第18話 助言

「結局、3人しか見張りはいなかったってこと?」


 フェリシアが御者台で手綱を操りながら聞いた。隣に座っていた容は黙ってうなずく。手のひらをじっと見ていた。まだ剣の感触が残っている。


 正直なところ、自分があれほど「やれる」とは思っていなかった。


 容が捕らえられていた男を救出すると、部屋のドアが開いて2人の男がなだれ込んできた。ひとりは容と同じくらいの刃渡りの剣を手に持っており、もうひとりは別の男を後ろ手で締め上げて、こめかみに銃を突きつけていた。


「ヨウ、逃げて下さい」


 ロイが自分に突きつけられている銃をチラリと見ながら、苦しそうにそう言った。「抵抗するなよ」と銃身を更に押し付けながら男が言う。容はこの2人が、先程倒した男の仲間だと察した。まだ他にもいるのだろうか? いや、今はこの状況をなんとかしないといけない。


「ヨウ、早く」とロイが呻く。剣を持った男が、片手を差し出してきた。自分の剣を手渡せということか、と容は理解する。抱えていた男を先に床に降ろすと、容は剣の柄を逆さまに持ち、剣を差し出した。男の手が伸びて、容の剣を掴もうとしたその瞬間。


 容はもう一方の手で男の手を掴み、手前に引き込む。男は一瞬バランスを崩しかけるが、なんとか踏ん張ろうと態勢が前へと傾いた。そこへ容が剣の柄を男の顎へ叩き込んだ。男が目を見開きながら、膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「てっ、テメエ!」銃を持った男が、銃口を容に向けた。容は男の様子から一瞬で「この手のこと」には慣れていないのだと察していた。銃身がロイのこめかみに突きつけられていた時、指がトリガーにしっかりとかかっていなかった。首を締め上げている腕の位置も、あれではダメだ。ロイの顎が腕の中に入っているし、締め上げ方も弱い。


 俺なら一瞬で外して、逆に押さえ込みに入ることだって出来るのに、と容は思った。だから、男の銃口が自分に向いている今でも「これは当たらない」という確信があった。男は顔を引きつらせながらも雄叫びを上げてトリガーを引いた。


 案の定、銃の反動で銃口は上に逸れ、弾は容の遥か右を通過し天井へと着弾した。すかさず、容は踏み出しながら、剣を構え直す。そのまま勢いを付けて、男へと斬りかかった。「面」と言いそうになったが、いくら「斬れない剣」であったとしても、それでは殺してしまうと思い、少しだけ軌道修正をする。


 男の肩に剣がめり込み、何かが折れる音がした。男は声にならない声を出しながら、転がりまわった。容は剣を鞘に収めると、男の頭を掴み右腕を首に回した。「これはな、こうやるんだ」そう言って、男の首を締め上げる。


 先程の男よりも早く、その男は落ちた。容は男を床に横たえると、ロイの手を取った。ロイは珍しく唖然とした表情をしていた。「これは……想像以上でした」とつぶやく。それがフェリシアの言っていた「容は強いのよ」という言葉に対するものだと気がついたのは、少し後になってからだった。


 捕まっていた男を抱えると、ロイと共に割った窓から脱出した。「他に敵はいないのか?」と容が聞くと、ロイは「分かりません。しかし、あれだけの物音がしたのですから、いるのならば、とっくに増援に来ていたと思いますが」と答えた。いずれにしても、ここは早く逃げた方が良いだろう。


 容たちは屋敷の裏口に回ると、そこには事前に調べてあった裏門があった。そこの鍵を壊し、敷地から出ると左右を見渡す。「こっちこっち」という声が聞こえて振り返ると、薄暗い影の中に馬車が見えた。「早く乗って」


 そういうわけで、3人は無事にロイの仲間を助け出し、馬車でロイの家へと急いでいた。荷台では、ロイが仲間の治療をしていたが、思ったよりも怪我はないということで、今は容の後ろに座っている。


「ヨウ、助かりました」と素直に礼を言うロイ。フェリシアは事情を聞いて「ね、ヨウって強いでしょ」と何故か自慢げだ。ロイはうなずく。今は無表情に戻っており、何を考えているのか分からなかったが、どこか思案顔に見えた。


「いっそ、ヨウひとりでも、何とかなったんじゃない?」


 フェリシアは冗談めいた口調でそう言った。容は「そんなことはない」と照れ隠しのように言ったが、悪い気はしていなかった。列車でのこと、そしてこの屋敷での一件。容は、自分が思った以上にやれていることに気がついていた。


