第11話 課題

 ロイの言葉に、ようやく容は全てを理解した。


 ロイがあの場所に立っていた理由。それは聴衆には見えず、フェリシアのみに見えるように、あの紙を見せることだった。


『国王陛下は反逆罪で死刑が執行された』


 ロイが自ら言うように、それは事実ではなかったが、それを見たフェリシアの反応は予想できた。フェリシアは泣き崩れ、演説を続行することは出来なくなった。しかし聴衆からすれば「王女が襲われたことを話している内に、恐怖から泣き崩れた」ように見えたに違いない。


 容は珍しく怒っていた。馬車に乗っている間、ロイはフェリシアに事情を説明し、詫ていたが彼女は無言のままだった。容は「あそこまですることはなかった」と努めて冷静さを保ちつつ言った。


 ロイは悪びれる様子もなく「明日には新聞を通じて、このことが共和国全土へと伝わるでしょう。国民は少なくとも王女の味方になるはず」と言う。なおも容が食い下がったが「涙は本物ではないと意味がなかったのです。結果として騙すようなことになったことは謝罪しますが、しかしこれで王女殿下は大手を振って共和国内で活動することができます」と事も無げに答えただけだった。


「だからと言ってやって良いことと悪いことが」容がなおも責め立てるが、フェリシアがそれを制するように口を開いた。


「大丈夫、ヨウ。心配してくれるのは嬉しいけど、ロイの言う通り、これで何の心配もなく次に進んでいけるから」


 容はまだ不満が残っていたが、当事者であるフェリシアが良いというのであれば、これ以上蒸し返すのもどうかと思い、そのまま黙った。


 ロイの家に帰ってきた3人は、ロイの勧めでもう休むことにした。それぞれの寝室へと行く。ベッドに横になった容は眠れそうにないと思った。今日一日だけで色々ありすぎた。自分の状況すら分からないのに、周りで起こっていることすらも分からない。寝て起きたら、また前の世界に戻ったりしていたりしないだろうか。これが全部夢で、自分は病院のベッドでそれを見ているというオチなのではないか。


 そんなことを考えている内に、余程疲れていたのか、いつの間にか眠りに落ちていた。



◆ ◆ ◆



 翌日、容が目を覚ますと、そこは病室ではなく、ロイが用意してくれた寝室だった。「ま、そうだなろうな」と一人つぶやきながらベッドから身を起こす。1階に降りていくと、リビングではすでにフェリシアとロイが朝食を取っていた。挨拶をして席につくと、ロイが新聞を手渡しながら「成功ですよ」と言ってきた。


 新聞を見てみると、1面に「ウィングフィールド王国女王暗殺未遂事件」という大きな文字が踊っていた。記事の内容を読んでみると、中立を装ってはいるが、王女に対しては同情的なものになっている。新聞は共和国で最も発行部数の多いものであり、他紙も多少の論調の違いはあれど、ほぼ同じようなものだとロイが教えてくれた。


 容は昨夜、ロイが言った言葉を思い出していた。フィリシアを騙すようなやり方に、憤りを覚えたが、結果はロイの言う通りになっている。今後も気をつけて接しないといけないのは変わらないだろうが、頼りにしても良いのかと思い始めていた。


「それで」とフェリシアが口を開く。「これからのことなんだけど」


 容にとってもそのことは気がかりだった。容はこの世界の人間ではない。この世界で生きていける基盤がないのだ。しかも、誰かを頼るわけにもいかない。自分でなんとかしないといけない。フェリシアの今後のことも気になる。ひとまず好意的に迎えられたのは良いことだが、これからどうすれば良いのだろうか? 一番良いのは……。


「ロイ、協力を要請します」


 フェリシアがロイにそう言う。容もそれがベストだと思った。この世界に、そして共和国の内情に精通しているのは、間違いなくロイだ。地下組織のスパイなどと聞くと、怪しい気もしないでもないが、逆に考えれば、それだけ情報が得られる可能性は高いだろう。ロイの組織がどれほどのものかは分からないが、少なくともフェリシア一人で生きていくよりはずっとマシなはずだ。


