1-8 告白……。

「団長!」


 翌日の昼下がり、慌しく扉が叩かれた。

 またか。

 うんざりしながらも入室許可を出すと、二番隊長のカリナが現れた。机の前で敬礼をしてから、彼女はにやりと笑みを浮かべた。


「黄昏の黒豹が門の外にいます!」

「……」


 またか。

 カリナの笑顔を見たあたりから、予想はついていた。

 今度はどんな用だ。

 どうせエリー嬢の付き合いで来ているんだろな。

 ご苦労なこった。

 用事なら、手紙とかでもいいと思うのだが。

 まあ、前回それでもめているからか。

 

 思わず溜息をついてしまう。

 二人に会うのがこんなに憂鬱なのはなぜなんだ。


「団長。今日は黒豹一人ですよ?」

「は?」


 な、なんでこいつは。

 私はにやにや笑っているカリナを睨み付ける。


「前は女の子と一緒に来ていたらしいじゃないですか。でも彼女は恋人じゃないらしいですよ。ご安心ください。黄昏の黒豹に特定の恋人はいません!」

「な、何を言ってるんだ。お前は」

「私の恋人の友人が警備団に所属しているんです。だからこの情報は確実です」

「だから、何を言ってるんだ?」

「団長。私たちカサンドラ騎士団は全力で団長の恋を応援してますから」

「はあ。黙れ。お前らは!」


 なんだ。応援って。

 だいたい恋なんてありえない。

 

「カリナ。業務にもどれ。テランス殿には話をつけてくる」

「団長!」

「戻れ」

 

 まったく。私に限ってそんな恋なんて感情あるはずがない。

 私には世の中の女性を守るという使命があるのだから。

 恋とか。

 私には必要ない。そんなもの。

 だいたい。テランス殿もわざわざなんで来るんだ。今度から何か用事があるなら、伝言をするように伝えよう。


 そう決断して、顔を上げるとカリナがまだ部屋にいた。


「カリナ。何をしている?持ち場に戻れ。私は門の外へ向かう。わかったな」

「はい」


 

 カリナが心配げに私を見つめる。しかし、私は見えていない振りをして、立ち上がると彼女に背を向けた。

 心配されているのはわかる。

 でも本当に私は恋とは、そんなものは必要なかった。

 背後から扉の開閉音が聞こえ、カリナが退出したことを知る。

 カリナをはじめ、団員たちは皆私を慕ってくれてる。からかわれているわけじゃなく、本当に恋だか、なんだかを応援してくれてるのもわかる。だけど、それはありえないことだ。

 

「ネスマン様」

 

 今日の門番たちは、カリナに強く言われているせいか、普通に敬礼をして、城を出て行く私を見送る。

 それにほっとして、私は彼の元へ向かう。

 テランス殿はこの間と同じ、門から少し離れたところに立っていた。

 制服を着たままであり、私に気がつくと笑みを浮かべた。

 なんだか、それを直視できず、私は視線を逸らしてしまう。

 しかも、近づくたびに、動悸がしてきて、私は人一人分を置いた距離まで近づき足を止めた。


「どうかしたか?」


 彼はそんな私に近づき、窺うように首をかしげる。

 近い。

 距離が近すぎる。

 敵から逃亡するなかれ、敵ではないが、私は悔しい気持ちを抑えて、後ろに少し後退した。近すぎると、なんだか妙に心臓がはねて、体調が悪くなる。

 風邪でも引いたのか?

 自分の体調を気にしていると、後ろに下がった私に対して、彼がまた近づき、私はまた後退せざるえなくなった。


「ネスマン殿。どうしたんだ?」

「いや、距離が近すぎるから」


 何度かそれを繰り返し、壁側まで追い込まれ、私は諦めた。


「距離が近い?」

 

 そう言われテランス殿は不思議そうな顔をした。 

 そうだよな。私がおかしい。


「えっと、少し離れていただけますか?そうすれば、大丈夫ですから」

 

 すると少し不服そうだったが、彼はやっと離れてくれた。 

 よかった。動悸もおさまった。

 なんなんだ。いったい。


「すみません。えっと。テランス殿。今日の用事はなんでしょうか?今度から用事なら伝言でかまわないですよ。うちの門番達は優秀ですから」

「迷惑だったか?」

「いや、そんなことは」

 

 なんだか傷ついた顔をされ、私は両手を振って否定する。

 なんで、そんな顔するんだろう。わけがわからん。


「悪かったな。仕事の途中で。今度からは、伝言ですませるようにする」


 しかし、彼は表情を元に戻し、あっさりそう言った。それに対して、私はすこし落胆を覚え、本当に、自分の状態が読めなかった。

 混乱している私に、テランス殿は手紙を差し出す。

 

「て、手紙?」


 また?


「これは、お茶会への招待状だ。心配しなくてもいい」

「招待状……」


 よかった。招待状。またなにか嫌な予感がしてしまった。


「お茶会は今週の日曜日だ。来れるか?」


 今週の日曜。たしか予定はない。


「大丈夫です。多分」

「多分じゃ困るんだが。主役には絶対に来てもらわないといけない」

「主役ですか?」

「そうだろ。あなたのために、開くお茶会なのだから」


 一気に少し疲れた気がする。

 でも、ファリエス様も来るし、いまさら引けないな。

 

「わかりました。行くようにします」

「そうか。よかった」


 テランス殿は表情を和らげ、微笑む。それは私に衝撃を与え、動けなくなった。


「どうかしたか?」

「いや。それでは。私はこれで。日曜日に」

「ああ。日曜日な」


 顔を強張らせたままの私に、彼はもう一回微笑むと背を向けて歩き出す。

 何か言うべきなのだろう。

 だが、何を?


