君が人妻になるとは思わなかった。(ナイゼル視点)


 母上が実家に戻られる度に、私はいつも連れて行ってもらっていた。

 それは、王都で珍しい本を買うためとか、伯父上に剣の稽古をつけてもらうから、と理由があったが、一番の理由は、ファリエスに会うためだった。


 ファリエスは、私より二歳年上。女性の身でありながら、叔父上に素質を見込まれ、剣の稽古を受けていた。

 私が屋敷に行くたびに、ファリエスも一緒になって訓練する。彼女と私の容姿は良く似ているみたいで、姉弟と間違われることが多い。

 リンダ家特有の赤い髪、茶色の瞳。

 彼女が笑うと、私もおかしくなって、リンダ家に行くのが楽しみだった。

 

 ファリエスが十五歳になり、そろそろ社交の場に出始めた。彼女は気が強くて、晩餐会や舞踏会ではよく問題を起こしているみたいで、叔父上が毎回頭を抱えていた。私は、その度に実は嬉しくて、いつか彼女に結婚の申し込みをするまで、どうか、誰も彼女を射止めないでくれと祈っていた。

 十五歳になり、私が王宮騎士団の入団を決めた日。

 意気揚々とリンダ家に行くと、晴れ晴れとした表情のファリエスがいた。社交の場に出るようになり不機嫌な顔ばかり見ていたので、嬉しくはあったが、嫌な予感もした。

 誰か、好きな人を見つけたのか、そんな思いが過ぎる。


「私、カサンドラ騎士団に入団することになったの。王命よ。王命!」

 

 高らかに笑いながら宣言する彼女は、やはり美しくて見惚れてしまったが、内容を良く考えて、絶望感に襲われた。

 やっと王宮騎士団に入ることができて、これで、晴れて彼女に婚約でも申し込もうと思っていた矢先、離れ離れになるなんて。

 私の気持ちなど、ファリエスはやはりこれっぽっちも気がついていないらしく、カサンドラ騎士団で時期団長候補として入団するとか、自慢話を繰り返していた。

 最後にやっと、私が王宮騎士団に入団が決まったことを思い出したみたいで、おめでとうと言われたが、全く嬉しくなかった。


 それから彼女はカサンドラ騎士団で、隊長になり、二十二歳の年に、四十五歳になった二代目の団長が退団を決め、三代目団長に就任した。

 私はその時まだ二十歳。同期よりは早い出世といわれたが、まだ五番隊副隊長にしか過ぎなかった。

 私は彼女に相応しい地位に就こうと努力して、ついに第二王子の指南及び警備の役に命じられた。

 まあ、これに関しては私の努力のみではあらず、王女のおかげもあったのだが。

 なぜか、私は王女ーーアズベラ殿下に好かれていた。同期の奴らが彼女の気を引こうとしており、私はまったく興味はなかったので距離を置いていたのだが……。それがよかったのか、彼女はとりあえず私の味方であった。

 第二王子のアンライゼ殿下は、可愛らしい方だった。いや、私にはそんな趣味はない。だいたい、彼は自分が可愛いということを武器にしている節もあり、十四歳ながら、なかなかの曲者。第一王子や側室のリリアナ様が邪険にしても、可憐な笑顔で返り討ちにしているところを何度が見たことがある。

 だが、側室のシェルマ様は異なっており、心を病んでしまったようだった。王も王妃も、シェルマ様自身から訴えもないので、何もできず、有力な貴族出のリリアナ様にお咎めがいくことはなかった。

 一年後、シェルマ様はお亡くなりになり、アンライゼ殿下は笑わなくなり、ふさぎこむ事も多くなった。そんな折、気分転換にと計画された船による旅行先で、殿下は帰らぬ人になってしまった。

 私はその時、なぜか警備をはずされており、嫌な予感を覚えながら一行を見送った。

 事故の現場に行ったが、得るものはなかった。当時警備を担当した者たちは、王の怒りに触れ、極刑になった者もいる。同期に運が良かったといわれ、頭にきた私は、自分らしくなかったが、手を出してしまった。

 おかげで私は見事に左遷となり、国境付近に赴任することになった。だが、事故については、密かに調べていた。黒幕がリリアナ様であることは掴んだが、決定的証拠が見つからない。叔父上からの嘆願書もあり、勤務は半年で終わり、王都に戻ることができた。

 そうして久々に実家に戻ると、恐ろしいことが起きていた。


 ーーファリエスが結婚する。


 その事実は私を打ちのめした。

 招待状を貰ったが、彼女が去った後、丸めて捨ててしまいそうになったくらいだ。

 相手を直に確認するため、男の屋敷に出かけた。

 ファリエスの従兄弟だと言うと、すぐに中に通してくれた。


 仮の住処にすぎないのに、彼の屋敷は立派で、それだけで頭にきた。

 トマス・エッセという男は、宰相を父に持つ優秀な文官で、一見穏やかに見える優男だった。

 しかし、その瞳は観察するように冷たく私を見ていた。


 この男でいいのか。

 感情の起伏が激しいファリエスと、静かな文官のトマス。

 火と水のような関係ではないかと、私は二人の結婚をまったく祝福できなかった。

 しかしトマスの身分は申し分なく、結婚の準備は順調に進められた。


 ある時、王都で二人の姿を見ることがあった。

 私は、馬鹿だと思うが、反射的に身を隠してしまう。

 物陰から様子を窺うと、トマスの澄ました顔が見えた。しかし、ファリエスが何かを彼に言うと、表情ががらりと変わる。


 そんな顔もできるのだと驚くしかなかった。

 隣を歩くファリエスも、完全に私の前とは別人の表情、なんというか、そのまま押し倒してしまいたくなるくらい、魅力的な表情をしていた。


 結局、結婚式には参加しなかった。


 適当な理由をつけて、私は彼女の結婚式を欠席した。


 その日、私は王城で勤務をしていた。

 アズベラ殿下が葡萄酒の瓶を持って現れ、驚くしかなかった。

 言葉が出ない私に、彼女は、「この時を待っていたの。これは私からの贈り物よ」と言っていなくてなってしまった。

 捨てるわけにも行かず、警備をしながら、葡萄酒を死守するのは大変だった。


 勤務が終わり、宿舎でいただいた葡萄酒を飲んだ。

 今頃二人は初夜かと苦い思いだったが、酒はとても甘く、苦い気持ちをすこし薄めてくれた。


 彼女が人妻に、他の男の妻になるなんて、考えたこともなかった。

だが、私は結局待つだけで、告白すらしなかったと、自嘲する。甘い酒を煽りながら、苦い思いを噛み締める。


 その夜、私の二十年に渡る片想いは、終わりを迎えた。

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