2-4 恋人のふり
「なんだか緊張するな」
「ええ」
一週間後、私とテランス殿は「恋人であればデートをすべき」とファリエス様に助言され、彼と食事をすることになった。
これが「ふり」であることを知っているのは、城内ではメリアンヌとカリナ、そしてエリーだ。
アン、殿下に関わることなので、公に話すことはできず、ごくわずかな者に事実を伝えている。
しかし、城から私を送りだすときのカリナはやけに楽しそうだったが。
「何を食べたい?」
至近距離でそう訊ねられ、私は彼の瞳を久々に間近に見ることになった。今日は赤色が強くて、すこし感情的のようだった。
機嫌が悪い?
それはそうだよな。茶番につき合わされているのだから。
「テランス殿。すみません。つき合わせてしまって。お礼に私が奢りますが、好きなものを頼んでください」
「何、言ってるんだ。で、デートっていうのは男が食事代を持つものだろう?」
「そ、そうなんですか?でも、私たちの場合は違うので」
そう、「デート」のふりをしているのであって、本当は違う。
「ふり、ふりだが。本当のように振舞わないといけないだろう」
テランス殿はその両目を閃かせて、私を見つめる。
「えっと、そうですけど」
なんか、なんだろう。
勢いに押される。
「俺は、あなたのこと、「ジュネ」と呼ぶから。あなたも俺のことはユアンと呼んでくれ」
「え、それは、」
「恋人同士なんだろう?だから、敬称なしで名前を呼び合うのは普通だ」
でも「ふり」でしかない。大体、私たちの会話など聞いている者がいるわけがない。
狐亭の店内を見回してみる。すると、何人かの視線とぶつかり、注目されているのがわかる。
小声で話していてよかった。
「嘘」だとばれたら意味がない。
「ジュネ。何を食べたい?」
彼は少し声量を上げて、そう聞いてきた。とたんに視線を感じなくなる。
「そうですね。鶏の黒胡椒焼きにしてもらいますか」
「ジュネ」
催促するようにテランス殿が私を見る。
これは、名前を呼べって事か?
いや、それは。
「ばれたらまずいだろう?」
テランス殿?!
突然腰をあげ、前かがみになり囁かれ、耳元に息がかかる。とたん、体の中の血が沸騰したような錯覚に陥る。
「ジュネ」
「……ユ、アン殿」
どうにか落ち着かせようと両手で火照った頬を押さえながら、私は彼の名を呼ぶ。
「殿はいらない」
「ユアン」
至近距離で見つめながら彼は無常にもそう言い、私は仕方なく言い直す。
戦っているような緊張感と同時に恥ずかしさが込み上げてきて顔を逸らさずにはいられなかった。
彼は満足したように笑うと、再び椅子に腰を下ろした。
な、何を考えているんだ。テランス殿は?
そんな人じゃなかったはずだぞ。
結局、狐亭の鶏の黒胡椒焼きは大好物のはずだったのだが、味もなんだからわからないまま、食べ終えた。
テランス殿は終始妙に嬉しそうで、黒豹はなりをひそめ、子犬のようだった。
これは、頼む相手を間違ったのでは?
いや、でも他にいない。
まてよ。カラン様に頼めばよかったのか。
あの場で、その可能性にいたらなかったことを私は深く後悔した。
結局食事を終え、私たちはそのまま別れた。
あの後からずっと距離は近いままで、動悸は治まらず、城に戻ったらベリジュに一度診てもらおうと思ったくらいだった。
「団長。どうでした?」
外門をくぐり宿舎に向かって歩いていると、カリナが興味津々という顔を隠さず聞いてきた。
「いや、別に」
彼女は事情を知っている。
デートをしたふりをしなくてもいいので、私は憮然と答える。
「つまんないなあ。でも次もありますからね。デートにお勧めの場所など私に何でも聞いてください」
「いや、必要ない」
デートといっても、ふりだ。
食事を取るだけでいいだろう。
でも今日みたいに距離が近いと緊張するから、次回は違うことをしたほうがいいのか?
