1-7 お茶会への誘い


「団長!」


 それから何事もなく数日が過ぎ、城の者たちも噂を忘れつつある日の夕方。

 机の上の書類を片付けていると足音が聞こえてきた。

 荒々しく扉が叩かれ、私は臨戦態勢をとり、入室許可を与える。


「何事だ!」


 入ってきたのは一番隊長のメリアンヌ・ルー。彼女は肩で息をしながらも、扉を静かに閉め、敬礼する。


「団長。一大事です!黄昏の黒豹が門の外で待ってます!」

「はあ?!」


 何が一大事だ?

 黄昏の黒豹……テランス殿が待っているだけではないか。

 いや、待ってる? 

 私を?


「団長。あの、それでですね。大変言い辛いことなのですが、黄昏の黒豹の傍には可愛らしい女性がおります。それで」

「可愛らしい女性?それが何か?」


 メリアンヌは黒髪に黒い瞳の持ち主だ。背の高さは私と同じ。目は一重で、きりりとした印象だ。しかし、残念なことに、彼女に酒を飲ませると単なるスケベな親父になる。いや、普段からすこし変わっている趣向なのだが、酒を飲むとそれが一気に開放されて、大変なことになる。私も何度も絡まれ、最後には気絶させたこともあったな。

 いやそんなことはどうでもいい。

 メリアンヌは戸惑っている上、何かを口篭っていた。

 彼女らしくない。


「メリアンヌ。はっきり言え。何か問題か?」

「団長。団長には私を始め、団員がついております。もし、黒豹がなにかおかしなことをすれば、われら騎士団が一丸となって!」

「メリアンヌ?どうした目が据わっているぞ。何を言っているのだ?女性がいて何が問題だ?」

「いや、団長は、黒豹と付き合っているんですよね?あいつ、二股かけてやがったんだ!」

「は?冗談をいうな。そんなわけがないだろう。そうか、テランス殿は恋人と一緒なのだな」

「はい、おそらく」

「……」


 恋人連れで私に用事?

 いったいどんな用事なんだ?


 扉の近くでメリアンヌは直立しながらも、顔が強張っている。

 しかもなぜか心配げだ。


「メリアンヌ。何の用事がわからないが、会いにいく。お前は通常業務に戻れ。わかったな」

「はい!団長」


 痛々しそうに見られるのはとても不愉快な気持ちだ。

 なんで、そんな風に見られないといけないんだ。

 メリアンヌは敬礼をすると、部屋を出て行く。

 取り残された私は、壁に掛けてあるジャケットを羽織ると外門に向かった。


 本日の当番の一番隊の門番たちにもなぜか気遣われ、私は城壁の外に出た。すると、長身の男と小柄の女性の二人組が目に入る。


「ネスマン様」


 男――テランス殿は警備兵団の制服姿だった。私を見て、女性を伴ってやってくる。女性はかなり小さくて、メリアンヌ好みの可愛らしい顔をしていた。


「テランス殿。そして、こちらは、」

「ああ、エリー。俺の後ろに隠れてどうするんだ。お前が会いたいっていうか、連れてきたんだぞ」


 テランス殿がそういうと、彼の背中から女性がおずおずと前に出てきた。


「あの、私。エリー・カランと申します。この間は助けてくださってありがとうございます!それなのに、私ったら、いえ、私の兄がご迷惑をおかけいたしまして申し訳ありません!」


 金色の髪が派手に跳ねるほど、エリーは勢いよく頭を下げた。


「いや、あの。そんなに謝ることではないから」


 この子がエリー・カラン。そういえば、見覚えがある気がする。でもいつだったかは覚えていない。


「さあ、頭を上げて。気にしてないから」


 私は頭を上げようとしないエリーに近づき、反射的にその肩に手をやる。


「ジュ、ジュネ様!」

 

 すると、飛びのくように逃げてしまった。

 気持ち悪かったか?

