第13話 入学

 月が変わって9月。


 容とフェリシアは、ケンスブルグ国立高等学校、通称ケンスブルグ校の校門の前に立っていた。


「いよいよだね」とフェリシアが言う。

「あぁ、頑張らないとな」と容が答えた。


 頑張らないといけないのは、当然、ロイから出されている課題である「学徒会選挙で学徒長に選出される」ことである。ロイから事前にもらっていた資料によると、学徒会選挙は毎年2月に行われるとあった。ただ、選挙活動自体に制限はなく、年間を通して行うことが出来る。


 資料を暗記していた容が、歩きながらそのことを確認していると、フェリシアは「ヨウ、凄いね。全部覚えてるんだ」と驚いた顔をしている。


「おい、感心している場合じゃないぞ。って言うか、お前自身の話なんだからな」

「はいはい、分ってますって」

「本当に分かってるのかよ……」

「学徒会選挙は2月の第一月曜日に行われて即日開票。翌日には正式に発表される。学徒会長は1週間以内に委員会を任命しなければならない。会長と委員会の任期は1年。会長の解任は委員会の3分の2の賛成で可決される。会長と委員会は、学校運営に関わるほぼ全ての権限と責任を負っていて……」

「おぉ、凄いな」


 フェリシアはドヤ顔で「もっと言う?」と聞く。容は「学徒会長選に出馬できる条件は?」と試しに聞いてみた。フェリシアは間髪おかず「1回生か2回生であれば誰でも。3回生は6月が卒業だから出馬出来ない」と答える。


「意外とちゃんと勉強してたんだな」

「意外と、って何よ?」


 フェリシアは少しむくれた顔をした。容はコホンと咳払いをすると「ちょうど現会長のスピーチが聞けるぞ」と講堂を指差した。共和国内の一般の高等学校では、いわゆる入学式といったものはない。しかし、このケンスブルグ校は特殊で式典が開催されることが慣例となっていた。


 それら全ては学徒会に委ねられており、この入学式典も学徒会が主となって執り行う。後日容が知ったことだが、ケンスブルグ校には「校長」というポストは存在しなかった。講師や指導教官を任命、解任するのも学徒会の権限のひとつだ。それだけ学徒会、ひいては生徒の自主性が重んじられているということだった。


 2人が講堂へと足を踏み入れ席に着くと、程なくして式典が開催された。前方にある少し高くなっている壇上に、ひとりの女学生が歩み寄った。腰まで伸びている少し赤みがかった黒髪が、歩調に合わせて揺れている。その凛とした姿に、容は「フェリシアとは別の気品」を感じていた。


「ケンスブルグ高等学校、学徒会長。エミーリア・ゲートシュタイン」


 その女生徒は自分をそう名乗ると、開会の挨拶を始めた。本来の自分の年齢から見れば、エミーリアは10歳も年下のはずだったが、容はその堂々とした演説に圧倒されていた。講堂内に響き渡る抑揚の効いた声は心地よく、派手な身振り手振りはないが、ひとりひとりに語りかけるように話すその姿に、思わず魅了されていると自覚した。


 一瞬、エミーリアと目が合ったように感じ、容は心を掴まれたような感触を覚えて、身が震えた気がした。ふと隣を見ると、フェリシアはいつになく真剣な表情で壇上を見上げていた。その目は決して睨むようなものではなかったが、まるで獲物を見る狩人のようだ、と容は思った。


「ふぅ」式典が終わり、講堂から出てくると、外の新鮮な空気が心地よく感じられた。息が詰まっていたのは、講堂のせいではない。厳粛に進めれられた式典と、あの現学徒長エミーリアによるものだった。「警察大学校の入校式でもこんなに緊張しなかった」と思わず漏らす。


 2人はそのまま校舎内にある事務局へと向かった。ケンスブルグ校ではクラスという概念はなく、生徒がそれぞれ自分で授業を選択し履修することとなっていた。明日から2週間は自由履修となっており、その間に実際に授業を受けながら履修届を提出することになる。事務局で必要な書類を受け取ると、フェリシアが「今日はもう自由だって言ってたから、学校内を探検してみよう」と言い出した。


 その意見には多いに賛成だったが「探検」という言葉に、思わず容は苦笑した。容にとっては、制度に違いはあっても、学校生活というものは経験済みである。多少新鮮味を感じるのは確かだが、そこまでではない。しかしフェリシアにとっては珍しい体験であり、何もかもが目新しいものに感じていた。そんな彼女だったから、自然と「探検」という言葉が出てきたのだろう。


