第16話 窮地
「逆効果ってどういうこと?」
フェリシアが身を乗り出しながら、ロイに問いかける。ロイは「どうも、なにも。その言葉通りです」とだけ答えると、テーブルの上に置かれていたコーヒーを一口すすった。
先程ロイが「あまり助言はしたくない」と言っていたのを真に受けているのか、フェリシアは追求しようとしない。何を変なところで遠慮してるんだよ。いつもの調子でズケズケ聞けばいいのに。容はヤキモキしながらも、フライパンをひっくり返す。
しょうがないな、と諦めて、フライパンから料理を皿に移すと、それを2人のテーブルに並べながら「ロイ、少しくらいヒントがあっても良いんじゃないか?」と言ってみた。ロイは相変わらず無表情のまま少し考えていたが、やがて「良いでしょう」とうなずいた。
「演説、と言っていましたが、何を訴えるつもりなんですか?」フォークで料理を口に運びながらそう聞く。
「それは、ほら。学校をより良くしていくこととか、後は問題点とかを改善していくとか」フェリシアがそう答えて、同じように料理を一口食べる。「美味しい!」
「より良く? 問題点? 具体的には?」
「それは……あれよ。ねぇ?」
フェリシアが容に助けを求めるようにそう言った。容はため息をつく。実際、凪沙を交えて話し合った時にも、そのことは問題になった。いくつか候補はあったが、どれも今ひとつだという結論になっていた。
痛いところを突く、と容は思った。容とフェリシアが何も言えないのを見て、ロイは「美味しい料理に免じて、もうひとつだけ」と言った。
「そもそも、あなた方が入学してどれほどの月日が経ったというのですか? まだ2ヶ月も経っていないですよね」
「あぁ、そうだな。1ヶ月半というところだ」
「その短期間で、学校が抱えている問題を把握できるものなのでしょうか?」
ロイの言うことはもっともだった。時間が足りていないと容は感じていた。9月に入学して2月に選挙。5ヶ月しかない。もちろん、5ヶ月あれば、今よりは色々分かってくることもあるだろう。しかし、今の段階で出来ることというのが少ないのも確かだ。
それこそが、容たちが活動を上手く行えていない理由となっていた。ロイは話を続ける。
「現状も分からない。問題点も分からない。ましてやケンスブルグ校は10万人もの学徒を擁する巨大校です。誰に向かって、何を言うのかすら分かっていないのに、一体何をいうつもりなのでしょうか? 『お願いします』と連呼しますか?」
容は自分がいた世界の選挙のことを思いだして苦笑した。ロイの口から聞くと、それがいかにバカバカしいことか分かるが、実際に彼の国の選挙活動と言えば、そういう「お願い」が主になっていた。最近では変わりつつもあったが、それでも投票間際になると街宣車が走り、お願いを連呼することは、もはや風物詩と言っても良いくらいだ。
ロイの言うことは正論だと思った。しかし、かと言ってどうしろと言うんだ? 状況を把握するまで活動をするなということか。少しずつは解消されつつあったが、それでも容とフェリシアから距離をおいている学徒も多かった。色々な学徒に話を聞こうにも、今の状況では難しい。
「じゃ、どうしろと言うんだ?」
思わず容がそう口にするのを聞いて、ロイは少し笑ったように見えた。
「それを言っては、試験の意味がないでしょう?」
「本当はロイにも思いつかないんじゃないか?」
容はロイがカマをかけているのではないかと疑った。今まではロイの考えや手際に感服したことも多かったが、今回ばかりはロイと言えどもどうにもならないだろう。ソフィアのように資金が潤沢であれば、色々とやり方もあるかもしれない。しかし、金は使えない、情報も少ないでは打つ手はないではないか。
しかし、ロイは笑みを浮かべたまま、足を組み直すとこう言った。
「いいえ、私なら必ず勝ってみせますよ」
その言葉には虚勢を張ったり、嘘を言っているような雰囲気が感じられない。しかし、普段から感情をあまり表に出さない男の言うことだ。素直に受け止めるわけにもいかない。これはやはりブラフだ。
そもそもロイはフェリシアの協力要請に対して、この学徒選での勝利を条件としたのだ。協力も一旦は断っている。出来れば勝って欲しくないというのが本音だろう。真に受けては駄目だ。容は鋭い目つきでロイを見据えた。それは管理官の頃を思い出させるものだったが、ロイは気にもとめない様子。
「もう充分よ」
フェリシアが言う。「ロイの言う通り、ここは私たちで解決していかなくてはならないわ。ロイ、ヒントだけでもありがとう」
ロイはその言葉を聞くと、軽くうなずいた。まだ言い足りないという顔をしていた容も、フェリシアの言葉に我に返り「悪かったよ、ロイ」と素直に頭を下げた。ロイは少し考えたあと、口を開こうとした。しかし、その時、ドアをノックする音がリビングに響いた。コン、コン、コンと3回続き、その後2回ノックの音がした。
「大丈夫です。地下組織の人間です」
ロイはそういうとドアに向かっていった。ドアを少しだけ開けると、そこにひとりの男が立っているのが見えた。影になっているのと、ロイがドアを全開にしないせいで、容たちからはその姿がはっきりとは見えない。
ロイは二言、三言、その男と会話をした後、ドアを締めて容たちの方へ振り向いた。
「少し問題が起こりました。残念ですが、もう帰らないと」
「問題? 何が起こったの?」
「いえ、組織の話です。あなたたちには関係がない話ですし、影響もありませんからご心配なく」
「いいえ、関係あるわ。だって、あなたたちが私たちを助けてくれたんじゃない。その時点で関係ないわけがないじゃない」
今度はフェリシアが食い下がっていた。ロイはもう一度断りを入れるが、フェリシアは頑として聞こうとしない。今度は俺が止めるべきなのだろうか? と容は思った。しかし容にとってもロイは恩人とも言える。借りを返せる機会があるのなら、手を貸すべきだと思った。
半ば諦めかけたロイは、問題の中身を話した。地下組織のメンバーのひとりが対立する組織に捕まってしまったとロイは言った。
「相手もそれほど大きな組織ではないのですが、どうも諜報活動中にヘマをしたみたいですね」
「それなら助けなきゃ」とフェリシア。
「そうなのですが、ちょうど今、例の件で、王国に人員を派遣している所でして」
「足りないのね」
「ええ」
「じゃ、やっぱり、手伝うわ」
「危険なのですが」
ロイが念を押すように言うと「大丈夫よ」とフェリシアが自信満々の表情で答える。
「ヨウがいるもの。ヨウって結構強いのよ」
列車でのことは詳細をロイに伝えてあった。容が警視庁の管理官だったと説明した時は「カンリカン?」と、フェリシアに初めて明かした時と同じような反応をしていたが、詳しく説明すると「あぁ、警察ってことですね」と理解していた。
無論、警視庁管理官と言えども、格闘の専門家ではない。出来ることと出来ないことがあるだろう。しかし、この世界では銃はまだ一般的ではないことを、前に容は調べていた。それは共和国に到着してすぐにフェリシアが演説を行った際、ロイが手渡した剣のことが気になっていたからだった。
あの剣は、その後「持っていて下さい」とロイに言われて、そのまま自分の部屋に置いてある。あの時ロイは「襲われたら斬っても良い」と言っていた。それは本当のことであり、容が調べたところによると、法律で認められている権利となっていた。
ならば、今回も使えるだろう。あれから毎日、剣を振るうことは続けている。竹刀とは違うが、ロイのくれた剣は細身で、扱っている内に慣れてきている。
「任せろ」と容は胸を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます