2-13 奇妙な手紙


「だから、ジュネ。どっちが好きなの?」

「あたしは黒豹ね」

「あなたには聞いてないわ。だいたいどうしてあなたがここにいるの?」


 それは私の台詞です。


 その夜、私の部屋は宴会の場と化していた。

 ファリエス様に助けてもらい、いやこの言い方はよくない。別にユアンーーテランス殿は私に危害を加えるつもりはないのだから。

 と話を戻すが、心優しいファリエス様が私の様子を気にして今日は側にいてくれると有難い提案をして下さった。

 断りたかったが、お心遣いを無下にできるわけがなく、城に宿泊されることになった。しかも私の部屋だ……。


「今日は私に何でも打ち明けてね!」


 と、湯浴みを終えて戻ってくると部屋の中に酒と食べ物が溢れていた。


「団員たちにお願いしたら、いっぱい貰っちゃったわ」


 悪ぶれる事もなくそうおっしゃったが、私は団員たちの泣きっ面を浮かべる。


 残ったものは返してやろう。


 そうしてファリエス様と私は飲み始めたのだが、ベリジュが乱入して来た。団員から大量の食料と酒を搾取した事を聞きつけたらしいのだが……。


「へえ。あんた、この幻の紫いらないの?じゃあ持って帰るわ」

「待って。いてもいいわ。だからもう一杯頂戴」


 ベリジュにかかるとファリエス様は子供のようだ。幻の紫とはそんなに美味しいのだろうか?


「団員さん。あんたも飲んで。今日はこの姉さんが何でも聞いてあげるから」


 ベリジュは既に酔ったのだろうか?

 この姉さんとか……。

 とりあえず気になったので、私は興味本意で幻の紫をいただく。

 喉が焼けるような辛味がして、むせる。


「どう大人の味でしょ?」


 ベリジュは片目をつむり、可笑しそうに笑う。

 これのどこが美味しんだ!?

 けれども、ファリエス様は美味しそうに飲んで、しかも幸せそうに微笑んでいる。


 持ち込まれた食料が三分の一ほど、酒が八割なくなったところで、ファリエス様が動かなくなった。

 

「うーん。トマスぅう!」


 甘えた声を出しながら、でも完全に熟睡している。

 とりあえず私のベッドに運ぶ。


「やっと、邪魔者が寝たわね」


 ファリエス様と同じくらい飲んでいたのに、ベリジュはうーんと背伸びをして、私ににじり寄って来た。酒の匂いがするが、素面だ。顔色は変わってないし、その青い瞳もしっかりと私を捉えている。


