第12話 新生活

「ここが私たちの新居ね」


 フェリシアが3階建のレンガ造りのビルを見上げながらそう言ったのを聞いて、容はどこか違和感を覚えた。


「新居って、なぁ。フェリス……」

「ん? 何かおかしいこと言った?」

「いや、おかしくはないんだが」


 実際そうであった。ロイは二人のために、活動拠点となる部屋を用意してくれた。容は「二人分も部屋を用意してくれるとは、大変だったろう」と感謝したが、ロイは「いいえ、お二人には一緒に住んで頂きます」と事も無げに言った。


 小さなキッチンが付いたダイニングルームに、個人別の小さな部屋が2つ。一応シェアハウスのような形にはなっているが、基本的には同居という形になる。容は「それはちょっとまずいのでは」と反論したが、フェリシアは「なんで? 別にいいじゃない?」と言うし、ロイも「予算の関係です。我慢して下さい」と賃借契約書をヒラヒラさせていた。


 自分ひとり「うーん、しかしなぁ」と渋っているのを見て、ロイの目元が少しだけ笑っているように見えたのを容は見逃さなかった。あいつ、クールな奴かと思ってたけど、結構楽しんでいるんじゃないか? そんな疑いを持ったりもしたが、一瞬でロイの表情は元に戻ったし、その手に持っている契約書に書かれている金額を見ると、自分にはとても払えそうにない金額が書かれていたので、それ以上何も言えなかった。


「ケンスブルグ校にも近いみたいだよ。結構良い立地だよね」


 部屋に入ったフェリシアはリビングに置かれているソファーでくつろぎながら、そんなことを言う。「立地が良すぎて、結構高かったみたいだぞ」と言うわけにもいかず、容は「そうだな」とだけ答えてキッチンに立ってお湯を沸かした。


 二人で紅茶を飲みながら、今後のことを考えようと提案してみると、フェリシアは「そんなこと、まずは入学してみないと分からないじゃない」とごもっともなことを言う。ロイが言うには、二人は特待生という形でケンスブルグ校へ9月3日から入学することになっていた。ちなみに今は8月28日。もう一週間もしない内に、入学することになるのだ。


 容はロイの手際の良さに感心した。そもそもこの国、というよりこの世界に戸籍などない容にとっては「学校に行くこと」だけでも困難だと思っていた。ところがロイは、3人が話し合った翌日には容の戸籍を偽造し、そのままフェリシアと共にケンスブルグ校への入学手続きまで済ませてしまったのだ。


 元々ケンスブルグ校には入学試験というものはない。しかし、誰でも入学できるというものでもなかった。高等学校の下部機関である中等学校からの推薦、政府機関からの推薦などが必要となり、それらも含めて、この短期間で手配を行えたのはロイの手腕によるところが大きい。ロイによると「かなり無理矢理ねじ込みました」ということだった。


 更に次の日には、この部屋も用意し、即日二人に移るように促したのだった。


 そこで二人は当面の生活のための買い出しに出ることにした。ロイから「活動資金」という名目で多少のお金はもらっていた。家賃や学費は、ロイが手配してくれているが、食費や雑費などはここからやりくりしなければならない。服なども多少はロイから貰ったが、これも追々買っていかなくてはならないだろう。


 まだこの世界の物価には慣れていなかったが、以前、駅前の売店で見た金額を思い出すと、容の使っていた日本円より少し高いくらいか、それほど変わらない程度だという認識はあった。お金の管理は、当初フェリシアが「自分がやる」と言って聞かなかったが、容はそこだけは譲らなかった。


 別にフェリシアのことを疑っているわけではないのだが、王族の金銭感覚は信用出来ないと思っている。以前その売店で「1,200ドルと言えば、王国なら一泊出来る」とフェリシアは言っていた。活動資金を受け取った時に、そのことをロイに言うと「1,200ドルで一泊? 馬小屋ですか?」と答えていたのを聞いて、それ以来「王女の金銭感覚だけは信用してはいけない」と心に強く誓っていたのだ。


 そういうわけで、フェリシアにはいざという時のための小銭だけ持たせて、後は容が管理することとなった。フェリシアは少しむくれていたが、多少自分が折れなければいけないと自覚したのか「ま、いっか」とあっさり認めた。


