1-12 私は騎士だ。

 ――ジュネ・ネスマン様の団長解任の件について

 彼女はカサンドラ騎士団の団長でありながら、私情で役者の護衛を勤めている。これは団長職務の放棄ではないのか。彼女の団長職の解任を求める。


 強い口調で書かれた青色の投書を受け取ったのは、それから一週間後だった。

 あれから、アンが城に来る際は私が護衛についた。騎士を借り出すのは危険を伴う可能性もあったし、当番であれば警備に穴を開け、非番であれば休日を削ることになると考えたからだ。


「私情か……」


 私はその青い紙を机の上に置き、天井を仰ぐ。

 確かにアンを「友人」と心配している。だから、私情と言われればそうなのか。


 それから私は、アンが来る日は休みをとって、休日として彼の警護に当たることにした。

 アンを迎えるために劇団に足を運ぶと、必ずカラン様がいる。帰りもだ。これが三週間続いていて、さすがにおかしいとしか思えなかった。

 アン曰く、カラン様がアンの熱烈なファンとか。

 信じられない。

 三週間以上も王宮騎士団から休暇をもらっていることになるし、カラン様はどうみても演劇を楽しむようには見えなかったからだ。


「アン。くっつきすぎじゃないか?」

「そうですか?」


 アンは私に腕を絡ませ歩いている。

 同じ背丈で、触れ合う部分が温かい。気持ち悪くはないが、なんだが落ち着かなくした。

 その上、なにやら、周囲から黄色い声が聞こえてくる。


「ほら、いつ襲われるかわからないじゃないですか?だから」

「腕は組まなくてもいいだろう?」


 そう。

 女装したアンと騎士の私。腕を組むのはおかしい。一応私たちは男女だ。男女が腕を組むというのは、親子か兄弟もしくは恋人同士だろう。

 そう考えて、私は慌てて強引に彼の腕を振り解く。

 アンには一応告白されている。彼の態度も変わってきている。だから、腕を組むのはおかしい!

 しかし、すぐにアンが腕を絡ませてきて、私は再びその腕から逃れる。


「だめですよ。ちゃんと警備してもらわないと」

「腕を組むのは関係ないだろう?」


 だいたい、腕を組んでいたら守れないだろうに!

 だけど彼は譲らず、私たちはそのやり取りを繰り返しながら、帰路に着いた。


「お帰り」

 

 城からアンと共に、宿舎に戻ると今日もカラン様がいた。その隣にテランス殿がいて、驚く。


「どうしてあなたが?」


 アンは低く唸る様にテランス殿に噛み付く。


「アン。その言い方はないだろう」


 テランス殿も心配しているのだ。 

 私がそう言うと、アンは口を尖らす。


「僕の警護はジュネ様だけで十分です。お引取りいただけますか?」

「まあ。アン。そう怒らなくても。ユアンは報告に来たのだからね」


 カラン様がアンを宥めるようにそう言い、アンは子供みたいに顔を背ける。

 いや、その対応はどうなのか?

 まかり間違っても、カラン様は貴族。しかも王宮騎士団に所属している方だぞ。私も以前は噛み付きたい勢いだったが、彼の身分を知ってからはできるだけ、おとなしくするようにしている。


「アン」

「いいから。ネスマン殿。私は気にしていない」


 彼の態度を咎めようとした私をカラン様がすかさず止め、私は口を噤む。


 まあ、カラン様がかまわなければ。

 でもどうしたんだろう。

 アンはこんな無作法なやつではないのに。


「ネスマン殿。今日はありがとう。後は私達がアンを警護するから。君は帰っていいぞ」

「え?テランス殿から報告があるんですよね?」


 多分あの傭兵達のことだろうと私もその報告を聞きたかった。いや、聞く権利はあると思う。


「え、まあ」

 

