2-10 半年振りの再会
翌日、緊急に休みをとった。
最近こんなことが多い気がして、嫌になる。
この件が片付いたら精進しようと心に決める。
非公式の面談になるが、私は式典用の制服を身に着けた。ユアンとは打ち合わせもかねて、彼の家で待ち合わせをした。
彼のお母様にもすでに事情を話しており、最初のころと異なりじっくり見られることはなくなった。けれども少しよそよそしいのが寂しい。
閉店の札がかかっている扉を開けて、店内に入る。薄暗い空間に、ユアンがいた。こちらも式典用の制服で、服装に関して打ち合わせをしていないのに、おかしくなった。
「……あらら、これじゃあ。なんだか式典に行くみたいね」
私をまぶしそうに見上げ、お母様がそう言う。
確かにそうだ。
とても恋人同士には見えない。
まあ、私は絶対にドレスなど着るつもりはないので、式典用の制服を着ていなくても同じようなものだろう。
「ジュネ。できるだけ親しげに見せるのが大事なんだ。わかってるな」
「ええ」
手を差し出され、私は戸惑いながらもその手を握り返した。
「違う、違う。握手ではなくて、こう」
思わずいつもの癖で握り返してしまったが、ユアンは苦笑しながら、私の指をとり、彼の手の平の上に置く。
「さあ、行こうか。ジュネ」
甘いとしか表現しようがない微笑を浮かべられ、私はそのままの姿勢で固まってしまう。
「ジュネ?」
「ああ、すまない。行きましょうか」
なんで、
自分が動けなかった理由はわからないが、とりあえず時間に遅れるとまずい。
彼が私の指を握り締めたままで、それもかなり恥ずかしい。
だが、恋人のふりなのだ。
と言い聞かせ、彼と共に店を出た。
ファリエス様のお屋敷に到着すると、張り詰めた雰囲気を感じた。
表だって騎士が配置されているわけではなかった。しかし、昨日までの雰囲気とはまったく異なっていた。
「ようこそ」
「トマス・エッセ様。お久しぶりです」
「お久しぶり。ファリエスが迷惑をかけてるみたいで、ごめんね」
「トマス。迷惑なんてかけてないわよ。それどころか感謝してもらってるくらいよ」
「ええ。その通りです。色々ありがとうございました」
「ジュネは、本当……。まあ、そう言ってくれるなら有難いけど。さて、君がユアン・テランス殿だね」
「はい。初めまして。ラスタ警備兵団副団長のユアン・テランスです」
「ははは。挨拶しっかりしてるね。えっと、私は単なる文官のトマス・エッセだよ」
単なる文官。
なんて適当な自己紹介を。
確かに実際に彼が何をやっているか知らない。王都から派遣された文官だけとしか。王直属なので、かなり秘密を抱えているんだろうな。
「こほん」
和やかに挨拶を交わしていると、咳払いが聞こえ、カラン様が姿を見せた。
「殿下を早く休ませてあげたいんだ。早く二人とも部屋に入って」
そういえば、今日到着だった。
っていうか、無理に今日会わなくてもよかったのに。
そう思ったが、口にできるわけもなく、私とユアンはアンが待つ部屋に急いだ。
「ジュネ。準備はいいか?」
扉の前で耳元でそう囁かれる。
ユアン!
