第14話 学徒会
「お前たち、何をやっているんだ」
声の主は、先程容たちが講堂で見た、学徒会長エミーリアだった。刺すような視線がフェリシアとソフィアに交互に向けられた。「ゲートシュタイン会長様。ソフィア・モーランと申します」ソフィアは、エミーリアに向かってうやうやしくお辞儀をする。どこか心がこもっておらず、儀礼的だなと容は思った。
ソフィアは続けて状況をエミーリアに報告した。エミーリアは黙ってそれを聞いていたが、ソフィアの「元王女の出馬など認められるわけがありません」という言葉を聞いた時、眉がピクリと動いた。ソフィアは続けて、王国がいかに共和国にとって害悪のある国なのかを訴えていたが、それをエミーリアは手で制す。
「お前、モーランと言ったな」
「はい、学徒会長様。父はアレクシス・モーランでございます」
「大臣の娘か……」
エミーリアが言う「大臣」と言うのが一体何を差しているのか、容は一瞬分からなかった。隣で「ネヴァラスタ共和国財務大臣」とフェリシアがつぶやくのを聞いて、ようやくそれを察した。共和国政府の財務大臣の娘。それが目の前にいるソフィア・モーランということか。
その意味する所は容にはピンとこないものだったが、どうやらこの学校は、そういう生徒も通うものなのだ、ということは理解できた。そして彼女の高圧的な態度も、そこから来ているのかと思った。政府高官の娘が全てそうだとは言わないが、きっと恵まれた環境にいすぎたのだろう。甘やかされて育ってしまったのかもしれない。
ソフィアはエミーリアに再度「あの王国の元王女の、学徒会長選挙への出馬など認められるわけがありません」と訴えている。それを聞いているエミーリアはほぼ無表情で、容は彼女が何を考えているのか分からなかった。しかし、どこか冷たい雰囲気があると思った。
いや、違うか。これは冷たいのではなく、物事を客観的に見ようとしているのだ。人が何かを判断する時、物事の本質以外のものを判断材料に加えてしまうことがある。例えば、それを誰が語っているのか、というのが判断の基準に影響することは、良くある話だ。
それを排除しようとしても、完全に行うことなどは人が人である以上無理な話だ。しかし、努力によりそれを強化することはできる。容も前の世界で、自分の感情をコントロールする術は学んだし、色々な人から助言も受けた。その経験から、エミーリアがソフィアの話を聞きながらも、それの中から事実のみを抜き出そうとしているのだということが分かった。
容がそれに気がついた時、エミーリアが突如ソフィアを手で制した。「分かった、もう良い」そう言うと、フェリシアとソフィアを並んで立たせる。2人は横目で睨み合っていたが、エミーリアの「お前たちいいか」という声にビクッと彼女の方へと向き直った。
「まず、ソフィア・モーラン。学徒会長選には出自は一切関係ない」
「学徒会長!?」
「学徒会長選に出馬できる要件はただひとつ。『この学校の学徒であること』のみだ」
「しかし、それは……」
「お前の意見など聞いていない」
エミーリアの言葉に、先程までの威勢の良さはすっかり消え、ソフィアの顔が真っ青になっているのが容には見て取れた。ふとフェリシアを見ると、どことなくホッとした表情になっていて、エミーリアの言葉に助けられたようだった。しかし「そして、フェリシア・ウィングフィールド」続けてそう告げられると、一気に身が引き締まったかのような顔に戻った。
「お前は、かの王国の王女だな。事件に関しては私も聞いている。しかし、ここではそれも関係ない。王女という肩書すら無意味だ。その上で言っておく」
「はいっ!」
いつになくフェリシアが緊張している、と容は気がついた。そう言っている自分の手も先程からびっしょりと濡れており、このエミーリアという現学徒会長の気迫に押されているのだということを自覚した。
「そうは言っても、周りがお前を見る目には『王女』というフィルターがかかってしまうのは仕方がないことだ。それを良く考えて行動することだ」
「はいっ!」
「王女という肩書は通用しない。しかし王女という目では見られる。これは大変なことだぞ。先程、学徒会長選に出馬すると言っていたが、それ自体は一向に構わない。ただ相当苦労することだけは覚悟しておけ」
フェリシアは自分の置かれている立場というものは理解していたつもりだったが、それでも改めて言われると、本当にそうなのだと思い身が引き締まる思いがした。フェリシアの震えている手を見て、容は彼女の思いを察する。フェリシアの隣では、今度はソフィアが「そうよ、身の程をわきまえなさい」という表情で彼女を見ていた。