 カラン様が口を濁し、アンに視線を向けた。


「ジュネ様も聞きたいの?」

「勿論。三週間も逃げている傭兵達だ。何か進展があったのか知りたい。それによっては今後の警備も変わるからな」


 四六時中の警備で警備兵団にかなり負担がかかっているはずだ。


「いいよ。だったら」


 アンはふわりと笑い、私の腕に彼の腕を絡めた。


「アン!」

「僕の部屋で話そう。玄関先ですむような話ではないですから」

「そうだね。ユアンもそれでいいだろう」


 カラン殿が苦笑し、隣の引きつった顔のテランス殿を肘で突付いていた。

 二人は本当に仲がいいんだな。


 でも微妙は表情なのはなぜだろう。


「さあ、ジュネ様。僕の部屋へ。初めてだね」


 報告を聞きたいし、事を荒げてもしょうがないので、私は腕を引かれるまま、彼の部屋に足を運んだ。


「さて、ジュネ様。ここね。カラン様とテランス様はそちらの椅子へ」


 彼の部屋は汚れていなかったが、簡素なものだった。テーブルとベッド、そして引き戸がある棚。

 それだけで、椅子も二つしかなかったので、私とアンがベッドに並んで座り、その向かいの椅子にカラン様とテランス殿が腰掛ける。

 季節は秋。涼しいはずなのに、窓も開いているのに、部屋が蒸し暑く感じるのはなぜだろう。

 嬉しそうなアン、苦笑したままのカラン様、そしてかなり不機嫌そうなテランス殿。居心地が悪すぎて、帰っていればよかったと後悔したほどだ。


「さて、ユアン。報告を聞かせてもらおう」

 

 重苦しい雰囲気、私がそう思っているだけかもしれないが……。

 それを打ち破って口を開いたのはカラン様だった。

 恨めしそうな視線を彼に向けた後、テランス殿は話し始めた。


「傭兵は隣国のイッサルの者たちだった。一人を捕まえたが、自害した。その服装と持ち物からイッサル出身と判断した。あと、傭兵には仲間が数人いるようだ。これは、アン……」


 そこで一旦テランス殿が話を止め、アンを見た。なぜか彼は首を振り、テランス殿は軽く頷く。


 なんだ?

 自分だけが除け者にされているようで気持ち悪い。

 しかし、そんな子供っぽいことを主張することもはばかられ、私は話の続きを待つ。


「傭兵の狙いはアンだ。しかも部隊で動いている。だから、継続して警護は続けるが、ネスマン殿」

「はい?」

「今度は、警備兵団とマンダイ騎士団がアンの警護に当たる。だから、あなたは通常業務にもどっていい」

「は?」


 なんだそれは。

 

「どうしてですか?アンは城に通ってもらってるし。別に私も休日を利用しているので、そんな」

「ジュネ様。僕、知ってるんです。僕の警護をしてることで内部で問題起きてますよね?僕のためにジュネ様が嫌な思いをされるのは避けたいのです」

「アン。それは違う」

「違わない。僕は、あなたの警護はいらない」

「アン!」


 はっきり彼に断られ、私は傷ついた。

 彼の気持ちはわかる。だが必要ないと言われて、いい気持ちはしない。


「コホン。アン、はあなたを心配しているんだ。俺も、あなたが今後も警備を続けることに反対する。危険だ」

「テランス殿!」


 それで、私はアンとテランス殿の本当の意図に気がついた。

 傭兵、しかも熟練の傭兵部隊が動いている。

 私の腕では守り切れないということか。

 ふん。そんな風に思われているなんて。


「失礼極まりないな。私が傭兵ごときに劣るとでも?私はあなたの警備兵団の団員と互角に戦える。マンダイの騎士団より劣ると思われているなんて、心外だ!」


 私は怒りのあまり、立ち上がり、テランス殿、そしてアンを睨み付ける。


「まあ、まあ。ネスマン殿。落ち着きなよ。別にユアンは君を侮っているわけではなくて、君の身をだな」

「それが侮りというものなんです。私は警備をやめませんから。また来週迎えにきます」

 

