2-17 一年後
それから一年が経過した。
その間、ご丁寧に三日置きにアンから手紙が届けられ、王都の様子を教えてくれた。
なぜか、というか、おかしくはないが、父上とたまに会っているようだった。
まあ、父上のことや家族のことを教えてくれるので嬉しいことは嬉しいが。
それとは別に、彼は王都で広がる噂を書き連ねる。
まずカラン様の男色の噂、恋人はなんとユアンということで。彼の筆跡からその噂を楽しんでいるのが伝わってきた。
仕返しといっていたので、もしかしてこれか?などと勘ぐってしまった。
それともなく、ユアンに噂のことを聞くと、かなり落ち込んでしまい、申し訳ないことをした。
次の噂はカラン様の本当の相手がアンであるという噂だ。
意外に、アンは迷惑がっていない感じで、もしかしてこれも彼が仕掛けたのかと、また勘ぐってしまう。
気になって尋ねてみたら、次の返事は「どう思う?」と逆で質問で返された。この噂に関しては、こちらのラスタまで広がってきて、本までも出版され、城でも出回っていた。
ユアンは自分が対象から逃れたことで、面白がっていた。
そして最後の噂、これは結局噂ではなかった。
それを知ったのは、アンの手紙ではなく、ユアンからだ。
友人として彼とはたまに食事をしている。
距離をとってもらえるので、警戒することもなく食事を楽しめた。
また彼のほうが残念ながら、私より腕が立つので剣術を教えてもらったりもした。
「本当なのか?」
早い時間に黒豹亭に呼び出され、麦酒を飲みながら話を聞いているとユアンがとんでないことを言い出した。
噂としては知っていたが。
だが、これもカラン様への噂のひとつにしか過ぎないと思っていた。
「本当だ。しかも……王女様は身ごもられている」
「は?」
そんな方だったんだ。
カラン様が清廉潔白とかそういうイメージがまったくない。
だが、手が早いとは思わなかった。
手が早いっていうなら、このユアンのほうが早そうだ。
ふと一年前に口付けされたことを思い出し、嫌な気持ちになる。
「ジュネ?」
「最低だな。結婚前に、しかも王女様相手に!」
合意のはずだ。
そうじゃないと今頃カラン様は斬首されていてもおかしくない。
だが、なんだか怒りで胸がむかむかした。
「怒ってるのか?もしかしてジュネはナイゼルのことが好きなのか?」
「そんなわけないだろ。ただ結婚前にそういうのは許せない」
するとユアンが笑い出し、ますます苛立ちが募る。
「今日は帰る」
「ジュネ!」
ユアンが慌てて私の腕を掴み、ぴりっと痛みが走る。
こいつ、力はやっぱりある。
「離せ!」
友人になってから、アンと同様彼に遠慮することはなくなった。
だから乱暴な言い方になってしまうが、彼はそのほうが嬉しそうだった。
本当、わからない。
それは置いておいて、今は彼から逃げることが先だ。
「ジュネ。待ってくれ。実はこれには訳があって!王女様から仕掛けられたみたいなんだ」
「はああ??」
店内に響き渡るような大声を出してしまった。
が、開店前のため客はまだいなく、ユアンのお母様が驚いて厨房から姿を見せたくらいだ。
「な、なんでもないです」
「そうかい?」
恥ずかしい。
思わず大声を。
ユアンのお母様は首を捻りながらも、厨房へ戻っていった。
「どういう意味だ?」
私は彼から逃げることを諦めて、椅子に座りなおす。
「前から王女様は、ナイゼルのことが好きみたいだったんだ。それでアンライゼ殿下が機会を作ってあげて」
「は?き、機会?アンが?」
そこで、ユアンはしまっという顔をした。
「……ってことは、カラン様をはめったことか?」
「はめったって」
ユアンが呆気にとられた顔をしたので、私は口を押さえる。
言い過ぎた。
「まあ、ナイゼルも好意は持っていたんだ。なんせ、性格がファリエス様に似ていたから」
「ファリエス様?どういう意味だ?」
「もしかして知らなかったのか?」
ここでユアンがまた言い過ぎたという顔をしたので、知っていることを全部吐かせた。
カラン様はファリエス様のことがずっと前から好きだったらしい。それで独身を貫いていた。今回のことで、王女と事を起こして、結婚することにしたということだ。
「納得いかない。王女様はそれでいいのか?カラン様は本当に、王女様のことが好きなのか?」
「そこは安心してもいい。今は、ナイゼルも王女様のことを愛している」
今はって……。
というか、アン。
なんてことをしてるんだ。
もしカラン様が嫌々ながら結婚することしたら、王女様もカラン様も悲惨なことになっていたぞ。
まあ、王族は政略結婚が多いだろけど。
「ジュネ?納得してくれたか?」
「納得はしていないが。状況は理解した。アンに一言文句言ってやりたいが」
「アンライゼ殿下に俺から真相を聞いたということは手紙に書かないでくれ。ばれた時の報復が恐ろしい」
ユアンは青い顔をしていた。
いつの間にか、なんか、アンと仲良くなっているのか?
そういえば協定を結んだとか言っていたな。一年前。
ついでに聞いてしまおう。
「ユアン。アンが言っていたんだが、協定ってなんだ。一年前に、結んだんだろう?」
「きょ、協定。知らないな。俺は」
ユアンはどう見ても嘘だとばれる顔をしていた。
友人になってから、彼はますます黒豹ではなく、子犬のようになっていた。
☆
「まさかジュネが参加するとは思わなかったわよ」
私はファリエス様とエリーと一緒の馬車に揺られていた。
行き先は王都だ。
あれから、一ヵ月後。
王女様の結婚式が開かれることになった。
私には招待状は届いていなかったが、エリーに頼み招待してもらった。ファリエス様はそれを知って、少し不満そうだったが、事情を知ってしまったため、彼女には頼みづらかった。
大体、カラン様もファリエス様に招待状を出すとか、どうかしている。いや、トマス・エッセ様経由で、招待状が届けられる可能性があったから、どっちも一緒か。
私は恋愛には疎い。
興味ない。
だが、好きだった女性を結婚式に呼ぶとか、私が妻であれば嫌だな。
アンも知っているのに!
ああ、むかついてきたぞ。
絶対に、がつんとアンに文句言ってやる。
ユアンからすべてを聞き出し、私は怒りで眩暈がしたくらいだった。
カラン様の結婚事情もさながら、協定のことだ。
協定とは、四年間、私に「手を出さない」というもので、もし破った場合は、アンが王族の力を行使して私との婚姻を無理やり進めるという、とんでもない内容だった。
何が協定だ。
というか、四年後はその協定が終わり、私に手を出させるつもりだったのか?大体、あと四年、いや三年も。
ユアンが私を好きなわけがない。
今でももう「好き」は友人としてのものに変っているはずだ。
ああ、だめだ。
「ジュネ。どうしたの?何かものすごく機嫌悪そうだけど」
「団長。どうかされましたか?馬車を一旦止めますか?」
「大丈夫です。大丈夫だ」
心配する二人に手を振り、私は窓の外を眺める。
王都には馬車で一日半かかる。
夜は旅人の街にもなっているスラナで一晩泊まる。前方にはエッセ様とユアン、後方にはカラン様とエリーのご両親が乗られている馬車が走っている。
久々の王都への帰途、家族への再会を考え、気を紛らわそうする。
しかし、怒りはなかなかおさまらない。
アンは弟のような存在で、今まで甘く接しすぎたかもしれない。少し強く言わなければ。
私はそう心に決め、落ち着こうと、ファリエス様とエリーの会話に加わった。
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