2-9 作戦会議


「団長、いってらっしゃい」


 翌日の夕方、悔しそうに顔をゆがめるメリアンヌに見送られ、私はエッセ家の屋敷に向かう。

 来週からアンが視察にくることで、城が混乱に陥ることはなかった。ただ、ミラナが直接お詫びをしたいと言っていて、これは人を介せないことなどで、アンに会った時に時間が取れないか聞こうと思っていた。

 そういえば、私たちカサンドラ騎士団は城の警備が主だからいいのだが、ユアンは忙しいのではないか。昨日の特訓でかなりいい線までいった気がしているので、彼の邪魔はしたくないな。

 用はアンの前で恋人同士ではないとバレなければいいだけの話だから。

 

 屋敷に到着すると、客間に通される。

 円卓に歪なクッキーが置かれていてお腹が痛くなった。

 すでにソファに腰を下ろしているユアンは蒼白な顔をしている。

 

 あのクッキーだな。


 しかし私の顔を見ると顔色が良くなった。

 微笑がとても甘くて、思わず顔を逸らしてしまう。


「ジュネ。今日は私も特訓に加わるから。出会いとか、告白とかそういう話のすり合わせも必要でしょ?」

 

 そうだった。

 聞かれて答えられないとまずい。

 さすが、ファリエス様はよく考えてらっしゃる。

 感心している私の前で、なぜかユアンが落ち込んでいた。


「さて。クッキーは別に恋人の手から食べたくてもいいからね。あとケーキも」

「え?」

「恋人の唇が汚れていても拭う必要はないし」

「え?」

 

 それって。

 私は昨日のユアンの言葉を思い出し、彼に視線を投げかける。

 ……逃げてる?

 私の視線から避けるようにあさっての方向をみており、私は急に恥ずかしくなった。

 あれは、全部嘘なんだ。

 馬鹿みたいに素直に信じて。

 恥ずかしすぎる!


「黒豹。ジュネに何か言うことあるわよね」

「……ジュネ。昨日はやりすぎた。すまなかった」


 思わず手があがりかけたが、どうにか抑えた。

 迷惑をかけているのはこっちだ。

 少しの間違いくらい許してやるべきだろう。少しばかりでないがな。


「それでは、名前を敬称なしで呼ぶというのも必要ないのですか?」

「それは必要だ」


 ユアンがはっきり答えたが、信用できず、ファリエス様に目を向けた。


「ええ。それは合ってるわ」


 ……名前はやっぱり呼び捨てか。

 もう呼ぶのは慣れてしまったが、呼ばれるほうはまだ少し照れくさかったりする。しかも耳元で囁かれると変な気持ちになるし。


「さあ、昨日のことはもういいわよね。さっそく、刷りあわせを始めるわよ」



 ☆


「……ファリエス様。これは」

「無理があると思うぞ」


 私たちが付き合ったきっかけと時期について、ファリエス様がご丁寧にも紙に書いてくださっていた。

 しかし内容は……どうなんだろうか。


 アンが王都に戻ってから半年後、本屋で偶然の再会を果たす私とユアン。そのときはただ挨拶を交わすだけだったが、次に会ったのは狐亭で、食事をともにすることになる。三度目は劇場で、話が合い、結局二人で観劇した。その夜、お酒を飲みながら意気投合。そして、付き合うことになった。

 

 微妙に事実が入ってますが……。

 というか偶然が多すぎ。三度も偶然に会うなんてありえないと思うんだが。

 最後はお酒を飲んで意気投合で、どうやったら付き合うことになるんだ?

 

「じゃあ、こっちは?」


 不服そうな私たちに、今度はファリエス様は別の紙を見せる。


 アンが王都に帰ってから半年……、ここは同じ設定だ。

 街で困っている女性を助けようとしたら偶然に再会。助けた女性に請われるまま食事に誘われ、三人で食事を楽しむ。

 それから数日後、今後は劇団付近で困っている女性を助けようとして再会。そしてお礼とまた食事に誘われる。

 それから二人は意識をするようになり、付き合うことになる。


「……同じじゃないですか?」

「ああ、出来事は少し違うが、同じ気がする」

「ああ、煩いわね。だったら自分たちで考えて!」


 ファリエス様は口を尖らし、紙を破いてしまう。

 ああ、怒らせてしまったぞ。


「ユアン。とりあえず、二番目の話で進めましょう。折角ファリエス様が考えてくださったんだし」

「そう?やっぱりジュネは話がわかるわねぇ。ちなみに女性たちの名前も考えてあるの。裏を取られると困るから、私の知り合いに頼むつもりよ」


 ファリエス様は機嫌を直してくださり、輝く笑顔を取り戻した。


 ……うん。これでいい。まあ、困った女性を助けるとか、私らしいから。嘘だとばれにくいかもしれない。


「ジュネが納得しているのであれば、俺もそれでいいが」

「じゃあ、時期とか、そういう細かい打ち合わせしましょう。二人ともしっかり覚えてね。これ紙とペン」


 ファリエス様は戸棚から紙と羽ペン、インクを取り出し、卓上に置く。

 そうして、私たちの打ち合わせは城の門限ぎりぎりまで続いた。


 

 ☆


「うん。まあ、これで大丈夫じゃないの」


 アンがラスタに到着する前夜、私とユアンはファリエス様の屋敷にいた。

 家主であるトマス・エッセ様は今日も不在で、この家に通って一週間になるが、まだ会った事はなかった。

 今度改めてお礼にきたほうがいいかもしれない。


 私とユアンは照れることもなく、ソファに横に並んで座っている。毎日のようにそうすると慣れるらしく、私は頬を赤らめることもなくなっていた。


「ジュネ」

 

 ただ、彼が耳元で囁くときだけ、心臓が跳ねて、頬を染める。


「私で遊ぶのはやめてください」


 ユアンは私が動揺するのが楽しいらしく、油断をしていると仕掛けてくる。何度もされているのに、こればかりは慣れなかった。


「黒豹。自重してちょうだいね。あくまでもふりなのよ」


 そんなユアンにファリエス様が小言を言ってくれた。

 自重、とかはわからないが、あくまでもふりなんだから、過度な接触は必要ないと思う。


「わかりました。ファリエス様」


 ユアンは不服そうに返事をして、少し離れてくれた。私はほっとしたが、彼は残念そうだ。

 そんなに私をからかうのは好きなのか?

 悪趣味だな。


「さあ。二人とも。本番の謁見は、明日の午後だから!」

「へ?明日?明日到着予定ですよね?」

「そう。どうしても早く会いたいらしいのよ。場所はここだから」

「え?」

「滞在先のマンダイの屋敷では嫌だとごねたらしくてね。ナイゼルの家よりも、トマスのほうが家柄は上だからね」

「まあ、慣れているほうがいいですけど」

「やっぱりそうよね。だから、私も少し手伝えそうなのよ」


 ファリエス様は、それは本当に嬉しそうに微笑み、私とユアンは嫌な予感しかしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る