2-5 二度目のデート


 一度目の「デート」は城内ですっかり噂になり、いろいろ聞かれる羽目に陥った。その度にどうにか無難な答えを出したつもりだったが、皆はなぜかテランス殿に反感を持ってしまい、どう答えるのが正しいかわからなかった。


 あくまでも「ふり」なので、結婚の事など聞かれたらそれは考えていないという答えを出すしかない。それがよくないのだろうか。

 いや、でも結婚のことまで言い始めたら、とんでもないことになりそうで、それはだめだ。


 悶々と考えながら廊下を歩いていると、エリーとミラナの姿が目に入った。すれ違うのに声をかけずに通り過ぎるのはあまりにも不自然だったので、笑顔を浮かべ、挨拶をしてみる。


「エリー、ミラナ。昼食はもう済んだのか?」

 

 昼食時間を少し過ぎたばかり、私も食堂に向かう途中だったので、そう口に出す。


「団長。私たちもまだなんですよ。ご一緒してもいいですか?」


 エリーの言葉にミラナが目を丸くしたのがわかる。

 いや、それはだめだろう。

 ミラナに嫌がられたくない。


「ミラナもいいでしょ?」


 エリーに問われ、ミラナが頷く。

 

「じゃ、行きましょう」


 本当にエリーはたくましくなった。

 戸惑う私に笑顔を向けると、ミラナの手を引いて歩いていく。

 私は久々にミラナと食事をすることに緊張しながら彼女たちの背中を追った。


 今日の昼食はジャガイモのパンケーキにソーセージ、そして野菜のスープだ。カウンターに並び、トレーにそれぞれ載せて貰い、食堂の隅に席を取る。

 二人は並んで座り、私はその向かいに腰を下ろした。

 エリーと食事を取りたいという、メリアンヌとモナも姿を探してみたが、視界におらず、なぜか安堵しながら、スプーンを手に取った。


「団長。ユアン様と来週もデートするのですか?」


 唐突に問われ、私は口にしたスープを吐き出すところだった。だが、慌てて飲み込んだため咳き込む。


 なんなんだ?

 エリー。事情は知ってるはずなのに。


「すみません!」


 謝ったのはエリーだが、カップに水を入れて持ってきたのはミラナだった。

 有難く水をいただき、落ち着いたところで礼を言う。


「ありがとう」

「いえ」


 ミラナはそれに短く答え、もくもくと食べ始めた。


「団長。私たちは応援してますから」

「は?」

「ユアン様は本当に不器用な方ですが、とても優しいですよ」


 不器用……?

何がどう不器用なんだ?まあ、優しいとは思うが。

 そう言えばテランス殿はそもそもエリーが好きだったんじゃ。

 彼がエリーに向ける笑顔はとても優しかった。


「団長。ミラナは私が守りますから。ご安心くださいね。ミラナ。私はこれからもっと頑張って強くなるから。私を頼って。私はあの時何もできなかった自分が悔しいの。目の前で殺されそうになる団長をただ見るしかできなくて」

「エリー」


 彼女の言葉に胸が熱くなる。

 私はあの時ただ必死だった。彼女を守りたいと。結局、ヴィニアは自害してしまった。守ったとはいえなかったな。


「ミラナ。あなたからも」

「ジュネ様。長い間。無視してごめんなさい。あなたを見る度に罪悪感で胸が苦しくなって。あなたが私のことで苦しんでいるのに、ごめんなさい」

「ミラナ。そんなことはない。私こそ、君のことを裏切って」

「裏切ってなんて。私が勝手に期待してただけ。頼りすぎてました。ううん。依存してた。エリーとたくさん話してやっと気がつきました。私もエリーにただ守られるだけじゃなくて、強くなりたいと思ってます。だから、来年、入団試験を受けてみようと」

「え?」

「そうなのですよ。団長。ミラナも強くなりたいって。だから、今からひそかに訓練してるのです。私は半年訓練してやっと入団できたけれど、ミラナは今から訓練してるから、絶対に受かるはずよ」

「うん。頑張る」


 エリーの隣で、ミラナは笑顔で両拳をぎゅっと握る。

 表情はとても明るくて、私は心の底からほっとした。


「あれ、団長。目が赤いですよ。潤んでるような」

「ジュネ様?」

「なんでもない。ないから」


 くそっ。団長とある者が泣きそうになってしまった。

 これは恥ずかしいぞ。


「ミラナ。ほら。団長ってすごく可愛いでしょ?だから、私たちが強くなって守ってあげなきゃ」

「え?なんだそれは」

「団員みんなで言ってますよ。団長を守ろうって」

「そんなこと言われているのか?」


 初めて聞いたぞ。そんな風に思われていたのか。

 守りたいなんて、頼りないな。

 恥ずかしい。


「団長。団長は強くてカッコいいし、いつも守ってもらってます。だけど、ほら、時々すごく可愛くて純粋じゃないですか。だから」


 エリーが慌ててそう言うが、私の耳には入ってこない。

 情けない。

 可愛いいなんて、なんだ。それは。


「あーあ。カリナ二番隊長に怒られる。皆に内緒って言われていたのに」


 カリナ。カリナか。

 エリーを叱らない様に言うべきだな。あと、この件で問い詰めてみよう。

 私はいったい団員達にどんな風に思われているんだ。


 私は真剣に悩んでいて、エリーは少し青ざめていた。しかし、ミラナは面白そうに笑っており、その笑顔を見ていると最後にはどうでもよくなってしまった。


 まあ、いいか。

 ミラナがやっと笑ってくれた。

 情けない団長でも、こうして笑ってもらえればいい。




「演劇ですか?」

「ああ。実は席はとっているんだ」


 一週間後、また私はテランス殿と「デート」をすることになっていた。食事をしていると、テランス殿が劇団の鑑賞券を二枚テーブルの上に置く。


「いやか?」

「えっと、嫌じゃないですが」


 しばらく見ていない。

 演劇か。アンはいないけど。


「今「隣国の王子」をしているはずだ。もし見たくなければ、これは捨ててしまおう」

「は?なんでですか?」

「今日の今日で人に譲ることもできないだろう。だから」


 そんなもったないこと。

 しかも捨てるなんて。


「行きます」

「よかった」


 そう言って笑うテランス殿の笑顔が少し意地悪そうに見えてしまった。


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