今、私は恋をしている。(エリー視点)


 ジュネ・ネスマン様は、毅然と立ち上がる。

 手足を縛られ、口まで塞がれ自由がきかない身なのに……。

 私を守ろうとしてくれている。


 目の前には血走った目をしている女性の兵士。


 私は怖くて動けなかった。


 ジュネ様は果敢に向かっていき、ついには彼女を追い込んだ。

 彼女のジュネ様へ向ける憎しみは異常だった。

 そして憎しみを吐き出し、笑いながら彼女は亡くなった。


 そんな人間がいるなんて、そこまで人を憎めることすら私は知らなかった。


 ジュネ様の背中が震えている気がした。

 すでにこと切れている彼女の名前を必死に呼んで。


 私はその時、無性に自分が無力であるのが悔しかった。ジュネ様の傍へ駆けつけ、なぜか彼女を抱きしめてあげたかった。


 その後にユアン様が部屋に飛び込んできて、本当にほっとした。ジュネ様を救ってくれると思ったから。


 私たちを浚ったのはマンダイ騎士団を退団させられたバナードいう人で、アンライゼ殿下の暗殺を企むイッサルの傭兵部隊に協力したということだった。結局あの人も仲間割れで殺されていて、頬をぶられたけど、なんだか可哀想だった。

 殿下はジュネ様が傷ついたことで、お怒りになって凄い勢いで、傭兵部隊を壊滅させたみたい。

 お兄様は屋敷に少しだけ戻ってきてくれたけど、すぐに殿下と王都へ帰ってしまった。

 ジュネ様の背中の傷は順調に回復していたけど、元気がなかった。


 私は今回のことでますます、お母様にカサンドラ騎士団への入団を反対されてけど、私は引かなかった。

 騎士団に入って、ジュネ様の力になりたかった。

 あの人の言うことなんて真に受けないで欲しかった。


 ファリエス姉様が屋敷に来てくださったので、浚われた時のことを話して、ジュネ様をお願いしますと頼んでしまった。ファリエス姉様には不思議そうな顔をされたけど、「任しておいて」と頼もしい笑顔を見せてくれた。


 私は入団試験に備えて、髪をジュネ様のように短く切った。お母様が卒倒されてしまい、お屋敷は騒然となってしまったけど、私は後悔していない。

 カサンドラ騎士団に入って、いつかジュネ様の片腕になりたい。

 私はその一心で訓練を続けた。


 四ヵ月後、念願の騎士団入りが叶い、私は嬉しくてすぐにお父様とお母様に連絡したの。お父様は一緒に喜んでくれて、お母様は呆れたように笑っていた。

 入団してからも訓練に遅れないように頑張った。

 他の騎士の方を見習い、話し方や姿勢を変えて、少しでもジュネ様に近づこうとした。

 そうして、毎日を送る中、私は城の中である女の子が浮いているのを見つけた。その子はジュネ様、団長を眩しそうに見ていたけど、避けているみたいだった。事情をそれとなく、同期の人に聞くと、彼女は女性の兵士に唆され、殿下に毒を持った子だと説明された。

 殿下自身が知らないと言っているのだから、誰もとがめることはない。でも、誰も彼女に近づこうともせず、私は、彼女と友達になろうと決めた。

 あの女性兵士の犠牲者がここにもいる。あの人にはあの人の考えがあったかもしれない。でもそれはあの人の考えに過ぎない。

 そのために、誰も犠牲になることない、私はそんな風に考えるようになっていた。


 話しかけたときは驚かれたけど、避けられることもなく、いつの間にか私たちは友達になった。

 話していくうちに彼女の過去の話を聞いて、胸が締め付けられた。同時に、彼女は誇らしそうに団長のことを語り、でも、その後に悲しそうに微笑んだ。

 

 これは仲直りさせなきゃ、私はそう決めて、機会を待った。そうしてやっと、団長と食事をする機会ができた。すかさず、彼女に働きかけ、やっと気持ちを言ってくれた。

 ジュネ様ーー団長が少し泣きそうになっていたところが、可愛いなと思った。

 団長はいつも気を張っているみたいだけど、抜けているところも結構あって、団員では、可愛いという表現が定着している。

 思わず、それを漏らしてしまい、カリナ二番隊長の小言を覚悟した。でも、団長のことだから、多分、二番隊長に卒なく説明してくれるに違いない。うん。多分。大丈夫。


 そういえば、団長はユアン様と付き合うように……、違う、違う。恋人のふりをするようになって、様子がちょっとおかしい。殿下が視察に来られてから、それが顕著に見られるようになって、みんな心配している。

 

