1-9 青い紙の投書

 アンと私が痴話げんかをしたと、今度は城内で噂になった。

 私はほとほと疲れてしまい、団長室に篭る。

 頭痛を覚えながらも、私は額を押さえ書類に目を通す。

 仕事は仕事だ。


 団長である私の仕事は警備以外にも、城内で不満があがれば、それを解決する仕事も請け負っている。赤子から老女まで暮らすこの城に問題は尽きない。不満などは城に設置されている箱に投書されることになっており、それを一週間に一度開けては、書類に起こし、対策を考える。

 もちろん、私一人ではなく、カリナやメリアンヌに相談したり、会計部長にも声をかける。規則を変えるものでなければ、城主に確認することなく、対策をとることが許されている。


 私は頭痛と戦いながら、投書の内容を紙にまとめて行く。


 ――入浴の時間について

 入浴の時間が短すぎる気がします。

 そのため、浴室が混雑しすぎます。ご考慮ください


 ――若い者の服装の件

 最近、若い者が薄着で城内を歩き回っている。女性ばかりとはいえ、考えたほうがいいと思われる。ご検討を。


 苦情のような案件は、年代ごと任命している班長に相談することにしている。


「入浴は、そうだな。長いほうがいいかもな」


 ゆっくりと湯船につかる時間があったほうが、休めるかもしれない。

 そんなことを思いながら、羽ペンを走らせていると、薄い青色の紙を見つけた。


 ――団長は、その地位に相応しいのか。

 昨今、カサンドラ騎士団の団長は、浮かれているようだ。団長の義務を忘れているのではないか。

 恋をしたいのであれば、団長役を降りるべきだ。


「……浮かれているか」


 そう思う者もいるかもしれないな。

 そんなわけないのに。

 

 恋なんて、そんなもの知らないのに。

 だが、意見は意見だ。そう見えている者もいるわけだ。


 私はその紙をしばらく見ていたが、羽ペンの先をインクにつけると、この意見を紙に書き出した。



 それから数日後、意見をまとめ、小会議を開く。

 苦情は後日班長と話し合うことにして、その他の対策が必要とするものを議題にあげた。

 湯船の時間拡大には全員一致で、延長することになった。門限に関しては今回で何度目かわからないが、従来通りで変更なしと決定。そのほか細かい件について対策を講じ、最後で私はこの件を持ち出した。


「こういう意見もあるので今後私のことで城内を騒がせることはやめてほしい。また、テランス殿にも今後は用事があれば伝言をするように頼んでいるので、こういうことは起きないはずだ」


 すると、最初に不満げに声をあげたのはカリナだ。

 

