王になった。

 退位された王はまだ五十にも届かず、早すぎる王位継承に王都は騒然となったらしい。

 

 しかし、アズベラ殿下は、元から聡明な方だったので、女王として立派に治められ、また補佐にあたるカラン様もかなり優秀だということで、騒ぎもすぐになくなった。逆に、今は歓迎されているようで、アズベラ殿下、カラン様と二人の王子の肖像画が色々な場所に飾られるようになっていた。


「ユアン?」


 そんなある日、黒豹亭でいつものようにユアンと麦酒を飲んでいると、ずいぶん暗い顔をされた。


「どうしたんだ?」

「明日で協定が切れる」

「は?まだそんなもの続いていたのか?」

「まあな。でもなんだかな」


 彼の様子は物憂げで、私は心配になる。協定が切れるのが嫌なのか?どうなんだ。


「ジュネ。協定の期間が四年であること、おかしいと思わなかったか?」

「ああ、そうだな。アンに聞いたが、四年後にわかると答えられた」

「そう。明日で協定が切れる今、あいつはやりやがった」

「は?」


 あいつとは、アンのことだ。

 アズベラ殿下とカラン様の結婚式からこの三年。

 ユアンとアンはかなり仲良くなったらしく、ユアンはかなりぞんざいに彼のことを話すようになっていた。まあ、友情厚いことはいいことだ。


「今年からマンダイ騎士団の団長が王都から派遣されることを知っているな?」

「ああ。まあ、いいことだ。新しい風がやっとあの騎士団にも入る」


 四年前、アンが失踪したのも結局、あの軟弱騎士団のへまだった。

 それもあって、王都から厳しく監視されていたが、やはり何も変わらなかった。

 だから、王都から団長が派遣されることは歓迎するべきだ。


「新しい団長は、アンライゼ・カランだ」

「はああ?」


 今日も店内に人がいなくてよかった。

 ただユアンのお母親様が心配そうに出てきてしまった。


「なんでもないですから。すみません」

「あらそうかい?息子がおかしなことをするようだったら、すぐに声をあげていいからね」

「ありがとうございます」

「なんだよ。それは、母さん」


 ユアンは不服そうに顔をゆがめ、お母様はにやっと笑って厨房に戻っていく。


「それで、アンライゼ・カランって。アンのことか?」

「ああ。あいつ、ナイゼルが王配になったことで、カラン家に跡取りがいないからと、王族から貴族に籍を移した」

「そんなことが可能なのか?」

「可能にしたんだ。あいつ」


 頭痛がした。

 

「まあ、貴族になっても、王位継承権は放棄しないという条件があったらしいが」


 なんて都合のいい……。

 アンの三年後という言葉を思い出して、私は眩暈を覚える。



「こんにちは!」


 ふいに扉付近から元気のいい声が聞こえた。それはしっかり聞き覚えのある声だ。


「きやがった」

 

 そう言って、ユアンは入り口付近を睨み付ける。


「ジュネ!」


 私が振り向くよりも先に、胡桃色の髪が視界を覆う。


「殿下。それは反則だろ。まだ前日だ」

「別に、手は出していいない」


 私に抱きついたまま、アンがユアンに言い返した。

 えっと、いや、


「だいたい。あなたはもう「敵」ではないだろう?」

「ああ。だが、なんかしゃくだ」


 二人で交わされる会話は謎に満ちている。

 敵?

 どういう意味だ?


「ナイゼルから聞いているよ。大丈夫。僕もしっかり応援するから」

「あなたの応援などいらない。それより、ジュネを放せ」

「いやだね。ユアン。ジュネに構ってていいの?僕にジュネを取られたみたいに、また取られちゃうよ。しっかりしなきゃ。どうせ、ジュネと酒ばっかり飲んでたんだろ。誤解されたままで、また逃がしちゃうのかな。黒豹のおじさん」

「おじさん?俺はまだ二十九歳だ。おじさんではない。あといいか!今回は大丈夫だ!」

「団長!」


 二人のついていけない会話に呆然としていると、今度はエリーの声がした。


「エリー!どうかしたのか?」

「いえ。というか、私にもわからないのですが。兄上からこの時間に黒豹亭に行くように連絡をもらい。あ!殿下。失礼しました」


 エリーは腑に落ちない説明をした後、アンの姿を確認して頭を垂れた。


「エリー。僕はもうあなたのお兄さんなんだよ。ナイゼルを呼ぶみたいに兄上って呼んでくれないか」

「でもあの」

「必要ない」


 そこでなぜか、ユアンが言葉を挟む。


「さあ、邪魔者は消えようか」

「は?」

「ジュネ。久々に散歩しようよ。ラスタを自由に歩けるなんて、本当久々なんだから」

「いや、でも」

「ほらほら」


 意味がわからないが、少し顔を赤らめているエリーに、不機嫌そうだが、瞳がちらりと赤色を帯びているユアンを見ると、邪魔のような気がしてきた。

 

「団長!」

「えっと、私は先に帰るぞ。カリナには私が説明するから、ゆっくり酒でも飲んでこい」


 エリーは私に輪をかけたくらいに真面目だった。

 たまには羽目をはずすのもいいだろう。

 ユアンのお母様も目を光らせているはずだし。


 そう思って、私はアンと一緒に店を出る。


「……いつから、なんだ?」

「えーと、一年前からかな。ちょっと変ったなあと思ってさ。ユアン自身が気がついたのは最近みたいだけど」

「そうか……」

「寂しい?」

「寂しくないぞ。別に」

「妬いちゃうな。僕は、ずっとジュネのことを一途に想っていたのに」


 アンは急に立ち止まると私の両腕を掴む。

 背の高さは、すでに頭一個分ほど違っている。

 よく伸びたものだ。

 

 その顔も中性的のものから、完全に男の顔になっていた。


「ジュネ。僕を好きになって。ゆっくりでいいから。何年待ってもいいから」


 唇を押し付けられるが、嫌な気持ちはなく、自然と目を閉じていた。

 しかし、雑音が一気に耳に飛び込んできて、私は目を開け、彼を突き飛ばしていた。


 な、なんてことを。

 街中で。


「ひっどいなあ。まあ、それがジュネのいいところだよね。実は僕、家を借りたんだ。カランの屋敷じゃ色々ゆっくり出来ないだろう?どう寄っていく?」

「寄るわけないだろ。城に戻る」

 

 ここに長居は無用だ。ましては彼の家など。

 なにやら騒がしい……。

 しかも黄色い声が飛び交っているぞ。


 私は情けないことに、敵前逃亡する。


「ジュネ!逃げないでよ!」


 背後から追いかけてくる気配を感じたが、私は全速力で逃げる。

 こうしてまた城の者にからかわれる毎日がやってくると思えば、頭痛も覚える。が悪くないかもしれない、と反面思う。


 そんな自分の心境の変化に驚くが、そろそろ「恋」というものを始めてみようか、そんな風にも考えていた。



(完)

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