 ロイは王国の人間であるから、この提案には当然賛成するものだと思っていた。ところが、ロイの発言は耳を疑うものだった。


「お断りします。住居等は手配しますが、それ以上のことは出来かねます」

「何故だ?」思わず容が問いかける。ロイは無表情のまま、少し考えてから答えた。


「今回の件で、王女の安全は当面確保された反面、注目を集めるようになってしまいました。これは我々にとって、あまり望ましいことではないんですよ」


 そう言われると、確かにそうかもしれないと容は思った。ロイにしてみれば、早くフェリシアに新しい生活を始めさせて、縁を切るとまでは言わなくても、接触は減らしたいところだろう。しかし、フェリシアは引き下がらなかった。


「私がロイの仕事を手伝えばいいじゃない」

「恐れながら王女殿下。私の話を聞いて頂けましたら、そのようなことは」

「だいたいね、影でコソコソするのはどうかと思うわよ。この国は民主主義だって言ってたでしょ? だったら、堂々としていれば良いのよ」

「それが出来るのならば、我々としてもそうしたい所ですが、出来な」

「出来ない出来ないでは、何も出来ないわ。私をその組織に入れなさい。私が表の顔として活動すればいいんじゃない?」


 ことごとく発言を上書きされるかのように、責め立てられていたロイは表情こそ変えなかったが、小さくため息をついた。


「王女殿下の言い分は分かりました。しかし、我々の仕事というのは、誰にでも出来るものではありません。ひとつテストさせて下さい」

「テスト?」

「はい。王女殿下には、予定通り共和国の高校に通って頂きます」


 フェリシアは、そう言えば元々そういう話だったことを思い出した。共和国の大使が「王女の共和国への移送」の建前として「共和国でも随一の高校へ留学して頂きたい」と言っていたのだ。


「ここケンスブルグには『ケンスブルグ国立高等学校』、通常ケンスブルグ校というのがございます。ここに入学して頂きます」

「入学するだけ? それだけがテストなの? もしかしてテストの点数とか?」

「いえいえ、テストなどどうでも良いのです。それに王女殿下は優秀でございますから」


 お世辞、なのかなと容は思ったが、ロイの表情からみて、そうではなさそうだった。きっと王国内でもそれなりに勉学に励んでいたのだろう。では、テストとは一体なんだ? 容の疑問に答えるようにロイが言う。


「ケンスブルグ校では、生徒のことを学徒、と呼びます。そして、その学徒の長『学徒長』を決める選挙が、年に1度執り行われます。王女殿下には、学徒長になっていただきます」


 ロイが言う「学徒長になっていただきます」という言葉が、あまりにも「当然そうあるべき」なような口調だったので、容は一瞬「ロイが手引してくれるのか」と思った。しかし、ロイは「いえ、そのようなことは致しません」と否定した。


「この学徒会選挙には、王女殿下の力で勝ち上がって頂きます」


 ロイが言うのは、自分たちの仕事には政治的なことも含まれている。この程度のことができないようであれば、とても手伝ってもらうわけにはいかないということだった。それがどの程度困難なことなのかは、容もフェリシアも分からなかったが、ロイの口調からして「不可能ではないが、容易でもない」ということは伝わってきていた。


 容はフェリシアも返答に困るのではないかと危惧したが、フェリシアはロイの説明が終わると、間髪入れずに「やるわ」と即答した。そんな即決で良いのか? 容の心配をよそに、フェリシアは自信満々の様子だ。その自信は一体どこからくるものなのだろう? 王族というのは、皆そういうものなのだろうか?


 そんなことを考えながらも、容は自分自身のことも考えなければならなかった。ふと「俺はどうするかなぁ?」とつぶやいていた。視線を感じて隣を見ると、フェリシアが唖然とした顔で容を見ていた。ん? どうした? 容が聞こうとした時、フェリシアはそれを遮るようにこう言った。


「何言ってるの? ヨウも来るのよ」

「来るってどこに?」

「ケンスブルグ校に決まってるでしょう」

「あぁ、ケンスブルグ校にね――って、俺が!?」

「嫌なの?」

「あー……嫌とかそういうんじゃなくてだな」

「じゃ、決まりね」


 容の発言権は認められず、それで話し合いは終わりとなった。


(そう言えば、列車でフェリスを助けた時も、この展開だったよな……)


 容は思わず苦笑したが、悪い気分はしなかった。多少、フェリシアに惹かれていることは自覚していいた。しかし、それは恋愛感情などではなく、どちらかと言うと保護者的な意味合いだと思った。


 自分の国が接収されてしまい、その敵国に一人残された王女。俺が助けてやらないといけない。その使命感が自分を動かしているのだと、容は思った。

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