補完的サイド

やっと会えた。 (アン視点)


 僕のお母さんはとても美人で、僕の自慢だった。近所の悪ガキに僕が女の子みたいで気持ち悪いと言われても気にならなかった。だって僕はお母さんにそっくりなんだ。だから僕は自分が女の子みたいな顔でも全然構わなかった。


 困る事はよく変なおじさんに絡まれる事だ。お母さんもそうで、二人でいつも困っていた。でもおかしいことに危なくなると誰かがいつも助けてくれた。


 その日、急に一緒に買い物をしていたお母さんがいなくなった。急いで探すと、優しそうなお兄さんと一緒にいた。人を簡単に信じちゃいけないと、それは鉄則で僕は慌ててお母さんに駆け寄る。


 僕の言い方が悪かったみたいでお母さんに叱られた。泣きそうな僕にその人はとびっきりの笑顔を見せてくれた。


 名前は教えてくれなかったけど、その人の身なりから、貴族だとお母さんは言っていた。しかも男の人じゃなく女の人だって。


 確かにあの笑顔はとても素敵で男の人にしておくにはもったいないと思った。


 それから二年。僕は十歳になった。お母さんの身体が少しずつ弱っていった。そうしてある日、制服を来た男の人が迎えに来て、僕たちは王城に上がった。


 お父さんのことを気にしなかったわけでもなかったけど、聞こうとすると悲しそうな顔をしたのでお母さんにちゃんと聞いたことがなかった。


 だから急にお父さんが王様だって言われて信じられなかった。

 綺麗な服に贅沢な食事、与えられた豪華な部屋。

 夢のような生活だった。

 お母さんの調子も良くなって、本当に嬉しいことばかりだった。

 でも時間が経つと、僕は状況がわかるようになってきた。


 お父さん――王様になかなか会えないのは当然で、城の使用人の人たちがどことなく冷たいのもわかった。

 王様にはすでに奥さん――王妃様がいて、しかも二番目の奥さんもいた。お母さんは三番の奥さん、ということだった。


 そのことをお母さんに聞いたら「ごめんね、ごめんね」と泣いてしまったので、僕はそれからそのことを言わなくなった。

 僕にはお姉さんとお兄さんもいた。

 お姉さんはすごく面白い人だったけど、お兄さんは凄く嫌な奴だった。

 お兄さんだったけどむかついたので、お兄さんよりもいい子になろうと思った。顔は僕のほうが可愛かったし、頑張れば大丈夫だと思ったんだ。


 礼儀作法や勉強を必死に学んで、剣もがんばった。


 おかげで二年もしないうちに、僕は、使用人にも一目置かれる第二王子になった。


 父上も、誇らしそうにしてくれて、嬉しかった。


 でもそれがよくなかったらしい。

 リリアナ様や兄上は他の人にわからないように、嫌がらせをするようになった。

 僕は平気だったけど、お母様は違った。

 僕と違って、お母様は城から出たがっていた。本当は、その時に気がつくべきだったんだ。

 僕は、兄上たちの悪戯なんか気にしていなかったし、それよりも城の生活が楽しかったから。


 それに、僕はあの人を探していた。貴族だというから、城にいつか来るだろうと思っていたんだ。仲良くなった使用人に、そっと白銀の髪に緑色の瞳の女性を知らないかと聞いて見たけど、誰も答えてくれなかった。


 城に来てから三年。

 母上の調子が悪くなった。食が細くなり、夜も眠れないようだった。

 そうして一年もしないうちに、母上は亡くなってしまった。


 城にいるのに、この国で一番腕のいい医師なのに、母上の病気が治せなかった。

 心の病気?

 なんだ。それは。


「殿下。気が散っていますよ」


 稽古をつけてくれているナイゼル・カランが剣を降ろす。


「甘く見ないでくれるかな!」


 それが癪に障って、僕は感情的に、彼に剣を向けた。でも勝てるわけがなく、僕は床に這い蹲ることになった。


「大丈夫ですか?」

「……大丈夫なわけないだろう」


 彼は王宮騎士団の中では一番話しやすかった。しかも姉上が彼のことを好きらしく、姉上にも勧められて、彼を稽古相手に選んだぐらいだ。


 母上が死んでから、僕ははっきりいってどうでもよくなっていた。

 第二王子がなんだ。

 僕が城に拘ったから、母上は城を出られず、心を病んでしまった。

 後からわかったのだが、リリアナ様と兄上は僕が堪えないものだから、母上に嫌がらせをしていたらしい。

 そんなこと、僕は知らなかった。

 二年前に一度、城から出たくないかと聞かれたことがあったけど、僕は今の生活がいいと、何も考えずに答えた。


 ――母上が死んだのは、僕のせいだ。

 本当は城になんか来るべきじゃなかったのに。

 お母さんは病気だった。だけど、きっと幸せだったはずだ。そういえば城に上がってから、お母さんの笑顔を見たことがなかった気がする。


 馬鹿な僕。

 そんなことにも気がつかなかった。

 腑抜けの僕は、それでも第二王子としての立場から逃げられず、行事をこなしていく。

 

 そうしてあの日が来た。

 嫌な予感はしたんだ。

 

 リリアナ様と兄上の様子がおかしかったし、ナイゼルが僕の警備からはずされた。

 船から突き落とされたとき、僕は実は少し嬉しかった。

 これで、やっと終えられると。

 母上――お母さんを救えなかったことで苦しむこともないんだ、楽になれると思ったから。


 だから、声をかけられ、体をゆすられた時は、頭にきた。

 

 起きたくない。このまま寝かしていて欲しいと願った。

 だけど、声が、あの人の声に似ていた。もう五年前のことなのに、僕はなぜかあの人の声だと思った。

 目を開けると、あの人が心配そうに僕を覗き込んでいた。


 ああ、やっと会えた。

 きっと、僕は彼女に会う為にここに来たんだと、そう思った。


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