2-2 父上の用事
「お帰りなさい」
父上と共にカラン家を訪れると、前回は会えなかったカラン様とエリーのご両親に出迎えられた。
まだカラン様が家督をついでいないので、当主はお父上のランティス様になる。
カラン様はお母上のマリー様似で、エリーがお父上に似ているのだな。
マリー様はファリエス様が年を重ねられた上、穏やかになられた感じの美人だった。ランティス様は金髪に茶色の瞳、美しい人だが、なんというか完全に尻にひかれてそうな線の細い方だった。
「申し訳ありません。滞在させていただく上に、お気まで使っていただいてしまった」
「いえいえ。エリーが訓練で家を空けるようになってしまって寂しく思っていたのですよ。どうぞゆっくりとご滞在ください」
「ジュネ様もどうぞお入りください」
ファリエス様を思い出し躊躇していた私に、マリー様が微笑みかける。笑顔はファリエス様と同じ黒いもので、背中が冷やりとした。
そういえば、たしかファリエス様が、マリー様はエリーの入団に反対していたと言っていたな。
「お二人でゆっくり語らうこともあるでしょう。客間にお茶を用意させます。そこでおくつろぎください」
「はい。ありがとうございます」
マリー様にそう言われるがどうしても裏がありそうで、私の笑顔は引きつっていたかもしれない。
☆
「何とおっしゃいましたか?」
円卓の上にはクッキーと、青色の模様の入ったティーカップとポットが置かれていた。
私は先ほど聞いた父上の言葉が信じられず聞き返す。
「お前にアンライゼ殿下との縁談が持ち上がってる」
なんだって!?
私は驚きのあまり立ち上がり、円卓の上のカップが衝動で激しく揺れた。
「アン、殿下が言い出したのですか?」
彼は一度私に告白しているし、それ以外考えられなかった。
私が男装していることは調べればすぐだし、そんな男装した女を王子の妃にしようなど考える者がいるとも思えなかった。
「……いや」
父上は歯切れ悪く答える。
彼らしくなく、私は卓上に両手を置いて、にじり寄った。
「それでは誰がそんな馬鹿なことを!」
「馬鹿とは、失礼だぞ。ジュネ」
大声を思わず出した私に父上が苦言を漏らし、私は今他人の屋敷にいることを思い出す。
アンは王子だ。その王子との縁談に関して、馬鹿というのは口が悪すぎたか。カラン様の屋敷に告げ口をするような愚かなものがいるとは信じたくはないが、口にするものではなかった。
「申し訳ありません。しかし、誰が言い出したのか、聞かせていただけますか?その方が父上に私を説得するように命令したのですか?」
父上は私が一生独身を貫くことを理解している。
だから、彼がすすんで縁談の話などもってくるようには思えなかった。
「……隠しても仕方がないな。言い出したのは王宮騎士団長のマーカス・リンデ様だ」
「マーカス・リンデ様……」
ファリエス様のお父上じゃないか!
「アンライゼ殿下が、王位継承権を放棄すると言い始めてな。第一継承権はアズベラ王女であるから、自分が放棄しても構わないという主張なのだが、王女はまだ結婚どころか婚約もされていない。もしものことがあれば、アンライゼ殿下が王になる必要があるのだ。だから、今放棄されてもらっては困る」
父上はそう話し、冷めてしまったお茶で喉を潤わせる。
「それと私がどういう関係があるのですか?」
アンライゼ殿下、アンでいいな。
アンが王位継承権を放棄したがっているのはわかった。そしてリンデ様がそれを危惧しているのも。
だが、そこでなぜ私との縁談なのだ?
理解に苦しむ。
「殿下が王位継承権を放棄したい理由を知っているか?」
「知りません。私が知るわけがありません」
彼がアンであった二年、彼の考えがわかった気がしていた。まあ、傭兵が現れたあたりからわからなくなっていたが。
王子である彼の考えなど、今の私にわかるわけがない。
私の答えに父上は渋い顔をされる。
なぜ?
首を捻っていると父上が再び口を開いた。
「殿下は普通の庶民に戻り、このラスタに戻りたいとごねているようなのだ」
「はあ?」
なんだそれは。
そんなに王城の生活が嫌いなのか?王子としての圧力か?いや、でもこのラスタに来る前はずっとその責務をこなしていたはずだ。今更じゃないか?
「まったく、お前は鈍いな。殿下はお前の傍にいたくて、このラスタに戻りたいと言っているのだ」
「は?父上?」
「お前は殿下から想いを伝えられているな」
「父上?!なぜそれを」
私は誰にも言っていない。
なんで、父上が知っているんだ。
「マーカス様から聞かされた」
となると、ファリエス様か?
そういえば、勢いで話したような記憶が……。
「殿下が嫌いか?」
「そういう問題ではありません。私は一生独身を貫くつもりです。父上にはすでに私の決意を話したはずではないですか!」
「そうだが。気持ちが変ることもあるだろう?」
「ありません。私は一生独身です。そして女性を守りたいんです」
結婚どころか、恋愛もする気はない。
それなのに父上は……。
いや、待てよ。これがリンデ様の命令だとすると、私の説得に失敗したら父上はどうなるんだ。確か、三番隊の隊長と聞いているが、降格されたりするのか?
「父上!私のせいで父上が降格されたりしないですよね?」
「大丈夫だ」
「本当ですか?」
「ああ」
父上はしっかりと私の目を見た後、頷いた。
なら安心だ。
「父上。私はこの話をお受けすることができません。でもアン、いえ殿下を説得するために少しお手伝いをしたいと思っております」
彼は王子だ。
その義務を放棄することは許されない。
しかも、彼は確か、まだ十七歳だ。
恋などこれからすることも多いだろう。
「私が殿下宛に手紙を書きます。それを届けていただけますか?」
「おお。それはいいな。私も役目を少しは果たすことができる」
「明日までに書き上げます」
そうして私と父上の話は終わった。城に戻ろうとすると、父上だけでなく、カラン様のご両親に引きとめられたが、私はどうにか誘いを断り、城に帰還した。
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