 怒りで頭の中が煮えたぎっているようだった。

 毎日訓練を欠かさずに、騎士として腕を磨いてきたつもりだった。

 しかし、こんな風に弱者扱いされるなんて。


 アン、テランス殿、カラン様に呼び止められたが、私は振り向くこともなく宿舎から出て行った。

 門番にいぶかしげに見られたが、そんなことはどうでもいい。

 帰りはむしゃくしゃしすぎて、そこら辺の男へ喧嘩を吹っかけたくなるくらいだった。


 翌日、カラン様に言われてか、ファリエス様がいらして、昨日と同じ事を言われた。だが私は断固として、警備役を降りることを拒否した。

 

 そうして、一週間がすぎ、アンを迎えるため劇団に向かった。カラン様がいつものようにいたが、何も言わず見送られた。

 しっかし、やはり府に落ちない。これで四週間目だ。彼は王宮騎士団をやめる気なのだろうか。


「ジュネ様。この間はごめんなさい。あなたの気持ちも考えずに」

「……心配してくれるのはうれしい。だけど、私だって騎士だ。それを忘れないでほしい」

「うん。わかってる。でもごめんね」


 なぜか謝られ、わからなかったが、私はアンと共に街を歩く。


「城に行くことも、来月も続けるから。僕を待っている人もいるしね。簡単にやめるのは彼女たちに失礼だと気がついた」

「ありがとう。あの、お前の告白についてだけど」

「返事はまだいらない。欲しくない。ジュネ様」


 そう返され、私は黙るしかなかった。

 告白のことは、はっきり言って受け入れられなかった。

 恋なんて、私には必要ないからだ。

 だから断ろうと思ったのに。


「ジュネ様」


 悩んでいる私に彼が腕を絡ませてくる。


「アン!」


 だからやめろっていってるのに。


「腕を組むだけですよ。それも駄目なの?」


 そう言って微笑まれ、私は足を止めてしまった。くらくらしそうなくらいの色気で、眩暈がする。


「ジュネ様。行きますよ」


 呆然とする私の腕を引き、彼は再び歩き出した。


 街を抜け、城への道が続く。

 ここは人気が一気になくなる。そして、妙な雰囲気が漂う。空気が緊張していた。

 私は彼の腕から自分の腕を引き抜く。彼は抵抗することもなく素直に私の腕を放した。

 アンにも緊張感が伝わったのだろう。彼の表情は硬かった。

 人の影は見えないが、何か気配を感じる。部隊が動いていると言葉を思い出し、私は腰の剣にいつでも手を伸ばせるように警戒しながら、歩く。


「アン。君のことは絶対に守る」

「守る……か。なんだか、悲しいけどね」

「アン?」


 私の言葉に彼がそう答え、どうしてなのか問おうとしたが、時間がなかった。

 木の陰から傭兵が三人現れた。

 どれも、筋肉隆々な男どもだ。


「あったりだな」

「そうだな。上物だ。殺すだけじゃもったいない」

「黙れ。二人とも」


 男たちは口々にそう言い、剣を抜く。

 剣の形からイッサルの傭兵であることを確信する。


「アン。私の後ろに」

 

 アンは頷くが、視線は私の前方、男たちの後方を見ている。

 なんだ?

 しかし、私がそれを考える余裕がなかった。

 次々を繰り出される剣を捌き、奴らに攻撃を仕掛ける。

 悔しいが私の力は熟練の傭兵にはかなわない。しかし、それは腕力であって、技術はそれの上を行く。

 私は意を決すると仕掛けた。

 速さを生かし、奴らの動きを止めていく。足の腱を切り、顎に拳を叩きつけ、最後に後頭部を柄で殴る。

 命を奪うつもりはなく、戦闘不能にするのが目的だ。男たちは地面に臥し、腱を切った男は私を罵る。


「アン。そこで待ってろ」


 私はもしもの時を考えて用意していた縄で彼らを縛り、木に括り付ける。

 騒ぎを聞きつけてか、後方からテランス殿を初めとした警備兵団が走ってきていた。


「ジュネ様。怪我は、ない、ですよね?」

「ああ、心配ない。こいつらを警備兵団に預ければ何らかの情報が得られるだろう」


 私は傭兵達が自害しないように、口の中に布を詰めていく。


「さあ、行こうか」


 テランス殿が目前まで来ていたが、侮られたことの怒りはまだ消えていない。私はアンを促し、城への道を急いだ。

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