1-14 アンの正体は?


「ミラナが、あの投書を書いていたんですね」


 カリナが寂しげな笑みを浮かべ、私は机に置かれた青い紙束を見つめる。ミラナに接触した人物を洗うため、彼女の部屋を捜索した。すると、青色の紙が大量に発見された。

 青色の紙。それは投書に使われた紙と一致している。


「ミラナは、団長のことが大好きだったからな」

「メリアンヌ!」


 カリナの制止にメリアンヌが口を押さえた。


「カリナ。私は気にしていない。元とは言えば、私のせいだしな」


 他意はなかった。だが、テランス殿やアンと思いのほか、近づきすぎたかもしれない。少し浮ついた気持ちがなかったともいい難い。

 恋なんて関係ないと思っていたが。


「団長?」

「なんだ?」


 気がつけばカリナが涙目で私を仰いでいた。


「何だ。何かあったのか?」

「いえ。何も。団長。思いつめないでください!団長は悪くありません。だって、団長だって、普通の女性だし。やっぱり恋とか必要だと思うんです」

「……それか。だから、その話はいい。今はミラナをそそのかした犯人のことだけを考えたい」


 そう。他の事は考えたくない。

 今はただ、あんな風に病的になってしまったミラナ。そう仕向けた犯人が憎くてたまらなかった。普通であれば、ミラナは絶対に人を害そうなんて考えるわけがない。彼女が嫌いな「男」だったとしてもだ。


「……申し訳ありません」

「謝らなくいい。お前がわたしのことを心配しているのはわかってる。それよりメリアンヌ、ほかに収穫はあったか?」

「ミラナの部屋で乾燥したハリアリ草が見つかりました」

「そうか」


 やはりミラナはハリアリ草を使っていたか。


「他には?ハリアリ草は燃やしてその香りを吸う形でしょ?何か香炉みたいなのはなかったの?」

「なかった」


 カリナの問いにメリアンヌは短く答えた。


「香炉か。そういえば、必要だな。それか、煙草のように紙に包んで吸っていたか」


 ハリアリ草は乾燥させたものを燃やし、その香りを吸うことで効果が得られる。だから、香炉の中で燃やすか、煙草のように紙に包んで吸うか、どちらかの方法がとられるはずだった。


「香炉の可能性は低いでしょう。それであれば同室の者も気がついたはずだ」

「そうか、そうよね」


 そうなると煙草のように吸っていたわけか。 

 ミラナが煙草か。

 あり得ない。でもそれしかない。


「……団長。とりあえず、業者を当たってみましょうか。城には野菜やなんやら色々な業者が来ますが、皆顔見知りです。その中で、最近新しい者が出入りしていないか、確認します。門番の目をすり抜けたり、壁を越えて侵入などできるわけがない。多分、業者の中に不審者が紛れこんでいた、そう考えたほうがいいと思います」

「そうだな、メリアンヌ。カリナと協力して、業者の情報を集めてくれ。新しい顔ぶれを上げていき、その中でミラナと接触したものを見つけろ」

「はい」


 メリアンヌは返事をするとすぐに席を立つ。カリナが少し遅れて腰を上げ、そのあとを追う。


「メリアンヌ。カリナ。すまないな」

「すまないなんて。これは城の警備の問題です。団長が謝ってどうするんですか。仕事なんですから」

「そうです。仕事です。私たちが調べておきますから、団長はアンとミラナのことを見舞ってください。特に、ミラナのこと、お願いします。……私はミラナの気持ちがなんとなくわかるので」

「メリアンヌ!」

 

 カリナが肘で彼女をつつき、また口をふさぐ仕草をする。


「……ありがとう」


 メリアンヌも、男が好きでない。むしろ嫌っている印象だ。だから、私の行為は裏切りのように思えるかもしれない。

 裏切り、そんな事はないのだがな。

 私は本当に、そんな気持ちはないのだから。

 自分の中の訳のわからない感情を押し殺し、私も立ち上がる。扉を開くと、吹き抜けの廊下の外から、オレンジ色の光が差し込む。日は暮れかけ、夜になろうとしていた。

 


「どういうことか説明していただこう」

 

 狐亭で、私はカラン様と向き合っていた。

 アンが城で一晩過ごすことを手紙で、劇団に知らせた。するとカラン様が城にやってきたのだ。城はもちろん男子禁制。なので、近くの料理屋で話をすることになった。

 カラン様がここぞとばかり、王宮騎士団の権威を振りまき、狐亭を貸しきりにしてしまった。

 呆れてしまったが、彼は慣れているらしく、これで邪魔者はいないと紅茶を二人分頼んだ後、店主まで奥へ追いやってしまった。


「カサンドラ城に男が泊まるなんて、聞いたことがないからね。何があった?」

 

 単刀直入にカラン様は聞いてきた。

 おどけた様子だが、その瞳は真剣だ。

 おかしい。

 アンは彼にとって何なのだ?

 それほどアンに傾倒しているのか?

 それにしては、冷静だし。


 私が黙っていると、彼は大きく息を吐いた。


「言うなと言われているから、断言はしないけど。彼、アンはある貴族の子息なんだ。それで命も狙われている。私は、アンを守りたいんだ」


 貴族。

 家名が知りたいとも思ったが、アンが口止めしているあたり、教えてくれないだろう。

 カラン様にも随分な言い方から、かなり上の身分である可能性が高い。

 となると、アンは記憶が戻ったのか?

 そうでないと、口止めする理由にならない。

 なんで、黙っていた。

 しかもどうして家に戻らない?


「えっと。ネスマン殿?」


 疑問が疑問を呼び、頭を抱えているとカラン様が困ったような顔をしていた。


「えっと。アンには私が話したことは黙っていてくれ。ばれるときっと激怒するから。でも、今回は緊急事態だから、話すしかなかった。そうじゃないと君は説明する気にならないだろう?」


 ファリエス様よりも柔らかな言い方。しかし、目的を達するまでは引かない態度は一緒で、私は白旗をあげることにした。人払いはしているし、カラン様は王宮騎士だ。問題はない。しかも、テランス殿の友人だし。


「アンに毒が盛られました」

「何?」

「大丈夫です。命には別状はありません。念のために今夜一晩城で休ませることにしました」

「そうか」


 血相を変えたが、命に関わらないと知り、カラン様は目に見えて安堵された。


「それで、犯人は?」

「実行犯は城のものです。だけど、本当の犯人は外にいる」

「目星はついているのか?」

「いえ、まだ。今調査中です」

「調査か。城内は安全なのか?」

「はい。それは保障します。私の命にかけて」

「命をかけてか。それはまた困る台詞だ」


 カラン様が眉を下げ、顔をしかめる。


「君を信用している。が、毒を盛られたのは事実だ。明日の朝には迎えを寄越す。それまで、アンの安全は保障してもらう。そうじゃないと今すぐ、アンを連れ出してくれ」

「保証します。もう二度とアンを傷つけさせない。明日の朝、馬車を手配して劇団に送り届けます」

「いや、私が迎えに行こう。馬車も手配する」


 信用されていない。

 いや一晩預けるという行為から信用はされているということか。

 だが、完全ではない。

 悔しいが、一度失敗をしているので、強気に出られなかった。

 騎士団の余力は少ないし、今の段階でも無理をして警備につかせている。城は安全だ。だが……。

 苦渋の決断だが、私は彼の提案を受けることにした。


「かしこまりました。馬車の手配をよろしくお願いします」

「ああ」


 そうして、私は少しだけ負けた様な気がしながら、狐亭を後にした。


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