予想もしてなかったことで、私の頬が完全に赤く染まっていた。
うわ。どうするんだよ。アンに、殿下に会わないといけないのに。
「……おやおや。二人とも。かなり仲良くなってるね」
しかし後ろを歩いていたカラン様は、動揺している私に構うことなく、前に出ると容赦なく扉を叩いた。
「入れ」
扉越しに聞こえる声はアンのもの。しかし、声質が重くなっている気がした。
「どうぞ」
カラン様が扉を開け、奥の椅子に腰掛けていたアンが立ち上がるのが見えた。
「入ろう」
半年振りのアンは、記憶のアンとは違い身長も少し伸びていた。髪もばっさりと切られ、体つきもたくましい。
ユアンに促され、私は部屋に足を踏み入れる。
「ジュネ!会いたかった!」
彼の動きは早かった。一瞬で視界が塞がる。
「ア、殿下!」
咄嗟に扉を閉めたのは、カラン様だ。私は、ユアンに腕を引かれたこともあったが、自力でアンから離れる。
「冷たいなあ。ジュネ。半年振りの再会なのに」
髪を掻き揚げ、色っぽい表情で見つめられる。
いやいや。
確かに半年前だが、これはない。
しかも、彼には私とユアンが付き合っているという話がいっているはずなのに。
「何?僕があんな話を信じてるとでも思っていたの?僕はあなたの二年を知っている。だから、ユアン・テランスと付き合うなど到底考えられない」
宣言といっても過言ではないくらい、きっぱりと言われたが、負けるわけにはいかない。
このために、特訓を積んだのだ。
なぜか決闘をしている気分になって、私は勢いよくユアンの腕を掴む。
「残念だが、私はユアンと付き合っている。だから、アン。いえ、殿下。諦めてください」
アンは唇を噛み、その横ではカラン様がなぜか楽しそうに笑みをたたえていた。
緊張感を失いそうになったが、ここで負けてはだめだ。
「殿下。あなたはまだ十七歳です。これからもいくらでも恋をする時間と機会はあります。私はもう二十三歳です。年齢的にもあなたには相応しくない」
「ジュネ!そんな話聞きたくない。僕は君がいいんだ。ユアン・テランスと付き合っている? 嘘だ。僕は絶対に信じない」
「恐れ入りますが、信じるも信じないも自由です。しかし、私は実際にユアンと付き合っていますので」
こんなにすらすらと言葉が出てくるのに驚いた。
ユアンの顔は見ていないが、きっと彼も私の台詞に驚いているに違いない。
「だったら、証拠を見せて」
最初に見た彼の印象は完全に半年前のものに戻っていた。子どもっぽく彼はそういい募る。
証拠?
証拠とは?
「いいでしょう。見せてあげましょう」
ユアンが代わりに答え、肩を引き寄せられると唇を重ねてきた。ねじ込むような強引の口付けで抵抗しそうになるが、理性が働く。
押しのけるために彼の胸に置いた手で、彼の服を握り締め、時が過ぎるのを待つ。
「……もういい。わかった。退出しろ!」
唇が離れた。
「御意に」
ユアンは短く答えると、私の腕を引いて部屋を出て行く。
背中に焼けるほどのアンの視線を感じたが、私は振り向かなかった。
彼の叫びに近い声が耳に残る。
「早かったわね!」
廊下を足早に歩く私たちの前に、ファリエス様ご夫妻が現れる。
「ジュネ?どうかしたのか?顔が真っ青だけど!」
「なんでもありません」
「……俺が先走った。すまない」
詫びを入れられたが、私はなんと答えていいかわからなかった。
口付けはアンにとって決定的な証拠になったはずだ。
だから、間違いではない。
だけど、釈然としない想いが胸にある。
「でも俺は後悔していない」
ユアンの瞳は赤色が濃くでている。彼は私から目を離さず、静かにそう語った。
「……えっとどういうことかしら?」
「ファリエス。ここで聞いていいことではないよ。とりあえず、君たちは戻ったほうがいい。馬車は出すから」
エッセ様は廊下の奥、アンの部屋を気にしていた。
アンが……?
彼のことを思うと、退出を言い渡す声が再び耳によみがえってきて、私は反射的に耳を押さえた。
「ジュネ。私があなたを城まで送るわ。トマス。いいでしょ?」
「ああ。大丈夫だよ」
ファリエス様は私の肩を包むように掴む。
「……ジュネ」
微かにユアンが私の名を呼んだのがわかる。だが、今は彼の顔を見たくなかった。
私はファリエス様に肩を抱かれたまま、玄関に足を進めた。
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