「ソフィア、お前もだぞ。大臣の娘であろうと、ここでは関係ない。それをゆめゆめ忘れるな」
「は、はい!」
今度はソフィアが先程までのフェリシアと動揺に、直立不動の姿勢で返事をしていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ、それにしても凄い人だったなぁ」
容が気の抜けたような声でそう言った。フェリシアもそれに同意し「学徒会長っていうのは、凄い人なんだね」と言う。
ここケンスブルグ国立高等学校は、共和国の中でも特殊な学校だとロイが言っていた。将来の国を支える人材を育成するために創られた特別校で、共和国中から広く人材を集めているらしい。容とフェリシアの入学は、当然ロイが手を回してくれたお陰だったが、普通に入学するにしても、それに際しての試験などはなく、ほとんどが推薦や面接で行われるという。
そのため、学徒数は膨大なものになっており、約10万人だと容は聞いていた。容の知っているだけでも、それほどの数を擁する学校など聞いたこともなく、最早ひとつの企業と言ってもいい規模だと思った。
「10万人の頂点が、あの学徒長だもんな」
容とフェリシアは、やや日の傾きかけた校内を歩いていた。10万人の学徒から選ばれる1人。その重みがエミーリアからは感じられた。彼女が来た時、最初容は「フェリシアが責められる」ものだと思っていた。事実はどうであれ、共和国では「王国は接収された国」という認識がある。
その国の元王女の学徒会選出馬など認めないだろうと容は思っていた。ソフィアの態度には多少腹の立った容ではあったが、彼女がそう思うのも無理はないとも思っていた。しかし、エミーリアは「出自は関係ない」ときっぱり言い切った。
誰の顔色を伺うわけでもなく、自分の意見として、学校のルールとして、正しいことを正しいと胸を張って言える。それは出来るようで簡単に出来ることではない。ましてや、これだけの数の学徒の長なのだ。その発言が玉虫色になることもあるだろうし、それが普通の人間というものだろう。
容はエミーリアの懐の広さに感激もしたし、恐怖も覚えていた。それはフェリシアも同じだったらしく、先程から一言も言葉を発しない。2人は早速学徒会長選挙の手続きのために、選挙管理事務所へと向かっていた。容は自分の隣を歩く少女を見た。
銀色の軽くウェーブした髪が、夕日に照らされて金色に輝いていた。顔はまっすぐ前を向いていたが、揺れる髪の毛と夕日が邪魔をして表情はうかがい知れない。どうしたものかな? 困っていると、フェリシアが立ち止まった。少しだけ窓から外の景色を眺めていたが、容の方へ振り向くと「頑張ろうね」と言って笑った。
容も釣られて笑顔になって「おぉよ」と答えた。
選挙管理事務所で必要な手続きを済ませると2人は家へ帰ってきた。玄関までくると、そこにはロイが立っていた。「どうでしたか? 学校初日は」と言いながら、手に持っていたものを容に手渡す。
紙袋の中には、美味しそうな料理が容器に入っていた。「差し入れです」と無表情のままロイが言う。部屋に入ると、容はテーブルに料理を広げて3人はそれを食べながら、今日のことを語った。主に容が話していたのだが『ソフィア・モーラン』の名が出てきたところで、ロイの手が止まった。
ロイは「そうですか。モーラン家の子女が……」と、珍しく語尾をぼやかすように言い、少し考えていた。容が「知っているのか?」と聞くと、ロイはうなずき「アレクシス・モーランのことは聞きましたか?」と逆に尋ねた。
「聞いた。なんでも共和国財務大臣だとか」
「そうですね。政治家としても、かなりの実力者ですよ」
「そんな大物なのか。ま、大臣っていうくらいだから、そりゃそうか」
「ええ。それにしても、面倒な相手が出てきましたね」
「面倒?」
ロイは「あまり詳細は知りませんけど」と前置きしてから「学徒会選挙というのは、特殊でしてね。お金に関しては、規定が少ないんですよ」と言った。ロイの話では、学徒会選挙に出馬すること自体にはお金はかからない。しかし、選挙活動となると話は別だということだった。当然、お金で票を買う行為、つまり賄賂などは禁止されているが、それ以外に関してはほぼ制限がない。
国政選挙のように湯水の如く、お金を投資することはないが、それでも選挙にはいくらかのお金はかかる。もちろん、多いに越したことはない。
「その点、ソフィア嬢はお金の心配は一切要りませんからね」
澄ました顔でロイが言う。
容とフェリシアは、これからはじまる選挙選のことを思うと、心が重くなっていく気がした。
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