 ユアン様は……、多分鈍いというか、女心に疎いと思う。兄上のご友人なので、ユアン様とは以前からお話しすることが多かった。平民ではあるけれども、警備兵団副団長で「黄昏の黒豹」と呼ばれるくらい、かなりカッコいいと思う。だから、おもてになる。私の友人でも告白した人もいる。でも結局振られている、というか、最後にはユアン様が振られている気がする。


「好きな人がいる。それでもいいなら付き合ってもいい」

 そんな風に言われてしまったら、一気に気持ちが冷めるというもの。


 今となっては、はっきり私からその態度はよくありません、と伝えるべきだったと後悔しています。


 入団してから一年、二年と。時間が経つのは早かった。

 身長も伸びて、団長との距離も縮まっていく気がした。


 そして不思議なことが起きた。


 ユアン様と団長の関係はわからない。

 付き合っていないみたいだけど、よく一緒に食事をされているみたい。二人の姿を見かけた人たちは、あれは恋愛関係ではないと口を揃えて言っていた。


 そして最近、困っていることがある。

 一ヶ月に一度、屋敷に戻るとき、ユアン様を見かける。何かじっと見られているし、それがなぜか胸をどきどきさせる。

 マンダイ騎士団に絡まれた時に助けてもらった時は、彼の黄昏の瞳から目を離すことができなかった。


 ユアン様とは長い付き合いで、どちらかと言うと兄上のような存在だと思っていた。だけど、今は違う。

 一緒にいると、恥ずかしくて、顔を上げられないくらいだ。

 これは、そう、団長に焦がれていた頃の気持ちと一緒だと気がついた。


 憧れなんだ。

 だって、ユアン様は団長に稽古をつけられるくらい強いし、あの容姿だ。団長が白い王子様で、ユアン様が黒い王子のようだと巷では噂になっているくらいだから。

 今でも団長のことは尊敬しているけど、前みたいな恋にも似た憬れの気持ちとは違う。

 恋?

 何、言っているの。そんなこと、絶対にないのに。


 ユアン様は今でも団長が好きだ。

 だって二人で話している時のユアン様はとても甘い。

 あんな瞳、見たこと……ない?


 嘘、そんなの。

 だって、ユアン様は団長のことが好きで。


 私はそんなうぬぼれた気持ちを抱えたまま、あの日を迎えることになった。

 兄上から、黒豹亭に行くように手紙を貰った。

 結婚され、王配となり、兄上は本当に屋敷に戻ってくることがなくなってしまった。寂しく思っていると、殿下がカラン家に養子になられることが決まり、寂しいなど言っている場合ではなくなったけれども。

 話はそれたけど、そう。

 ナイゼル兄上から手紙を貰い、私は少し気後れしながら黒豹亭に向かった。団長、ユアン様、殿下まで一緒にいて、驚くしかなかった。

 しかも、なぜか、気を使われ、ユアン様と二人きりにされてしまった。


 団長は、殿下をお選びになったようだ。

 久々にお会いになった殿下はすっかり男性らしくなっており、女性的なところはひとつもなかった。背もユアン様と同じくらいまでに伸びていらした。

 愛おしそうに団長を連れて黒豹亭を出て行く。

 団長にも、なぜかゆっくりしてくるように言われ、本当に不可解な状況に置かれしまった。


 目の前には、赤色を帯びた瞳のユアン様。眼差しがとても熱く、私はこのまま逃げ出したくなった。


「エリー。俺と付き合ってくれないか。俺はお前、あなたのことが好きなんだ」


 信じられない言葉が降ってきた。

 驚くことしかできないで、見上げると、両腕を掴まれた。


「ユアン!」


 身をよじって逃げようと試みるのと同時に、彼の名が呼ばれ、拳骨が彼に入った。


「なんてことをしているんだい!あんたは!もういいおじさんなんだから、もう少し乙女心を理解しな」


 拳骨の主は、ユアン様のお母様で、彼女は優しい笑みを私に向ける。


「エリー様。ごめんなさいね。私の馬鹿息子が。腕は痛くないかい?」

「大丈夫です」

「エリー。すまない。俺はちょっと焦ってしまって」

「ユアン様。ユアン様のお母様。失礼します。お騒がせしました」

「エリー!」


 店内から名を呼ばれたけど、振り返るのはちょっと恥ずかしくてそのまま城まで一直線に逃げてしまった。

 それから、呆れられると思ったけど、ユアン様は私が屋敷に帰る日には訪ねて下さったり、城の買出しの際には手伝ってくれた。


 いつの間にか、私とユアン様が付き合っているという噂が流れ、私たちはそのまま恋人同士になった。


 ファリエス姉様がものすごく反対されていたけど、どういうことなのかな。

 ユアン様はやはりちょっと不思議な人だけど、毎日楽しく過ごせている。


 恋なんて知らなかったけれど、私は今ユアン様に恋をしている。

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