2-15 復讐


 やはり、このまま城には戻れない。

 何かしら手がかりくらいは掴みたい。


 私は先ほどの桟橋に戻ることにして、馬の手綱を握りなおした。


「やはり、無駄足か」


 傭兵が消えた場所に再度行き、馬から降りてぐるりと見渡す。

 馬の微かな鳴き声が聞こえ、空気が変ったのがわかった。耳を澄まし気配を探る。おかしいくらい静まり返っていて、私は腰の剣に手を伸ばした。


「そこか!」

「さすがだ!」


 攻撃は見切られており、剣が弾かれた。

 一人ではない。

 だが、大丈夫だ。

 私は自分を信じる。

 傭兵は後回しにして、他の者に向かって駆け出した。まさか自分たちが先に仕掛けられるとは思っていなかったのか、反応が遅い。

 全員で四人。

 捕まるわけにはいかない!

 それぞれ戦闘不能に追い込むために、剣を振るう。

 一人目は両腕を深く、

 二人目は両足の腱を、

 三人目は脇腹をえぐり、

 四人目は背中を切りつけた。


 血が飛び散り、服が赤く染まる。剣は血で濡れていた。思った以上の血の量で、私は動揺しそうな自分を叱咤した。


 まだ残っている。

 こいつはアンの行き先を知っている。

 だからこいつに聞けば。


「やるなあ。ヴィニアがあんなに執着したのもわかる気がする。ヴィニアよりよっぽど強いな。だが好みじゃない」


 傭兵はまるで見世物を観賞した後のように、拍手をした。

 気味が悪い。

 先ほどはヴィニアの仇だと憎しみが篭った目で私を見ていたのに。

 

「殺したいが、まだだ。俺の雇い主がアンライゼの苦しむ姿を見たいって言っていてな。俺についてきな」

 

 彼は腰から手を下ろし、無防備な姿をさらす。


「ここでやるか?俺は口は絶対に割らない。だが、あんたも俺には勝てない。ここで死ぬか?」


 頭にくる男だ。

 しかし、必死に怒りをなだめた。

 男の力量は悔しいが私より上か、同等。ここで遣り合っても疲れている私に勝ち目はない。それなら、彼についていったほうがいい。武器はまだ私の手にある。


「背後からやるのは簡便な。手加減できず、あんたを殺してしまうかもしれないからな」


 傭兵の言葉は真実だ。そう思わせるくらい、彼の背中には殺気がみなぎっていた。血を拭った剣を鞘に戻し、彼を追う。腰に手を当て、何があっても対処できるように注意を凝らす。

 かなり歩くのかと思いきや、彼らの隠れ家はすぐ傍だった。

 扉を叩くと、中から開く。私は全身に気を張り巡らせ、彼について中に入った。


「アン!」


 少し歩き、明かりが漏れ始める。そこは倉庫の一角で、窓は閉めきられていたが、蝋燭の明かりが一角を照らしていた。

 中心にいたのは、裕福な格好した顔色の悪そうな男だった。髪色は金色で、目は黒に近い藍色。顔立ちは悪くない。

 その男の前に誰かが床に横たわっていた。胡桃色の髪。


「アン!」


 私は傭兵を押しのけ、彼のところへ走る。そして彼を抱き起こした。


「ああ、これが麗しの白銀の君か。お似合いだな。女装の王子に、男装の騎士か!」


 身分が高そうな男は何がおかしいのか一人で高笑いする。

 私は無視をして、アンの口を覆っている布を剥ぎ取った。


「ジュネ!どうして」


 私の腕の中で目を覚ましたアンが声を上げる。殴られたのだろう。服は薄汚れ頬が腫れていた。


「アン!なんで、こんなことに!」

「ジュネ。そんな事、どうでもいい。あなたが捕まっていないと知って安心したのに、どうしてくるんだ!僕は、もう、どうでもよかったのに!」

「どういう意味だ!どうもでいいって。それは死んでもいいってことか?」

「ああ、その通りだ。僕は、本当なら殺されていた。あの時も本当に死んでもいいって思ったんだ。でも、あなたの姿を見て、生きてみようと思ったのに」

「アン!」


 彼の空色の瞳が揺れる。

 私は反射的に彼を抱きしめていた。


「おお、感動的な場面だね。でも、綺麗過ぎて私は好きじゃないな。アンライゼ。お前は死ぬべきだったんだ。生き残りやがって。しかも母上を殺した!お前なんて、城の外で一生暮らしていればよかったんだ!それを!」