「それって絶対に団長への嫉妬か、愛情の裏返しですね。団長って女性に嫌われるタイプじゃないから、多分歪んだ愛情かなあ」

「私もそう思うな。団長が男に取られるなんて許さない。そんなとこかな」


 カリナの言葉にメリアンヌが頷きながら答えていたが、私は頷けない。

 歪んだ愛情ってなんだ。


「それでは、この投書を書いたのはメリアンヌか?」


 眼鏡を上下に揺らして、発言したのは会計部長モナだ。


「そんなわけないだろ!」


 メリアンヌは噛み付くように反論した。


 モナとメリアンヌは二人とも黒髪と黒目。長髪で女性的なモナに対して、メリアンヌは中性的。しかし二人の趣向は一緒だった。


「黄昏の黒豹を闇討ちするとか、ぼやいていたのは確かメリアンヌ、お前だったな」

「それはそうだが、私は団長の心を傷つけてまで、この恋をつぶしたいとは思っていない」


 私を置いて交わされる会話。

 恋とか、本当にやめてほしい。


「モナ。もしかして、モナがこんなひどい投書を?」


 言い合っている二人に、カリナが加わり、話は続く。


「違う。私は団長を好いているが、私もメリアンヌ同様、団長を傷つけたいとは思っていない」


 モナがそう返し、私は頭が痛くなった。

 「好き」って、嬉しいが、かなり微妙な気持ちである。

 いや、でもアンが「好き」というよりも受け入れやすい気はする。となると、やっぱり私は「男」が苦手なのか。前から思っていたが。


「団長。どうしちゃったんですか?いつもなら、この辺でうるさいと止められるのに!」


 突然言い争いが止み、カリナが近づいてきて、私は我に返る。


「いや、なんでもない。とりあえず会議はこれで終わりだな。投書の主が誰かは気にしていない。だが、私の恋とか、なんとか、これ以降話題にしないように」

「え~!団長。投書なんて気にしなくていいのに。絶対に歪んだ愛情が元の投書なのに」


 カリナが言い張るが、私は首を横にふり、会議をそこで終了させた。


 ☆


 自分の趣向がわかって、はっきり言って、すこし衝撃を受けている。

 そうか、私は女性が好きだったのか。まあ、守りたいと常に思っていたからな。

 会議の後は、非番の団員の訓練の予定だった。私は着替えをするために、呆然としながらも団長室へ急いだ。


「はあい」


 団長室にはファリエス様が待っていた。

 次から次へと。

 溜息を噛み殺し、笑顔を貼り付け、彼女の前に座る。


「元気ないわね。ジュネ。どうかしたの?」

「いえ、なんでも。それで、今日はどんなご用でいらしたのですか?」

「またそれ?用事がないと来ちゃだめなの?」


 ファリエス様の目が細められ、私は先日の会話を思い出す。そうだ、これは禁句だった。


「いえいえ。いつでもどうぞ」

「素直でいいわね。ジュネ。今日はね。ジュネの相談相手になりに来たのよ。二人の男に愛される苦悩。さあ、どちらを選ぶ。でしょ?」

「は?」


 耳を疑うようなことを問われ、私は礼儀も忘れ、素でそう返してしまった。


「もうもう照れなくても。昨日のアン、かなり強引だったんでしょ?黄昏の黒豹は結局招待状を渡しただけらしいけど」

「な、なんで、知ってるんですか?ファリエス様!」

「私の情報網を甘くみないでね」


 情報網って。いったい、どんな手を使って。

 あの時テランス殿と私の周りには人がいなかったぞ。

 

「春よね。春。今、まさに春が訪れているわ」


 ファリエス様が宙を見上げ、とりつかれたように呟く。


「それで、ジュネはどっちが好きなの?」

「いや、なんですか。それは。好きとか。ありえないですから」

「ありえない。なんで?」

「いや、それは」


 私は女性が好き、そうらしいから。多分、恋をしても女性だと思う。


「ジュネ。恋愛は自由よ。二人とも平民だけど、まあ、いいんじゃない?」

「ファリエス様。私はそんな気持ち、ひとつもありませんから」

「ええ?嘘。だって、迫られたんでしょ?」

「迫られるって。意味がわかりませんけど。あの、どうやら私は女性が好きらしいのです。だから、ありえません」

「はあ?」


 私の告白に、ファリエス様の目が丸くなる。

 彼女のそんな顔はめったに見られないので、私のほうが見入ってしまった。


「ジュネ。聞き間違いよね?」

「いえ。私は女性が好きです。多分」

「ええ?知らなかったわ。そんなこと」

「私もついさっきまで予想もしてなかったです。まさか、私がメリアンヌやモナと同じ趣味を持つとは」

「ジュネ。だれか好きな女の子がいるの?」

「いえ」

「じゃあ、なんでそう思うの?」

「モナに好きといわれ、素直に受けいれたからです。アンに言われたときよりは驚きと衝撃で、心臓が痛いほどでしたけど」

「……」


 ファリエス様は私の顔を凝視していた。

 なんでだろう?

 そして突然笑い出す。


「おかしいわ。やっぱりジュネは最高!」

「なんですか。いったい!」


 ファリエス様はお腹を抱えて、苦しそうに笑っていた。

 なぜかむかつく。


「ファリエス様?」


 何度か名を呼び、ファリエス様はお化粧がすこし崩れるくらい、涙を流して笑い終え、私に向き直った。お化粧はすぐに手直しされていた。


「それは、勘違いよ。私だって、部下に好きって言われると素直に受け取るわ。だって、慕われているのよ。嬉しいじゃない。でも男に好きって言われるのとは違うのよね。トマスに好きって告白された時のあの胸のトキメキ、ああ、今も思い出すと、心が痛いわ」


 ファリエス様はそれから、トマス・エッセ様との出会いからなんやらをお話になられ、私を呼びにきた団員はファリエス様にひと睨みされて、速攻部屋を出ていった。

 お話が終わったのは、日が沈みかけた時で、満足されたファリエス様は重い腰を上げた。


「そういうわけで、ジュネ。また来るわね。そうそう、あなたが同性好きっていうのは勘違いだから。次来るときはきっと何か進展してそうだわね。ああ、まあ、お茶会で会えるわね。ふふふ」


 ファリエス様は結局本当に何の用だったか、わからぬまま戻られた。書類はまったく処理できず、精神的に疲れるは。大変な一日になってしまった。

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