「本当、団長さん可愛いわねぇ。あたしだったらどっちも食べちゃってるのに」


 彼女は身を起こすと、コルク栓を抜き、瓶口にそのまま口をつけた。


「ああ、美味しい。こういう時にファリエスの力を借りると色々お徳ね」


 呆然としている私の前で、彼女はハムを食いちぎる。


「ジュネ。どちらにするの? 黒豹? 王子?」


 ファリエス様からもされた質問をジュネが繰り返し、私は彼女から瓶を奪うと酒を食らった。

 どっちとか、ありえない。

 私はどっちも選ばない。


「ベリジュ。私はどちらも選ばない。でも、ユアン、テランス殿にはきっちり断るつもりだ」


 浴室で、浴槽に浸かりながら、私は考えた。

 彼には似合いの女性がいるはずだ。

 私ではない。


「なんで?」


 今度はハムをナイフで切り分け、ぺろりと口の中に入れてからベリジュが聞き返す。


「黒豹が嫌いだから?」

「嫌いとかそういう問題じゃない。彼にはもっとふさわしい人がいるはずだ」

「ふさわしい人ねぇ。あんたがそんな態度だから黒豹も諦めないのよ。それともそれがあんたの狙い?」

「狙いってなんだ?」

「どっちにも好きでいてもらいたいとか?」

「なんなんだ、それは!そんなこと思っていない!」

「だったら、ちゃんと嫌いって言って断りなさい」

「嫌いじゃない……」

「ああ、もう。だったら付き合いなさい。どうせ殿下の前で交際宣言しているんだし。今更本当に付き合ってもいいじゃないの」

「それはできない」

「ああ、もう!いらいらするわ。好き、嫌い。男女はそれできっぱり別れられるの。あんたこれから一生黒豹に思いを背負わせ気なの?」

「そんなことはしない!」

「だったら、いいなさいね。嫌いだって」


 ベリジュはそれだけ言うと、葡萄酒を二瓶とハムの塊を持って、部屋を出て行ってしまった。


 怒らせたから。

 私の態度があいまいだから。

 くそっつ。自分でも嫌になる。

 テランス殿は別の人と付き合うべきだ。だから、言うべきなんだ。


「嫌いか」


 その言葉は苦い響きを持たせ、私はその苦さから逃げるために、甘めの葡萄酒を煽った。

 


 ☆


 翌朝、迎えにきたエッセ様の馬車に、二日酔いでふら付くファリエス様を乗せ、どうにか見送ることができた。

 結局手をつけなかった食料は誰の物がわからなかったので、食堂に持っていった。どうやら昼食に加えられるらしい。

 二日酔いまでとはいかないが、寝不足で頭痛がしており、軽くスープだけを口にして、団長室に篭る。


 するとメリアンヌが現れた。


「団長!昨晩は大丈夫でしたか?ファリエス様だけじゃなく、ベリジュも一緒にいたらしいじゃないですか!」

「ああ、痛い目をみた。あれは本当に」

「ええ?痛い目?どんなことされたんですか?」


 どういう意味だ?

 メリアンヌのきらりと光った瞳が不気味だったが、昨日の幻の紫の話すると彼女は少しがっかりした様子だった。


「用はそれだけか?」

「えっと、団長宛に手紙が届いております」


 そっちのほうが重要じゃないか!

 思わず怒鳴りそうになったが、一呼吸置いて気持ちを落ち着けると私は手紙を受け取る。

 完全に封緘ふうかんされており、使われている印は王家のものに似ていた。


「これは誰が持ってきたんだ?」

「えっと、門番は男だったといってましたが」

「男……。どんな男だったか、わかるか?」

「いえ、それは」


 まあ、メリアンヌはそうだろうな。男には興味ないから。

 彼女の性格上、仕方ないと諦めて、私はナイフを取り出し封を切る。



 ジュネ・ネスマン殿


 あなたの愛しの王子は預かっている。

 もし無事に帰してほしくば、サンデールの桟橋に一人で来るように。


 

 文章はそれだけだった。

 しかし封筒の中は手紙だけではなく、胡桃色の髪が同封されていた。


「だ、団長!」

「メリアンヌ。悪戯の可能性もある。マンダイの屋敷に人を遣り、王子の無事を確認させろ」

「はい。了解いたしました」

「この手紙のことは誰にも漏らすな。わかったな」

「はい」


 メリアンヌは敬礼すると出て行く。

 私はとりあえず門番にこの手紙を届けた者がどんな者であったか、まず確認することにした。


 数時間後、王子がマンダイ屋敷に滞在中であること。手紙を届けた男が、身なりのよい者だったことが判明した。


「悪戯か」

 

 何のために?

 府に落ちなかった。

 胡桃色の髪に触れると、とても柔らかく、アン、殿下に抱きしめられたことを思い出した。


 確かめてみようか。

 

 その目で殿下の姿を確認したと報告を受けたので、殿下が屋敷にいることは間違いないだろう。だから、本当に念のためだ。


 私はジャケットを羽織り、剣を携帯する。

 メリアンヌを呼びつけると、彼女は私が行くことに反対した。


「大丈夫だ。桟橋近くで様子を探るだけだ。心配するな」


 私は彼女の肩を安心させるように叩くと、街に下りた。

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