「僕だって、城なんかにあがるつもりはなかった。母上を殺した?それは兄上たちも一緒じゃないか!兄上たちのせいで、僕の母さんも死んだ」

「ふん。私たちは手を下していない。勝手に死んだだけだろ。王城に上がるならそれなりに覚悟をすべきだったんだ」

「僕も……母さんも王城なんて上がりたくなかった。ましては王位継承権なんて、いらなかったんだ。それは、兄上に何度も話したはずだ!」

「お前がいらないっていっても、周りは違う。結局、私の母上はお前のせいで死んだ。だから、お前を絶対に許さない。この身はどうせ死ぬまで幽閉だ。死ぬのは怖くない。だが、その前にお前の苦しむ姿を見たい!」

「それなら、僕だけで。ジュネは巻き込むな!」

「だめだ。そうだろ。レーン?」

「はい。殿下。俺は、その女が苦しむ姿を見たいんだ」


 狂ってる。

 私はアンを抱きしめたまま、二人を交互に見る。

 あの男は、アンの兄上。つまり、アン暗殺の黒幕だった側室の子。アン暗殺の罪で側室は毒殺。この男は王子であったため幽閉のみだった。

 ここにいるってことは逃げ出したのか? 

 でもなぜ、追っ手がいないんだ。

 誰かを身代わりに置いてきたか。


「面倒な事はもういい。女を殺し、絶望を味合わせたら上、アンをいたぶって殺すかな」

「殿下。女を殺すのは是非俺にさせてください」

「助かるよ。流石に女を殺す趣味はないからな」


 私が先か。精々暴れて時間を稼ぐ。カラン様は有能だ。きっと見つけてくれる。


「嬲り殺すのは好きじゃない。武器を持っていいぞ」


 言われなくてもそのつもりだ。

 どこまでやれるか分からない。

 時間を稼ぐ。


「ジュネ」

「アン。大丈夫。私は強い」


 アンに、自分に言い聞かせる意味でそう言うと傭兵と元第一王子が笑い出す。


「さあ、強いんだろう。かかってきな」


 笑いを収め傭兵は両手に短剣を持ち構えを取った。



 ☆


「レーン。遊ぶのはその辺にしておけ。私は飽きたぞ」


 もう頭は働かない。

 ただ本能のまま、体を動かしていた。


「兄上!殺すなら僕だけを!ジュネは解放してください!」

「アンライゼ。そんなにあの女が好きか。男みたいで少しも色気がないのだがな」


 傭兵――レーンが踏み込んできた。

 避けようとしたが、体ももう限界に来ており、完全に避けることができなかった。


「おっと、切っちまったか」


 レーンが短剣についた私の血を舐める。

 おぞましい。


「ジュネ」

「アンライゼ」


 唸り声がして振り向くと、拘束されたアンの背中に片足を乗せた第一王子の姿が目に入った。


「この!アンを放せ!」

「まちな!あんたの相手は俺だ!」


 駆け出そうとした私はレーンに前を阻まれた。すかさず攻撃を仕掛けられ、ふらついた体でどうにか避ける。抉られたわき腹からは血が溢れ出している。


「ジュネ!」

「アンライゼ。そこで這いつくばってあの女が死ぬのを見ていればいい」

「兄上!離せ!」


 まだ、まだだ。

 私はまだ死ねない。


 歯を食いしばり、私は床に落ちた剣を拾い、構える。


「そうこなくちゃ。ヴィニアが喜んでいるぜ。苦痛まみれのあんたの姿を見てなあ!」


 来る!


「ジュネ!」


 悲痛な声でアンに名を呼ばれる。

 そんな声を出させたくない。

 アンにはいつも笑ってほしい。


「ほらよ!」


 レーンが両手を振り下ろす。私は必死にそれを剣で受け止めたが、力が及ばず、吹き飛ばされた。


「ジュネ!ジュネ!」


 アンの叫び声、レーンがにやけながら、近づいてきた。

 動かないと、このままじゃ殺される。

 私が死んだら、次はアンだ。

 だめだ。だから、動け!動け!

 必死に体に命じるが、指一本すら言うことをきかなかった。


「終わりか。たっぷり遊んだから、もういいか」


 レーンの姿がすぐ近くに迫っていた。


「ジュネ!ジュネ!兄上!どうか、お願いします!」

「ふん。お前の願いなど聞くわけがないだろう」


 ごめん。アン。多分私はもうだめだ。

 守れなくて、すまない。


「ジュネ!殿下!」


 幻聴?

 テランス殿の声だ。


「くそっつ、見つかったか!」

「団長!」


 メ、メリアンヌの声か?


 逃げ出そうとしたレーンに容赦なく、テランス殿が刃を浴びせる。

 アンは?


「ジュネ!」


 アンが近づいてきた。

 ああ、よかった。


 彼が私を抱きしめるのがわかる。だけど、そこで意識が途切れた。

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