1-19 イッサルの傭兵部隊
日曜日。
私は約束どおり、アンに会うため城を出た。
本日の当番のカリナに意味深な笑みを浮かべられたが、私はどういう表情つくっていいかわからず、ただ彼女の肩を叩くと出かけた。
アンの傍にはカラン様がいる。
だから本当に彼に会いに行く必要はない。
やはり来週から断るほうが無難だな。
私はそう決めると足を速める。
城から離れ、一本道に入ったところで、私は嫌な影を認めた。
「よお。ジュネ」
影はバナードで、歪んだ笑みを浮かべ、髪の毛を弄んでいた。相変わらず気持ち悪いという印象しかない。
「何か用か?」
私もそうだが、彼も制服を着ていない。
だから、殴ることも可能と判断して、私はすぐに動けるように膝を落とし、彼を睨む。
「怖いなあ。まあ、直接遣り合ったら勝てないことは知ってる。ジュネ。エリー・カランって知ってるか?」
彼はふいに上品な布を取り出す。色は薄い青色。破り取ったかのように布の端が傷ついていた。
「あのお嬢さん。思ったより抵抗したんだよな。まあ、所詮ただの女だったけどな」
「どういう意味だ?!」
「知りたいか?なら俺について来い」
布はエリー嬢のドレスの切れ端か?はったりかもしれない。だが本当だったら?
「わかった」
私は無抵抗なことを表すため、戦闘態勢から直立に姿勢を正すと両手を上げる。
「それでいい」
バナードのにやけた笑いはおぞましいほどだったが、私は彼に黙ってついていった。
連れて行かれたところは、川沿いの寂れた小屋で、船頭風の男が小屋の前で酒を食らっていた。一見普通の船頭に見えるだが、その上背と目つきから戦いを生業としているのがわかる。男は顔を上げ、バナードと私を仰ぐと顎をしゃくる。
バナードは何も言わず扉を開け、私は黙ってその後に続いた。
「大成功だね。見事に釣ってきた」
部屋に足を踏みいれると、すぐに女性の声がした。
栗毛で小柄な女性が、壁によりかかり皮の鎧を身につけ私を凝視していた。
「残っているのはお前だけか?」
「まあね。警備兵団と王宮騎士のところに送り出したからね。さあて、何人生き残っていることやら」
警備兵団と王宮騎士?
テランス殿とカラン様のところか?
私は状況をつかもうと黙って、二人のやり取りに耳を澄ませる。
部屋の中にエリー嬢の姿はない。捕まっていないかもしれない。でも奥に扉がある。捕まっていたとしたら、あの部屋か。何もわからない今、下手に動かないほうがいい。
「ふん。随分おとなしいね。団長様は」
私が黙っているのが気に食わないのか、女性は壁から体を起こし私に近づいてきた。
そしていきなり手を振り上げた。
反射的に掴むと、女性は憎しみが篭った目で私を睨み、手を引き抜く。
「つまんないわ。その綺麗な顔に傷をつけたかったのに」
「おいおい。約束が違うだろ!」
「そうね。顔には傷をつけないわ」
約束か。
バナードとこの女性は何か取引をした。二人の会話から、私の身柄をバナードに渡すということか。
おぞましいことだが。
だが、この女性は誰だ?随分私に恨みがあるようだが……。
身長は私よりも頭一個半分、低い。しかし体つきは見事なものだ。女性的だが、引き締まっている。髪色は栗色……。
――穀物屋のヴィニア。栗毛で小柄。
不意に脳裏にメリアンヌのメモが浮かぶ。
そうか!
こいつがヴィニアか!
「あれ?団長様。凄みをきかせてるけど。何かわかった?」
馬鹿にしたようにヴィニアが微笑み、一気に頭に血が上る。
「おっとジュネ!俺の雇い主に手を出さないでくれよ。まだ半額もらってないんだから」
「離せ!」
動こうとした瞬間、後ろから羽交い絞めにされていた。私は空いている足で彼の急所を蹴り上げようとしたが、彼は避け、拘束する手に力を込める。
「本当。あぶっないな。これから楽しもうとしているのにつぶされたら適わない」
「ふざけんな!」
「ははは。やりたいなら、私の前でね。屈辱にまみれる団長様の顔を見たいわ。そういえばミラナは元気?随分、ハリアリ草を気に入ったみたいだったけど」
「この!」
殴り倒したい!