「ねぇ、ヨウ。ちょっと出かけない?」

「うーん、そうだなぁ。ロイにもらった地図によると、北に少し行ったところに商店が集まっている地域があるようだけど」

「じゃ、そこに行きましょう!」


 フェリシアは見るもの全てが珍しいのか「ねぇ、見てみてヨウ! 凄いよ」とか「ちょっと、ヨウ、こっちこっち。これ可愛いよねぇ」とか随分なはしゃぎっぷりだった。まぁ、色々あったもんな、多少は息抜きも必要だよな。容はそう思いながら、自分も少しはこの状況を楽しんでも良いのかもしれないと思った。


「ね、あっちに衣料品を売ってる店があるわ。行ってみましょう!」


 フェリシアは容の手を引き、引っ張るように走っていく。それにつられて一緒に走り出した容だったが、ふと自分の手をしっかり掴んでいる、細く繊細な指先の感触に、思わず顔が赤くなり初めていることに気がついた。


(ちょっと待て。相手は16歳ほどの、まだ子どもだぞ)


 そう自分に言い聞かせて落ち着こうと努力する。しかし、容にとって女性と手を繋ぐのは久しぶりのことだった。あの時、容の彼女は彼の手を握りながら、別れを切り出してきた。その原因は色々あったのだが、つまり愛想を尽かされた、というわけだ。それ以来、より一層仕事に打ち込んだ日々を過ごしてきた容の生活に、異性との甘い関係は存在しなかった。


 そういうこともあり、久々のデートの様な展開に、多少動揺したとしても仕方がないことではないか? と自分に問いかけてみる。そんな容にお構いなしで、フェリシアは衣料品店に容を連れて行くと、たくさん展示してある服を目の前にして目を輝かせていた。


「ねぇ、ヨウ! これ素敵じゃない?」

「うん、いいんじゃないかな」

「うーん、ねぇねぇ、こっちはどう?」

「うん、良いと思う」

「あ、これも可愛い! どう、ヨウ?」

「うん、可愛いな」


 容が以前、愛想を尽かされた一因になっている受け答えをしているのを見て、フェリシアも「ちょっと」と文句のひとつも言いたげな表情だ。しかし、すぐに2着ほど服を手に取ると、店員に「試着室借りても良いですか?」と尋ね、案内されていった。やれやれとため息をついていると、フェリシアは振り返って「あ!」と、容の顔を見た。


「どうした?」

「ヨウ、一応言っておくけど……」

「うん? なんだ?」

「覗かないでよね?」

「ばっ、馬鹿なこと言うなよ! そんなことと、すす、するわけないだろ?」

「前科、あるからね」


 あぁ、あれか。列車の中でのことを思い出していた。あれは確か「俺は覚えていない」ということになっているんじゃなかったか? 思い出しながらフェリシアを見ると、じーっと見定めるような顔をしている。しまった、カマをかけられているのか!? 


 一瞬、焦った容だったが、フェリシアはそこまで深く考えていなかったらしく、ニコッと笑うと試着室の中へと消えていった。


 その後、フェリシアの服を2着。容は必要ないと言ったのだが、フェリシアが「これ絶対ヨウに似合うから」と若干強引にシャツを1枚買って、二人は商店を後にした。


「次はどこかなぁ」

「あ、いや。フェリス……」

「うん? なーに、ヨウ?」

「金がない」

「えっ?」

「いや、正確にはまだあるんだが、生活費などを考えると、もうそんなに買うことが出来ないんだ」


 家事に必要な道具は、最低限備え付けられていたので、すぐに困ることはないだろう。しかし、なんとなく惨めさを二人は感じていた。


「貧乏が憎い」とフェリエシアがつぶやくのが聞こえた。容は少し苦笑する。


「おっ!? フェリス、あれ!」


 容が指差した先には、屋台が数軒立ち並んでおり、美味しそうな匂いが流れてきていた。


「晩ごはん、買って帰るか!」


 容は元気づけるように、そう言った。フェリシアの顔にも笑顔が戻って「うん、そうしよう!」と答えた。二人はあれこれ吟味して、お財布に優しそうなものを2人分買った。それを小脇に抱えながら、少し日が暮れかけている道を家に向かって並んで歩く。


 フェリシアの肩が、時々容の肩に触れる。やっぱり、少し寂しいんだろな、と容は思った。いくら強がっても16歳の子には違いない。いきなり環境が変わって不安になっているのだろう。俺が守ってやらないと、と一層強く思う。


 徐々に2人の肩が触れ合う時間が増えていき、家に帰る頃には、すっかり密着した状態になっていた。


 これから2人は協力していかないといけないのだ。それをお互い理解している。今はそれだけで充分だと、容は思った。

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