恋をしてみようか

2-1 半年後


 いつものように少し遅めの昼食をとるために食堂に向かうと、そこにいたのはメリアンヌだった。

 だらしない顔で窓の外を見ており、嫌な予感がして私も目を向ける。


 金色の巻き毛が可愛らしいエリーが顔を真っ赤にして、走っていた。先頭は今日の教官のカリナだ。


「可愛いなあ」


 ぞぞっと寒気がしたのは、おかしくないよな。

 メリアンヌは私が傍にいるのに気がついた様子もなく、熱心にエリーを見ていた。



「メリアンヌ!」


 私は堪らず大きな声で彼女を呼んでしまう。


 あの事件から半年が経った。

 誘拐されたことで、エリーが騎士団入団を諦めると思っていたが、彼女は別人のような姿で試験に臨んだ。

 金色の髪をばっさりと切り、男物の服を身につけ、美少年の様相の彼女は危なげなく、試験に合格した。


 そして入団後も、新兵の中でも遅れることなく、訓練をこなしている。

 新兵は一年間訓練に明け暮れる。訓練は、私、一番隊長のメリアンヌ、二番隊長のカリナが担当している。私が三日間、二人が一日づつ担当し、新兵たちは五日訓練し、二日休みだ。

 今日はカリナが担当で、メリアンヌは勤務中のはずだった。


 食堂で昼食を取るついでに、エリーに熱い視線を送っているようだが、少し心配してしまう。

 彼女の嗜好は知ってるいし、否定する気もない。

 だが、相手がエリーでは違う。

 もし、何か間違いが起きたらと気が気でない。そうなればファリエス様やカラン様に何を言われるかわからない。だから私はメリアンヌの動向を気にする毎日だ。


「団長。エリーが可愛くてしかたありません。黄昏の黒豹と一緒に来たときも可愛いとは思ってましたが、髪を切ってなんというか少年のような危うい魅力があって、堪らない」

「メリアンヌ」

「もしかして、私は女の子だけじゃなくて、少年でも大丈夫なのか。どう思いますか?」


 知るか。そんなこと。

 思わずそう怒鳴りたくなったが、どうにか耐え、私は彼女の肩に手をやった。


「今休憩だろう?夜に備えて少し寝たらどうだ?」

「大丈夫です。こうしてエリーを見ていると気力がみなぎってきますから」


 そう言うと、メリアンヌは再び窓の外に目をやる。その視線は熱く、とてつもなく心配になる。


「メリアンヌ。エリーはファリエス様の従姉妹でもあり、王宮騎士団のカラン様の妹君だ。変なことは考えるなよ?」

「わ、わかってます。ご心配なく。ただ見てるだけですから」


 彼女はしっかりとそう答えたが、熱い視線はエリーに注がれたままだった。


 見るだけだよな。それなら、大丈夫だよな?

 このまま見張っていたかったが、私も暇ではない。


 パンとスープを貰い、メリアンヌの緩みきった顔を見ながら昼食を済ませる。

 心配は尽きないが、私は渋々と食堂を後にした。


 

 廊下に出ると、ミラナが視界に入る。だが、彼女は私と目を合わせようとせず、頭を少し下げると逃げるように私の横を足早に通り過ぎた。

 三ヶ月前からミラナは給仕係に戻った。王都に戻る前にアンが宣言したおかげで、彼女に対する風当たりは強くない。だが、腫れ物を触るように扱われおり、気が付けば彼女は一人でいることが多かった。

 私に対しても、以前のように頼ってくれることもなく、距離を完全に置かれている。


「どうしたものかな」


 そうつぶやいてみるが、答えてくれる者は誰もいなかった。


「団長!お父上様が外でお待ちです!」

「何?!」


 一日の終わりに近づき、メリアンヌが部屋に飛び込んできた。

 

 父上だと?!

 何事だ?


 私はジャケットを羽織ると、すぐに部屋を出て外門に向かった。



「久しぶりだな。ジュネ」


 何年ぶりだろう。

 それくらい会っていなかったことに少し罪悪感を覚える。

 父上は、なぜか王宮騎士団の制服を着たままで、私に笑いかける。


「父上。お久しぶりです。元気そうで何よりです」

「ジュネ。本来ならば我が屋敷で話すべきことなのだが、お前がなかなか帰ってこないから、こちらまで赴いた」

「申し訳ありません」


 実家に戻ってくるように、何度か手紙を貰ったが、その度に忙しいと返信し、長年屋敷に戻ってなかったことを後悔する。

 入団してから最初の数年は戻るようにしていたが、その度に母上がやれ婚約だの、見合いだのと話を持ってくるため、戻るのが億劫になっていた。

 

「ジュネ。重要な話があるのだ。ナイゼルの屋敷の滞在許可を貰っている。そこで話をしたい」

「ナイゼル……、カラン様?!」

「そうだ。先日は世話になったと言っていたぞ。だから、お礼とばかり屋敷への滞在を提案されてな。このラスタには知り合いもいないし、お前も城内の宿舎だ。その好意に甘えることにしたのだ」


 だから、馬車が止めてあったのか。

 少女趣味ではなかったが、御者の顔に見覚えがある気がしていた。


「長くなりそうな話ですか?」


 まあ、カラン様の屋敷に行くだけでも短い距離ではない。

 聞くことでもなかったが、とりあえず確認をする。


「……かもしれない」

「そうですか。それなら、城の者に伝えてきます。少しお待ちいただけますか?」

「ああ」


 父上は意味ありげな様子で、何の話かと気になる。

 だが、重要ということはここでは何も話せないだろう。

 

 私は頭を下げると、城に一旦戻った。


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