第15話 協力者

 入学式典の翌日から、容とフェリシアは実際に学校へ通い始めた。式典後の事件については、学徒長エミーリアが上手くまとめてくれていたようで、ほとんど噂にもならずにすんでいた。しかし、フェリシアが王国の王女であるという話は、あっという間に学校中へと広がって、1週間も経たずして校内で知らない者はいないほどになっていた。


 そのおかげで、容とフェリシアと積極的に親しくしようとする者はなかなか現れず、多少授業での交流はあったものの、学徒会選挙への協力者を探すどころではなくなっていた。


「ちょっとやりにくい展開になったな」

「このくらいの逆風、乗り越えなきゃ学徒会長なんて務まらないでしょ?」

「まぁ、そりゃそうかもしれないけど」

「それに、みんな別に私たちを憎んでいるわけでもないんだし。今は様子見ってところじゃないかな。もう少し時間が経てば、きっと分かってくれる人も出てくるって」


 容がフェリシアと初めて会ってから、ようやく3週間ほどが経っていた。その間、容が一番驚いたのが、フェリシアはとても前向きな性格だということだった。容にしてみれば、自分自身もそれほど悲観的な性格だとは思っていなかったが、フェリシアを見ていると時々眩しさを感じてしまうほどだった。


「歳とって、性格変わってきてるのかな、俺」


 思わずそんな感想も口から出てくる始末だった。ただ、容たちにとって、悪いことばかりではなかった。ひとりだけではあるが「選挙活動を手伝わせて欲しい」と名乗り出てくれた学徒がいたのだ。彼女の名は汐留凪沙しおどめ なぎさ。入学式典のあと、ソフィアと揉めていた女生徒だった。


「あの時は、ありがとうございました!」


 入学から数日経った頃、たまたま廊下で再会した凪沙は、そう言って話しかけてきた。名前を聞いて、容は「日本人がいた!」と思わず興奮を隠しきれなかった。フェリシアの「ニホンジン?」という怪訝そうな顔にも構わず、凪沙の肩を掴むと「なぁ、君も日本から来たのか? いつ来たんだ? どうやってここへ?」と立て続けに質問を投げかけた。


 凪沙は突然のことに驚きながらも「ええっと、実家からは列車でここへ来ましたが……。あ、通学のことですか? それなら徒歩です」と、容に軽く揺らされながらも答えた。それを聞いて容は「あぁ、違うのか」と落胆した。


 実際、この世界の人名は、容のいた世界と同じものが多い。中にはどこの国の名前なのか分からない者もいたりはしたが、大抵は聞いたことがある、もしくは違和感を感じないものが多かった。だから、日本人名の人間がいても不思議ではない……のかもしれないと容は思った。


 がっくりと肩を落とす容を、フェリシアと凪沙は不思議そうな顔で見つめていた。





「まずは演説をしましょう! 演説は選挙戦の鍵だと聞いたことがあります」


 凪沙は容たちに「お礼がしたいので、選挙戦をぜひ手伝わせて欲しい」と願い出て、ふたりが快く了承すると、そう言い出した。選挙管理事務所に出馬の届け出をした時、管理委員からもらった冊子があった。そこにも凪沙の言っていることが書かれていた。容はそれを思い出した。


 演説はいつでもどこでもして良いわけではない。時間と場所も細かく決められており、原則として校外での活動は禁止されていた。3人は冊子を囲んで、どこでやるべきかの作戦を練っていた。ふと容は気になったことを口にした。


「そう言えば、今回の候補者って何人くらいいるんだろう?」


「立候補受付期間は、今月末までって聞いたけど」フェリシアは冊子をめくりながらそう言う。

「私、噂を聞いたんですけど、今回はあのソフィアって子以外、誰も出てこないらしいですよ」凪沙はひそひそ話をするかのように声を潜めて言った。

「え? そうなの?」

「はい。なんでも『モーラン家の子女が出て来る時点で、もう決まり』という雰囲気らしくって。だから、フェリシアさんの出馬は、相当インパクトがあったみたいですよ」

「別にインパクトは求めていないんだけどね」

「と言うことは、今回は一騎打ちってことか」


 一騎打ちと言えば聞こえは良いが、実際にはソフィアの独壇場であり、現段階ではフェリシアの出馬は話題だけが先行しているような状態だった。そのことは3人ともよく分かっており、それを考えると、つい気が重くなってくる思いがした。


「ま、とにかくやってみなきゃね!」


 フェリシアが笑顔でそう言った。「おう」と容が答え「やりましょう!」と凪沙が腕を振り上げた。こうして3人での選挙活動が始まった。3人で何をどうするかをしっかりと話し合った。凪沙は事務作業が得意とのことだったので、ポスターやビラ作りなどを担当した。フェリシアは必要な物をリストアップしたり、活動のスケジュールを立てたりした。容は凪沙が作ったポスターを貼ったり、フェリシアから依頼されたものを調達したりした。


 10月も中旬になると、準備はかなり進んできた。容たちは1週間後に校内で演説をする予定を立てた。場所は昇降口。ここで下校していく生徒に訴えかけるつもりだった。その日の夕方、容とフェリシアは凪沙と別れた後、ロイと会う約束をしていた。


 近況報告を兼ねて、以前もらった差し入れのお礼をしようと言ったのはフェリシアだった。そうは言っても、容とフェリシアの今月の財政状況は思わしくなく、家で手料理を振る舞うのが精一杯だった。


 フェリシアは「私が作る!」と言ってきかなかったが、容は断固として反対した。以前実際にフェリシアが作った料理で、危うく、もう一度転生しかけたからだ。「駄目だっ! 絶対駄目!」と言うと、フェリシアはややむくれた顔をしていて、容は思わず「言い過ぎたか」と思った。しかし、これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。


 そういうわけで、容はキッチンに立っていた。リビングではフェリシアがロイに、選挙の進捗を話していた。「演説をする予定なの」とフェリシアが言うと、ロイの眉がピクリと動いた。演説の原稿を見せながら解説しているフェリシアを制し、ロイは言う。


「あまり助言はしないつもりだったのですが、今日はお招き頂いているのでひとつだけ」


 そう言ってから、足を組み直してこう付け足した。


「演説は逆効果です」

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