 容は同意して、2人は学校内を歩いてみることにした。学校の設備自体は、それほど驚くようなものはなかった。レンガやブロックを多用した校舎は、容の感覚からすれば「ちょっと古さを感じる」ものではあったが、特別変わったものでもなかった。


 教室は高校のそれと言うよりは、大学のものに似ていると容は思った。「受講学徒の多さで、大中小の教室が割り当てられるのよ」とフェリシアは教室の中を覗きながら、豆知識を披露していた。


 学校内には先程容たちがいた「講堂」の他に、授業を行う「校舎」、講師や指導教官が詰めている「教員棟」、屋内での運動が可能な「屋内運動場」、それに広大なグラウンドがあった。2人はぶらぶらと歩きながら、ひとつひとつの施設を確認していき、やがてひとつの建物の前にたった。


 真っ白なその建物の入り口には「学徒会棟」という木製の看板が掲げられていた。フェリシアは講堂で見せた表情で、その建物を見ている。


「来年の2月にはここにいられるといいな」

「いいな、じゃないわよ。必ずここに来るの」

「だな」


 2人はしばらく黙ったまま建物の前に立っていた。突然近くで誰かが叫んでいる声が聞こえてきた。容とフェリシアは声の方角へと走り出した。


「あなた。謝りなさいって言っているのが聞こえないの?」

「だから、さっきから謝っているじゃないですか」

「それが悪いと思っている人の態度? 誠意が感じられないわ」

「そんな……」

「そもそも、あなた。私を誰だと思っているの?」

「……知りませんけど」

「失礼にもほどがあるわ。良いこと? 私は」


 学徒会棟から出てすぐの路上で、2人の女生徒が言い争っていた。言い争いと言うよりは、ひとりの生徒が、もうひとりの生徒に難癖をつけているようにも見える。声を上げている生徒が「ソフィア・モーラン」と名乗っていた。


 フェリシアよりも強いウェーブのかかった髪の毛。腰に手を当てて、もう一方の手で女生徒を指差しながら、何度も謝罪を要求していた。高圧的な態度と、人を見下すような表情から、容は「面倒そうな生徒だな」と感じた。とは言え、放っておくわけにもいかないだろう。


 責め立てられている女生徒は、今にも泣き出しそうな表情になってきている。一体何があったのかは分からないが、止めさせなければならないだろう。そう思って一歩踏み出そうとすると、それよりも早く、フェリシアがソフィアの前に立ちはだかった。


「ちょっと、何があったのか分からないけど、いい加減にしなさい」

「なによ、あなた。関係ない人はどいてちょうだい」

「いいえ、そうはいかないわ」


 ソフィアは睨むような視線を送ってきていたが、フェリシアは一歩も譲る様子はなさそうだった。入学初日から困った事に巻き込まれたな、と容が割って入るべきかどうか悩んでいると、ソフィアが「あら? あなた、もしかして?」と言った。


 あ、まずい。と容は思った。フェリシアの顔は、例の繁華街の演説時に撮られた写真が新聞に掲載されており、容に言わせれば「面が割れている」こととなっていた。それは秘密にすることでもなく、いずれは言わなければならないことではあったが、このような状況で指摘されることは「良いことではなさそうだ」と、容は感じた。


「新聞で見たわよ。ウィングフィールド王国『元』王女殿下。フェリシア・ウィングフィールドでしょう?」


 容の心配をよそに、ソフィアはずばり核心を突き、フェリシアは「そうよ、だから何?」とあっさりと認める。


「そう言えば特待生ということになっているのかしら? 王国は共和国に少なからず迷惑をかけているのだから、あまり大きな顔をしない方が良いのでは? 『元』王女殿下」

「私は確かに元王女だけど、今はただのフェリシア・ウィングフィールドよ」

「そう。それならフェリシア。言っておきますけど、私は来年、学徒会長になるのよ。あまり楯突かない方が身のためよ?」

「学徒会長……。それ、私も選挙に出るから!」

「はあ?」

「学徒会長選挙。私、立候補するから」

「あなた、ご自分が何を言っているのか分かっているの? 元王女の出馬など認めれれるわけがないでしょう?」

「なんですって!?」

「ここは共和国なのよ。王国ではないの。いつまでも王女様気取りでは困るわ」


 フェリシア自身にとっても「元王女」という肩書は、扱いにくいものだった。加えて、何度も「元王女」と呼ばれ、トドメに「出馬が認められない」と宣言され、少し動揺してしまっていたのも確かだ。ソフィアの言葉に、上手く言い返す言葉が見つからなかった。


 フェリシアの怒りと困惑が混じったような顔を見て、容は「そろそろ仲裁するか」と思った。しかし、その時、背後からどこかで聞いた声が聞こえた。


「お前たち、何をやっているんだ」

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