 いや、なんか。自分の反射行動って怖いな。


「すまない。えっと、本当に気にしていないから。用事はそれだけかな?」


 城壁の傍まで逃げたエリーは、顔が真っ赤でかなり挙動不振だった。ちらりとテランス殿を見ると、彼は呆然としている。

 それはそうだ。私もよくわからない。


「いえ、それだけでないんですけど、あの、あの」


 城壁の近くで、彼女は両指を絡ませ、言葉を濁している。

 なんなのだろうか。


 私は助けを求めて、テランス殿を仰ぐ。


「えっと。エリーは、お詫びのお茶会にあなたを誘いたいんだ。ナイゼルが王都から来週戻ってくるから、その時直に詫びをいれたいと」

「いや、必要ないですから。全然」

「そ、そんなわけにはまいりません!」


 気がつくとエリーがすぐ傍まで来ていて、驚く。

 大きな瞳は茶色で、興奮ぎみの頬は少し赤らみ、唇はやや赤めの紅が塗られている。

 お人形さんみたいな彼女に思わず目を奪われ、見つめていると、「きゃっ!」といってまた城壁側まで逃げられた。


 なんだろう。いったい。


「まあ。お茶会くらい。いいだろう?俺も悪かったと思ってるし。手首はもう大丈夫なのか?」


 テランス殿はエリーに視線を向けた後、私に問いかけた。

 彼の瞳は本当に不思議な色で、今日はオレンジ色に見えた。


「ネスマン殿?」

「あ、いや」


 名を呼ばれて、私は彼の瞳に見とれていたことに気がつく。

 なんだか恥ずかしくて、咳払いをして、彼から視線を逸らした。


「やはりだめか?」


 再度問われ彼に視線を戻すと、その後ろで泣きそうな顔をしたエリーが視界にはいる。

 お茶会。長らくそんなものに参加したことないが。まあ、お茶と菓子を食べて話すだけだろう。問題ない。問題は。


「大丈夫だ。日時が決まったら教えてくれ」

「ありがとうございます!」

「よかったな。エリー」


 テランス殿はエリーを気遣うようにその肩に手をやっていた。

 それはかなり親しげに見えて、なぜか胸がざわつく。


 なんでだ?

 私は首を左右に振る。


「用事はそれだけかな?」

「ああ」

「はい」


 二人が呼吸を合わせるように返事をして、なんだかいやな気持ちになった。


「じゃあ。私は城に戻る。あなたがたは帰るのだろう?」

「はい。や、屋敷に戻ります」

「俺はエリーを送ったら勤務に戻る」

「そうか。気をつけて」


 私は二人に手を振り、そのまま背を向け、外門へ急ぐ。刺さるような視線を背中から感じたが、振り返ることなく、門に入った。

 門番たちは、何事もなかったような顔をしていたので、ほっとした。あの気遣うような視線は嫌でたまらない。

 

 それから、あの噂が完全に消え、私はほっとした。

 

 いつのも安穏な日々が続く。

 そう思っていたのだが、ファリエス様がやってきた。

  



「はあい!」


 本日のファリエス様はかなり機嫌がよさそうだった。

 なぜか、団員に大きな箱を持たせていた。団員はよたよたしながら箱を部屋まで運び入れると、敬礼して退出する。

 箱はかなり大きく、座っているファリエス様の腰あたりまで高さがあった。


 贈り物か?

 なんの?


「ファリエス様。本日もご機嫌麗しく。何の御用でしょうか?」

「あら。その言い方は何かしら?用がないと来ちゃいけないの?」


 ふと彼女の瞳が細められ、私は身震いを覚える。


「いえ、そんなことは。ファリエス様もお忙しいと思いますので」


 私は両手を振り、慌ててそう言った。


 ファリエス様が嫁いだ先は、王都から来ている文官のトマス・エッセ様だった。そろそろ王都に戻ると聞いており、その準備をしなければいけない頃だったはずだ。

 忙しいのではないだろうか?