 元々仕事柄、格闘術においては、一般人よりは自信があった。それでもここまで動けるのは、自分でも意外だった。ただ、それが若返っている身体のせいなのか、この世界に来ることによって、身体能力が上がっているのかは分からなかった。


 ロイの家に着き、救助した男を寝室へと運ぶと、ロイはふたりの前に腰掛けた。2人に頭を下げて、もう一度感謝を示すと「借りが出来ました」と言った。そして「借りはすぐ返すのが信条なのです」と付け足した。


「あくまでも、私ならこうするということですが」そう断ってから、学徒長選挙についてのことを話し始めた。


「学徒たちが選挙で投票する時、どんなことを考えているか分かりますか?」

「どんなことって……」と考え込むフェリシア。容も「うーん」と唸るばかりだった。考えてみればそういう考え方はしたことがなかった。少し前にロイに指摘されたように、自分たちが考えた問題をどう解決するのかということだけに頭を悩ませていた。


「それは、例えば自分たちの意見を聞いてくれそうだとか、自分たちの考え方を尊重してくれるとか……」フェリシアが、少し自信のなさそうな声で言う。

「まぁ、そんな感じですよね。でも、実際にそんなことが可能でしょうか? 全ての学徒の意見を聞き、全ての学徒の考え方を尊重する。出来ますか?」


 容とフェリシアはその問いに答えられない。


「出来ません。そんなのことは不可能なのです」ロイは教師のような口調でそう言う。

「だったら……」フェリシアは反論しようとするが、続く言葉が見つからない。

「だから、あなたたちが演説する、と言っていたのに反対したのです。あなたたちが自分たちで問題点を見つけてそれを解決する、という演説になると分かっていましたから」

「じゃぁ、どうしたら良いんだ?」容は素直に聞いてみた。

「具体的な問題を見つけられないのであれば、見つけなければ良いのです」


 どういうことだ、と容は思った。確かにロイの指摘するように、学校に来て日の浅い容たちに、それは難しいということは分かっていた。


「先ほどの質問ですが、学徒たちは選挙の際、何を思って投票するのか? それは、さして何も考えていないんですよ。なんとなく、この人なら話を聞いてくれそうだ。自分の思っている問題を解決してもらえそうだ。その程度です」


 容とフェリシアは呆気にとられていた。ロイは構わず続ける。


「学校には色々な問題点があります。それは企業だって、国にだってあります。逆に問題のない組織などないでしょう。どこにだって、大小様々な問題があるんです」


 フェリシアがやや身を乗り出して来ていることに、容は気づいた。


「しかし、個々の問題点を選挙の争点にしてはいけません。それは、今のあなた方には無理難題というものです。もっと大きな視点でふんわりと語るべきなのです」

「ふんわり?」容とフェリシアが、同時に聞き返した。


「そう、ふんわりです。なんとなく、この人たちなら学校を変えてくれそうだ。なんとなく、この人たちならなんとかしてくれそうだ。その程度のことを訴えるのです」

「そう言われてもな」と容は困った顔をした。当たり前の話だが「なんとなく変えますよ」と演説するわけにもいかないだろう。


 ロイは紅茶を一口飲むと、話を続けた。


「もうご存知だと思いますが、この学校の学徒会、及びそれを率いる学徒長の権限はとても強いのです」


 容は、フェリシアが入学式典の時にそう言っていたことを思い出した。「学徒長は学校運営のほぼ全てに関わる権限と責任を持っている」と言っていたな。フェリシアもロイの言葉に首をコクリと縦に振った。


「それ自体は悪いことではないのですが、それ故、開かれていないのですよ。学徒長と学徒会に権限が集中しすぎて、生徒との距離感が非常に遠い。それは10万人を超える学徒数のせいもあるのですが、それでも学徒会が何かするにしても、学徒の同意を一々得るという行程がないのです」

「学徒会選挙しか、学徒の意見を反映する機会がないってこと?」とフェリシア。

「ええ。学徒会選挙は1年に1回。選ばれてしまえば……少し悪く言えば、やりたい放題なのです」

「そこが問題だというわけか」容は、なんとなくロイの言いたいことが分かった気がした。


「はい。今の学徒長、エミーリア・ゲートシュタインは比較的、良くやっているとは思いますがね。それでも学徒たちにくすぶる不満はなくなることはありません」


 ロイの言っていることの意味は理解した。しかし、具体的にどうするのが良いのか。容もフェリシアも答えが見つけ出せず、黙り込んでしまった。

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