しかし、私はバナードの腕から逃げることができず、一歩も動けなかった。
「離せ!」
「だめだな。そうか。ハリアリ草か。その手もあったな」
「使いたい?思い通りになるからね。奥の部屋にあるから使ったら。無料(ただ)であげるわ。たっぷり嗅がせて、あんたの玩具にすればいいさ」
「まだ早いな。一度は無理やり犯したい」
「ふざけんな!」
吐き気がする会話が交わされ、私は拘束から逃れようともがく。しかし、バナードの力は強く、逃げられなかった。
くそっつ。
これが私の限界か。油断した!
油断しなければ、こいつに捕まることはなかったのに!
「第一の目的は達したわね。あの子をどうしようかしら?売り飛ばす?」
ヴィニアは奥の扉に視線を投げて、唇の端を少し上げる。
「あの子!エリー嬢のことか?!私を捕まえるために、エリー嬢を拉致したのか?」
「そうよ。面倒だったけどね。おかげで部隊総動員さ。エリー・カランとあんたを守る兵の目もあるから、気を引くのが大変だったわ」
「守る?兵士」
どういう意味だ?エリーにはわかるが。私にも兵がついていた?どういうことだ?
「ふん。おめでたいことよね。知らなかったの?どうせ一人でアンライゼを守っているつもりだったんだろうね。本当、あんたの甘さには反吐がでる!」
ヴィニアは叫び、私の顎を力強く掴んで上を向かせる。
アンライゼ。アンのことか。
本名はそういうのだな。
だが、聞いたことがある名だな。
誰の……。
急に痛みが走り考えを中断させられる。
「ヴィニア!何やってるんだ!」
頭上でバナードが叫ぶ。
うるさい。
腹を蹴りやがった。
このヴィニアは随分私に恨みがあるみたいだな。アンというより、私のせいで、ミラナが巻き込まれたか……。そして今度はエリー嬢っ!
「考えが変わったわ。ちょっと私に遊ばせてよ。顔以外ならどこでもいいんでしょ?」
「おいおい!殺すつもりかよ!それはだめだ!」
「馬鹿ねぇ。殺すわけないじゃない。本当の目的のためには、生きている団長様が必要なんだから。まあ、生きていればいいってことだけど」
「お前!」
どうやら二人にはそれぞれの考えがあるらしい。
どちらも受け入れがたいことだが。
ヴァニアに深い憎悪を向けられ、私は頭を冷やすことができた。冷静に、状況を見つめる。
バナードの奴は言い合いながらも、私の腕を離そうとしない。
だったら、油断させればいいのか?
どうやって?
「バナード。腕が痛い。離してくれないか?殴られた腹も痛むし」
効くかわからない。
こんな手は使いたくない。
だが、選択肢がなく、できるだけ弱った振りをして、バナードに請う。
「ジュ、ジュネ……?」
すると力が一気に緩む!
「馬鹿!バナード!」
「くそっつ!」
機会を逃すことなく、私は彼から離れる。その間に彼の脇から剣を奪うことを忘れていない。
武器を持てば、奴になんか負けない。
ヴィニアにも絶対に!
私はバナードに向かって飛び、その両太ももを傷つける。
「くうっ!」
バナードは床に倒れ、切られた部分から流れ出る血を止めようとしていた。
「さすが団長様。お見事だわ。でもね!」
ヴィニアは身を翻し、奥の扉へ駆け出す。
「逃げすか!」
エリー嬢を盾に取られたら、また一緒だ!
私は必死に彼女を追いかけ、その背後を切りつける。
「くそおお!ジュネぇえ!」
獣のような叫び声を上げ、彼女はうずくまる。背中から血が溢れ出し、彼女は痛みと喪失感で動けないようだった。
だが、目だけは私を睨みつけたままだ。
「ヴィニア……」
なぜそんなに恨まれているのか、理由がわからない。
戦闘不能な彼女に対して私は油断していた。
「ざまあねぇあな」
突然背中に痛みが走る。
後ろから誰かに切りつけられていた。
「ヴィニア。こいつは人質じゃなかったのかよ」
振り向くとそこにいたのは、イッサルの剣を持った傭兵だった。
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