 結局何も浮かばず、私は城に戻った。



「ジュネ様!」

「アン!またお前は!」


 団長室へ戻る途中、アンが突然現れた。しかも、完全男子禁制区内でだ。一度ならず二度はさすがに許させない。私は彼をつまみ出そうと、その手をつかんだ。

 しかし、彼を思ったより力が強く、私の手を振り解く。


「あのような男が好みなんですか?」

「はあ?」


 何を言って。

 興奮している彼と私の周りをいつの間にか、団員と城の従業員たちが取り囲みはじめていた。


 ああ、また面倒なことに。


「アン。ちょっと黙ってろ」


 私は彼の手首をもう一度掴むと、歩き出す。今度は抵抗することなく、彼は私についてきた。


「アン。どういう意味なんだ?だいたい、お前はあの区域に入るのは許されていない」


 城の外に出て、少し歩いたところで、私は彼の手を放した。


「すみませんでした。だけど」


 私の言葉にアンが詫びをいれる。だけどその瞳からは怒りの色が消えておらず、食い入るように私を睨んだままだ。


「アン。何を怒ってるんだ?私が何かしたか?」


 普段温和な彼が怒っている様子は、なんだか私を落ち着かなくした。


「あなたは別に。僕が怒っているだけですから。ただ確認したいことがあります」

「何だ?」

「あなたは、あのテランス様のことが好きなのですか?」

「す、好き?なんだ、それは。ありえないぞ。そんなこと!お前も団員たちに乗せられたんだな。まったく困ったもんだ」


 またその話題か。

 恋とか、まったく。


「では好きではないんですね!」

「あ、いや、嫌いではない」


 咄嗟に口からそう言葉が出ていた。

 私は慌てて口に手をやる。

 何を言ってるんだ。私は。


「……それはやはり好きという意味ですか?」


 そう尋ねるアンの声はいつもより断然低く、完全に男の声だった。


「う。それは違うと思う。好きっていうのは、あれだろ。恋とか、そういう意味の」

「ええ」


 アンはその瞳を煌かせて、頷く。

 なんだか、妙な色気があって、私は少し彼から離れる。

 けれども、彼は距離を詰めて、私の腕を引いた。

 予想外のことで、私は彼に抱きしめられる形になり、慌てて離れた。


「アン!お前ちょっとおかしいぞ。この間といい。どうかしたのか?」

 

 アンの様子がおかしくて、私は心配になる。


「顔が赤いですね。やはり意識はされているってことですよね?僕にも希望がある」

「な、なんだ。どういう意味だ!」


 完璧な女装姿で、真っ赤な口紅は塗られたまま、彼は妖艶に微笑む。


「ジュネ様。僕、あなたのことが好きなんです。ずっと前から。だから、僕のこと、男として見てもらえませんか?」

「は?いや、それは」


 今までの二十三年の人生で初めて、そんなことを言われ、私は完全に戸惑っていた。


「返事は急ぎません。二年待ちましたから。でも、僕の気持ちを忘れないでください。テランス様なんかに負けませんから」

「負けませんとか。テランス殿にはそういう感情はないから。今日だって、用事で会いにきたのであって、他意はない」

「そうなのですか?」

「ああ」


 嬉しそうにアンが表情を輝かせる。反面、私は少し落ち込み気味だ。意味がわからない。


「それであれば、ジュネ様。今度から、僕以外の「男」と会わないでくれますか?」

「いや、それは無理だろ」

「無理じゃないですよ。だって、城にずっといれば、女性だけじゃないですか?」

「だが、私もたまに城の外にでるし。まあ、自分から男に話しかけることはありえないが、もしかしたら話すこともあるだろう?」

「城から出なければいいじゃないですか」

「だから、なんで」

「城から出る用事があれば、僕が代わりにしますよ。だから、」

「アン!お前、おかしいぞ。だいたい、私はお前の気持ちを知ったが、受け入れたわけじゃない。行動は私の自由だろう?」


 思わず怒鳴りつけてしまい、私は後悔する。

 アンはうなだれており、私は女性にするように、いつもの癖でその肩に触れた。


「ジュネ様。わかりました。つまらないことを言ってすみません。でも、もうテランス殿と会わないでいただけますか?」

「それも約束できない。用があれば会う。アン。お前、本当に大丈夫か?」


 普段の穏やかな様子はまったくなく、強引な彼は別人のようだった。


「……ジュネ様。僕はずっと、あなたに一番近い男は僕だと思ってました。それは誰にも譲りたくありません」

「アン」


 確かに、私には男の友人はない。女装をしているが、アンは確かに「男」で、私の友人だ。

 彼が唯一の男の友人といえば、そうだ。

 だが、どうして彼はこだわるのだろう。

 私を好きだから?


「もし、あなたが別の男と仲良くなることがあれば、僕は……」

「アン。劇団に戻れ。お前はちょっと疲れている。だいたい、私は一生、男の友人など作るつもりはない。いや、でもお前は友人だ。それは変わらない」

「友人?」

「ああ」


 アンは少し考えるように黙りこくる。 

 沈黙が恐ろしく重く、私は彼から逃げるように視線を外した。まだ昼間、太陽が空に輝き、周りは光に包まれている。けれども、私とアンの間は暗くて、なにか落ち着かなくする。


「友人なんて、そんな関係いらない」

「アン?」

「ジュネ様。僕は今日限りあなたの「友人」をやめます。だから、男として見てください」

「そんなこと」


 アンの言葉はわからない。

 男としてみる。どういう意味なんだ。


「安心してください。今月は女装をして城に伺います。でも、来月以降、僕は女装をするつもりはありませんから」


 彼は一方的にそう言うと、背を向け歩き出す。


「アン!」


 彼の名を呼ぶが、振り向くことはなかった。

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