1-4 待ち合わせにきた人は?

 私は朝食を取ると部屋に戻り、着替える。

 ふと壁に目を向けると、ファリエス様がくださった鏡に自分の姿が映った。

 父上譲りの白銀の髪に、母上譲りの緑色の瞳。

 ほっそりとした顔立ちは女性的で、あまり好きじゃない。「息子」として恥ずかしくないようにとその分体を鍛えた。それでも、王宮騎士団の三番隊長を務める父上のようにがっちりした体格にはほぼ遠い。

 団員の中では女性でも、たくましい肉体を持っているものを多くて、いつもうらやましくて堪らない。

 どうして私は、鍛えても鍛えても、筋肉がつかないんだろう。

 おかげで巷では、「麗しの白銀の君」などなよなよしたあだ名がつけられているようだ。なんてことだ。

 断固抗議したいところだが、なんでも私の「麗しの白銀の君」として商品価値が城の運営資金の手助けをしているようで、私はぐっとこらえている。

 カサンドラの城主は、カサンドラ王妃の母方の実家、マンダイ家の女性が代々後を継いでいる。ちなみにマンダイ家はラスタを治めている市長だ。市長は男性であることが多く、カサンドラの城主はその娘がなることが通常だ。

 だが、現在市長には娘がいないため、従姉妹のシラベル様が城主を務めてらっしゃる。けれども、この城は男子禁制。だから、結婚されているシラベル様が城に住むことはなく、城近くの屋敷からこの城に通っているのが現状だ。 

 そうそう話はそれたが、城の資金は、国から補助が出ている。国中の不遇な目にあった女性のための城なのだから、当然といえば当然。しかし、年々予算が減らされていため、城自体で運営資金を少しでも賄うようにしている。もちろん、得た資金についての帳簿はマンダイ家を通して王に提出されている。

 そう、運営にはお金がかかる。城内以外でも、何らかの理由で夫を失ってしまった女性や、その子どもたちへの補助金など、必要な資金はまだまだ足りない。

 世の中には困っている女性が多い。

 そうだから、私は体を張って、お金を稼いでいる。

 そう、我慢だ。我慢。

 街で、自らの肖像画を見ても、なよなよしたあだ名で呼ばれそうとも、私は羞恥心を押し殺し、笑顔を維持する。これも、城の運営、困っている女性のためなのだ。


「団長。また髪を切りました?」


 部屋を出るとカリナが待ち受けていて、開口一番でそう聞いてきた。

 前髪が少し伸びていて、はさみでいつものように適当に切った。髪が少しでも長くなると、うっとうしくなってきってしまうからだ。


「変か?」


 勢いで切ったからおかしいかもしれないな。


「いえ。今日も一段と凛々しいです」

「そうか。それならいい」


 髪に手をやっていたら、カリナが頬を赤らめて微笑んだ。

 微妙な反応だが、まあいい。おかしくなければいいんだろう。

 そうして、私たちは街に出かけた。



 梟の店に客は少なかった。

 店をちょうど開けたころに入ったのが、よかったようだ。

 誰にも邪魔をされずにカリナは銀細工に見入る。何もすることがない私は、店をぐるりと回った後、狐亭が見える窓に張り付いた。

 返事をしていないのだから、来ているわけがない。


 そう思っているのに、私は梟の店の窓から、ちらちらと狐亭の様子を伺っていた。


 狐亭は庶民的ではない。少し値段がはり、平民でもお金のある者か、貴族の者が出入りする店だ。

 おかげで店内はいつも静かなので、休みの日には利用させてもらっていた。


 誰もいなかった窓際に男が座った。

 背が高い。がっちりした男だ。褐色の肌に髪は黒色……で、顔は……。


「テランス殿?」


 店の雰囲気に似合わない彼は、ぎこちなく周りを店内に目を向けていた。

 ユアン・テランス殿は、このマンダイの街を守る警備団の副団長だ。

 我らカサンドラ城のみ守る騎士団と違って、彼らは街全体を守っている。マンダイの屋敷を守る騎士団もいるが、あんな使えないやつらとは違って、街民にも頼られている立派な兵士たちだ。


 テランス殿は店内を一通り見回した後、店員を呼ぶ。それから、それから窓の外に視線を向けた。


 まずい!

 私は慌てて、窓から離れた。


 いや、まずくはない。

 なんで。逃げた?

 自分自身の行動も不可思議だったが、とりあえず、また窓に戻るのもなんなので、銀細工の首飾りに夢中のカリナの傍についた。

 いつの間にか数人の客で溢れ返っていた。

 店いっぱいに置かれている宝石のついた細工品や、銀だけで作られた精巧な装飾品を手にとって見ている。

 来ている客は皆女性。当然だが皆私よりかなり小さい。

 人形のように愛らしく、可愛らしいドレスを身に纏っていた。


 ちらり、ちらりと視線を向けられ、居心地が悪いがカリナのためだと、とりあえず笑顔を返す。すると、さっと顔を背けられた。

 笑顔はよくなかったか?

