2-14 浚われた王子
桟橋までは遠いため、馬で街中を移動する。誤って人を傷つけないように、道を選ぶ。
すると、後方から追っ手と思わせる馬の足音が聞こえてきた。
周りに人がいないか確認した後、先手必勝とばかり馬の速度を落とし、けし掛ける。
「待て!俺だ!」
攻撃を難なく受け止められる。
馬上の人はテランス殿だった。
「何の用ですか?急いでいるのですが?」
「何かあったのか?」
剣を携帯し、馬を操っている。
どうみても、何があったとしか思えない。
「あなたには関係ない」
「関係ないって。言わないと通さない」
「は?」
すでに剣は鞘に戻していた。
片手を掴まれた上、馬を使って私の進路を邪魔する。
「離してくれませんか?急いでいるんです」
「だったら、急いでいる理由を教えてくれ」
瞳は燃えるような赤色で、私は彼が引かないことを悟り、降参した。
「俺もついていく。後方で待機しているから」
あの手紙のことを話した後、テランス殿はまた我侭を言う。というか、彼は忙しいはずだ。だいたい、なんで私の姿を見つけたんだ。あそこは川沿いで普段、人は通らないぞ。
ふりだったとはいえ、彼と何度も顔を合わせ、話をしている。
彼の性格は理解しており、これに関しても私は諦めた。
桟橋からかなり離れたところで、馬を降り、私たちは別行動をとる。勿論私が先行で、テランス殿は視界ぎりぎりのところで、私の後を追う手はずになっている。
正直言って、もし私に何かあった場合のことを考えると、彼についてきてもらったほうが効率がよかった。また背中を守られていような安心感もある。
こう思うのは反則だな。
卑怯だ。
自分の気持ちを苦々しく思いながら、私は前方に目を向ける。
桟橋には船が停泊していた。
警戒しながら船に近づくが、船には人影はなく、やはり悪戯だったかと安堵した。
その瞬間気が緩んだのだろう。
振り下ろされた剣に気がつくのが遅れた。
切られた髪が散る。
「意外にやるなあ。さすがヴィニアの仇だ!」
「ヴィニア?!」
男は傭兵だった。
見覚えがある。
そう、私の背中を切った男だ!
「ジュネ!」
「くそ。仲間がいたか!しかたない」
男はなぜか私の切られた髪を急いで拾い、逃げ出した。
「待て!」
「待ちやがれ!」
二人で追いかけたが、建物の角を曲がったところで、溶けるように彼の姿が消えていた。
「どこにいった!」
「くそっ。逃げるな。卑怯者!」
声を張り上げてみるが、答えるものはいない。
「あれは、イッサルの傭兵ですか?」
「知ってるのか?」
「半年前に、私の背中を切った男でした」
「まさか。部隊は全滅させたはずだ」
「確かにあの男です。彼はヴィニアを知ってましたし」
「ヴィニア?」
「あの場所で自害した女性の傭兵です」
「そうか。さっきの男はその生き残りか……。取り逃がしていたんだな。全員死んだと思っていたのだが」
私の隣でテランス殿は悔しそうに唸る。
「私の髪を拾っていったことも気になります。何かするつもりかもしれません」
そう言って、私はひとつの可能性に辿り着く。
テランス殿も同じ考えに至ったようで私と顔を見合わせた。
「
声がはもった!
なんだか恥ずかしい。
「はもったな」
なぜかテランス殿は嬉しそうだ。
「マンダイ屋敷に知らせに行きましょう」
彼の笑顔に釣られない様に顔をしかめ、私は来た道を戻るため、踵を返した。
「ナイゼルに直接伝えたほうがいい」
横に並んだ彼の表情が普通で、ほっとする。
「嫌い」だと伝えないといけないのに。
しかし、今持ち出すにはおかしな状況で、私はそれを考えないようにした。
☆
馬で駆けたのに、私たちの知らせは無駄に終わった。
マンダイの屋敷では王子失踪という事態で混乱していた。
「ユアン、それにネスマン殿も。何の用かな」
私たちを迎えた彼は忙しそうだった。
あのおかしな手紙をもらった時点で、カラン様に知らせておけばよかったと後悔する。
髪の入った手紙、内容の信憑性が高まり、確認したくなる。
そう先ほどの私のように、しかも単独行動だ。
アンもそうしたに違いない。
「申し訳ありません。連絡が遅くなりました」
「どういう意味だ?」
「彼女は殿下を浚ったという手紙を貰い、サンデールの桟橋に行ったんだ。そこには殿下はいなかったが、彼女をおびき出す罠だった。髪を切られた。それを使われたに違いない」
「ユアン。君が何を言っているか、わからないが?殿下が拉致されたと知っていたのか?事前に?」
「いや、違う。それは罠で、実際は彼女の髪を採集するのが目的だった。その髪を使って殿下を誘い出したんだ」
「カラン様。アン、殿下は手紙を受け取っていませんでしたか?」
「いや。手紙は私がすべて目を通している。今日は何もなかった……いや」
ふと、カラン様が言葉を止め、宙を睨む。
「お茶の時間から急に殿下が落ち着かなかったな。もしあの時、手紙を受け取っていたら?ダニエル!先ほどお茶を運んだ使用人を探して連れて来い」
「はい!」
カラン様が声をかけると、すぐに王宮騎士の制服を来た青年が走ってきて命を受けると駆け出した。
さすが王宮騎士団だな。
あれとは違う。
マンダイ騎士団の騎士たちは、おろおろとしており、落ち着きがなく、廊下を行ったりきたりしている。
「ユアン。警備兵団の団長にはすでに伝えている。君の助けを借りたい。ネスマン殿。あなたは城に戻り、城の警備に専念してくれ。王子のことは、王宮騎士団と警備兵団で捜索する」
「待ってください。この件にはイッサルの傭兵団の生き残りが関わっています。私は彼の顔を知っている。私も捜索に加えてください」
「だめだ。ユアン。君もその男の顔を知ってるな」
「ん、ああ」
カラン様の問いにテランス殿は迷いながらも頷く。
「君が怪我をしたり、危ない目に会うと、王子が手に負えなくなる。だから、どうか、城に戻ってくれ」
「わかりました」
了解などしたくなかったが、選択肢がなく。
私は頭を下げる。
城に送るというテランス殿の誘いを断り、私は悔しい思いを抱えたまま、馬を駆った。
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