「いやねぇ。ジュネ。あなたのために時間なんて、いくらでも作れるのよ?もう、王都なんて戻りたくないわ。あんな窮屈なところ。私だけでも残ろうかしら」

「ファ、ファリエス様?!」

「なに、その反応?いやなの?城にはいくつも部屋があるしね。マンダイ家に頼めば一室くらい借りられそうよねぇ」


 ファリエス様は長い指で解れた髪を弄ぶ。

 その仕草はなんだか女王様のようで、彼女こそがこのカサンドラの城主ではないかと錯覚しそうなくらいだった。


 ファリエス様の実家のリンダ家は王家とつながりが深く、現城主のシラベル様の実家、マンダイ家も無視できない家柄だ。だからこそ、ファリエス様が本気で城に住みたいと願えば、叶うかもしれない。

 いや、避けてほしいが。


「ジュネ?いやねぇ。本気にした。私がトマスと別れて暮らすわけがないじゃないの。冗談よ。冗談」


 にこりと微笑まれてそう言われるが、冗談にしてはきつすぎだ。

 そんな私の思いを知ってか知らないのか、彼女は軽快に手を叩き、私に向き合った。 


「さて、冗談はこの辺にしておくわね。本題に入らなきゃ。ジュネ。ナイゼルのお茶会に招待されてるんでしょ?私がドレスを貸してあげるわ」

「は?」


 ど、どれす? 

 っていうか、なんでファリエス様がご存知で?


「胸には詰め物をしたらいいわね。お尻にも必要ね。ああ、背の高さが問題だわ。やはり作ったほうがいいかもね。でもこれをどうにかすれば大丈夫かしら?」


 驚く私の前で、ファリエス様は箱を開き、中から次々と鮮やかなドレスを取り出す。

 いや、何の話だ?

 ドレス? 冗談じゃない!


「ファリエス様!私はドレスなど着るつもりはありません。正装が必要なら式典用の制服を着ますし。訪問用の服もありますので」

「制服?だめよ。だめ!」

「なぜですか?もしかしてカラン様から言われました?それなら、私は辞退いたします。そもそも私への詫びという名目と聞いておりますから。私は、ドレスは二度と着ないと十五のときに誓いました。一生騎士として生きていくつもりなので、必要もないでしょうし」


 ドレス?

 ふざけるな。

 私は王の目の前でも制服だったぞ。まあ。きちんとした式典用だけど。王の命令なら聞くしかないが、それ以外だったら断固拒否だ。

 ドレスなんてありえない。


「……頑固ねぇ。まったく」


 ファリエス様相手だが、応戦体制に入って構えていると、意外にも彼女はそう言うだけだった。


「まあ。予想はしてたけど。いいわ。忘れて。ジュネはジュネらしく。それが一番よね。まあ、それでだめなら。だめだわ。あなたの魅力がわからない男なんて、必要ないしね」

「ファリエス様?どういう意味で?だいたい。どうしてファリエス様がお茶会のことをご存知で?」

「え?私も参加するからよ。ナイゼルとも随分会ってないし。あいつ、私の結婚式にも顔を出さなかったのよ。本当、嫌な男よ。だから、私も絶対にあいつの結婚式に参加しないわ。直接嫌味でも言おうかと思ってね」

「そ、そうですか」


 なんか。ほんとによくわかんないなあ。

 ナイゼル・カラン様って人はいったいどんな人なんだろうか。あのテランス殿と友人であるから、悪い男ではないはずだ。まあ、ファリエス様を怒らせるくらいだから、ちょっと問題ありそうだけど。


 というか、お茶会行きたくなくなってきた。

 断ろうか。


「ジュネ。今断ろうとか思った?だめよ。だめ。せっかく設定したんだからね。黄昏の黒豹も来るらしいわ。トマスも来られたらよかったのに」


 テランス殿?

 なんで。ああ、そうか。エリー嬢が。

 ますます行く気がしない。

 いや、なんでだ?

 別に二人一緒であろうと構わないじゃないか。


「ジュネ?大丈夫?一人でなんかぶつぶつ言っているけど」

「いえ、何も、別に!」

 

 声が出てたか。

 恥ずかしい。

 気にするな。気にするな。

 断れない今、行くしかない。お茶と菓子を堪能して、適当に話をしたら帰る。それだけだ。


「じゃあ。用事はおしまいね。お茶会は非公式でゆったりしたものだから、制服だけは着てこないでよね。ナイゼルの奴だから、そういう知らせとかまったくしてなさそうだけど」


 結局、ファリエス様の用事は私にドレスをあてがおうというものだったらしい。何か、意味深なことを聞いたような気がしたが、気にしないほうがいいだろ。ところで、お茶会に誘われたが、日時を聞いてない。決まっているのだろうか。


 ファリエス様が帰られた後に、そのことに気づき、私は深く後悔した。

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