 団員たちに、見られたら笑顔を返すのがいいと教えられ、それを実行しているのだが、今だに顔を背けれたり、急に倒れられたりして、笑顔を返すことがいいのか、悪いのか、私は戸惑っている。


 そんな中、一人の女性が近づいてきた。

 カリナと同じくらいの背丈の金色の髪が眩しい美しい女性だ。


「麗しの白銀の君でいらっしゃいますか?」

「えっと、いや」

 

 私は、「麗しの白銀の君」と呼ばれている。そんなことは知っている。だが、肯定するのはすごく恥ずかしく、まごまごしているとカリナに肘でつかれた。

 城の運営のためだ。


「ああ。そうだが」


 恥ずかしくてたまらない。

 答えながらも、赤面しないように必死に耐える。


「まあ、嬉しい。こちらにサインをいただけますか?」

「さ、サイン?」

「ええ」


 女性は端にレースがついたハンカチを取り出し私に差し出す。

 ぎこちなく固まっている私の横で、カリナは風のようにすばやく動き、店主かインクと羽ペンを借りてくると私に渡した。


「私、マリアと申します」

「はあ。マリア嬢ね」

「団長。マリア嬢宛と書くのを忘れてますよ」


 あ、そうか。

 そういう意味か。

 なんで名乗るかわからず、そのまま自分の名前だけ書くところだった。


 私は「親愛なるマリア嬢へ、ジュネ・ネスマン」書き、彼女にハンカチを返した。

 

「ありがとうございます」


 優雅に礼をして、マリア嬢は軽やかに友達の元へ戻る。女性特有の甲高い声が店内に響くが、色とりどりのドレスを身に着けた彼女たちは小鳥のように可愛い。

 動くたびに揺れるドレスは羽のようだった。


「団長。どれが可愛いですか?」


 そんな彼女たちをまぶしく思っているとカリナが二つの首飾りを持って、私の傍に立っていた。

 一つは赤い宝石が真ん中についているもので、もう一つは小さな青い宝石が数個着けられているものだ。

 私には価値などわからなかったが、カリナには赤いものより、青いものが似合いそうだったので、そちらを選んだ。


「自分で買うのか?」

「はい」

 

 こういうのは男が贈るものだと思っていたが、自分で買う女性もいるのだな。

 勉強になった。

 いや、勉強してもしょうがないのだが。


「団長は何か買わないのですか?」

「いや」

 

 首を横に振ったのだが、目に付いたものがあった。

 小さな耳飾りで、鈴蘭の花を形どっていた。


 可愛らしすぎる。

 自分とは正反対だ。


「団長?」

「なんでもない。買い物は終わりか?他にはないのか?」

「ここでは。次が……」


 ちらりと店員に目を配りながら、カリナは小さい声で囁く。


 どうやら別の店で恋人に何かを買いたいらしい。

 本当の目的はそちらで、背格好が似ている私に試着してほしいということだった。

 

 最初から言えばいいのに。

 カリナはこういうところがまた可愛らしいのだなと思う。


 店員に商品を包んでもらっている間に、私の視線は自然と窓に向けられる。

 窓際にいたはずのテランス殿はもういなかった。

 帰ったか?


「団長?」

「ああ、すまん」


 気にしてもしょうがない。

 なんで気にしてるんだ。私は。

 私は首を左右に振ると、カリナに続き、店を出た。


「ちょっと!」


 カリナの声が聞こえ、それから誰かが彼女を押しのけ、前に立った。

 それは、私よりも背が高い、テランス殿だった。


「ジュネ・ネスマン団長。約束をたがえるとは、騎士らしくないな」

「は?」


 どういう意味だ?

 約束?テランス殿と?


「団長、どういう意味なんですか?え?約束してたんですか?」

「違う。違うぞ。なにかの勘違いだ」

「勘違いとは、どういう意味だ?すまんな。ちょっと団長を借りるぞ」

「え?」

「は?」


 動揺している私の手を掴み、テランス殿は歩き出してしまった。

 カリナはすれ違い様に意味深な笑みを浮かべている。

 何を考えてる?


「いや、ちょっと待て!」


 ここでカリナを返してしまうと飛んでもないことになると声を上げたのだが、カリナは手を振ると街中に駆け出してしまった。

 まずいことになりそうだ。

 あの意味深な笑み。嫌な予感がする。


「テランス殿。どういうことですか?これは」


 私は手を振り解き、カリナの後を追おうとした。

 しかし、テランス殿の力は私を上回っていた。

 くそっつ。


「ちょっと話がある。付き合ってくれ」


 力及ばす悔しげに顔を見上げる、テランス殿と視線が重なる。

 彼の瞳は少し釣り目気味だ。その瞳は赤色?いや、オレンジ色だ。微妙な色合いだった。

 そういえば、黄昏の黒豹と呼ばれていたな。そうか、黄昏、目の色からきているのか。

 彼の不思議な瞳の色に囚われ、私はぼんやりと彼の目に魅入っていた。


「人気のないところがいいな」


 ぼそっと彼がそうつぶやき、私は自分の置かれた状況に気がつく。

 周りを見渡すといつの間にか、人が集まってきていた。


「そう、それがいい」


 何か小さい声でいろいろ言われている。

 それは、とてつもなく恥ずかしかった。


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