「あれ。団長なんか、顔が赤いですよ。何かあったんですか?」
「なに?顔が赤い。あの黒豹め!何かしたのか?」
どこから出てきたのか、カリナの問いかけに反応したのはメリアンヌだ。
いや、非番だろ。今、どこにいたんだ?
「団長。何をされたんです。こんな純粋な団長に何をしたんだ。あの野郎!」
「狐亭は人目もあるから、あるとすれば口付けくらいかなあ」
「な、何言ってるんだ!カリナ。何もあるわけないだろう!勘違いするな」
「でも団長。顔が赤いですよ」
「あの黒豹め!」
非番のはずなのに剣を携帯してどこかに行こうとしているメリナンヌを私は慌てて止める。
「何もなかったんだ。食事しただけだ。落ち着け!」
「本当ですか?」
「当たり前だ」
カリナが疑わしそうに私を見上げるが、本当に何もなかったのだから、私はしっかりと答える。
「怪しいですね。とても。頬が赤く染まったままですし」
「あの野郎!」
二人が騒いでいると、いつのまにか城内の者達がわらわらと集まり始めていた。
「カリナ。メリアンヌ。団長室にきてもらおうか。キャロル、何かあれば団長室に。カリナを少し借りる」
本日当番の二番隊の城内警備の者にそう伝え、私は二人の首根っこを掴む。
これ以上騒がれていては、恋人のふりというのもばれてしまう。
私は有無を言わさず、二人を団長室に連行した。
「そこに座れ」
団長室の内鍵をしっかりと閉め、私は二人に命じた。
「私とテランス殿はあくまでも恋人のふりをしているのであって、何かあるわけない。本当ならば城の者すべてに知らせたいが、それはできない。理由は以前話しているから理解しているな」
「はい……」
「はい」
カリナは目を伏せ、メイアンヌは私をしっかり見上げて答えた。
「私は団長を信じています!だけど、あの黒豹野郎が!」
「メリアンヌ。落ち着け。テランス殿は私の茶番に付き合ってもらっているだけだ。悪く言うものではない。この茶番が終わるまで、彼には申し訳ないと思っているくらいなのだ」
そう、アンが諦めてくれるまで「ふり」は続ける。
だからその間、テランス殿は恋人を作れないのだ。
「申し訳なく感じなくても。それどころか役得と思っているかもしれないのに」
「何?」
役得?どういう意味だ?
「メリアンヌ。エリーがそろそろ食堂に顔を出すんじゃない。行けば?」
「はっつ。そんな時間か?」
聞き返そうと思ったのに、メリアンヌは立ち上がる。
「団長!以後気をつけますので、私はこれで失礼します!」
私が退出許可も出していないのに、彼女はそそくさ一礼すると内鍵を開け、出て行ってしまった。
「なんなんだ?」
「すみません。団長。メリアンヌは、どうしてもエリーの真ん前でご飯を食べたいらしいのですが、いつもモナに席を取られるんですよ。だから今晩こそはと気合を入れていたので」
そうか。まあ、いい。見るだけ、話すだけだろうから。
「……心配ですか?」
「ああ」
「大丈夫です。メリアンヌもモナもエリーのことは単に可愛いと思っているだけで、何もしませんから」
「……」
カリナは笑顔でそう言うがなんだか心配だった。
エリーがもしかしてそういう趣味に染まってしまったり。
そういえば、入団の時も男のなりをしていたし、髪も短く……。
「団長。考えすぎですよ!心配なら、私が見てきましょうか?」
「頼む」
「はい。それでは」
結局カリナに頼むことになり、彼女は楽しそうに部屋を出て行く。
あ、えっと。ちょっと待て、二人ともちゃんと理解したのか?
まあ、しっかり返事してたしな。
あくまでふりなのだから、騒がなくてもいいことだ。
騒ぐと、また誰かを傷つけてしまいそうだ。
今日の「デート」の件は城中に広まってしまっただろうな。私とテランス殿のことは。
仕方ないとはいえ、いい気分ではない。
ミラナはどう思ったのだろか。
彼女を傷つけてないだろうか。
後でこっそりエリーに様子を聞こう。
とりあえず、着替えをするために私は宿舎の自室に戻ることにした。
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