第17話 救出作戦

 辺りはすっかり日も暮れて、暗闇に包まれていた。


 容とロイは、郊外のある屋敷の前に立っていた。ロープで塀を乗り越えて、中庭に降り立つ。膝丈ほどの雑草が生えており、手入れされてないということが分かった。中庭の奥には、2階建ての建物がうっすらと見えた。


「あそこを見て下さい」


 ロイが建物の窓のひとつを指差した。建物にはいくつか窓が設けられていたが、その全ては暗く、人の気配が感じられない。しかし、ロイの指差した窓だけは、隙間からわずかに光が漏れているのが見えた。


「あの部屋です」

「作戦通りで良いのか?」容が確認すると、ロイは黙ってうなずいた。


 容たちがロイの手助けをすると決めたあと、3人は具体的な作戦を練った。ロイによると、応援はほとんど期待できないとのことだった。夜が明ければ、多少は動かせる人間はいるのだが、それまで仲間の安全が保証されるわけではないので、できるだけ早く動いた方が良い。それに暗闇に紛れた方が、救出するには適している。


 ロイは「仲間が監禁されている部屋を見つけたら、私が離れた所に火を付けます。ボヤに気づいて、敵が集まってきたところで、容さんが仲間を救出して下さい」と言った。かなりざっくりした作戦だと思ったが、ロイに言わせれば「こちらの人数が少ない以上、あまり複雑な作戦は取れません」ということだった。


 フェリシアが「私は?」と聞いた。その瞳は輝いている。「こら、話聞いてなかったのか? 危ないんだぞ」と容が指摘するが、フェリシアは「私だって、何かの役にはたつよ」と言って聞かない。しかしロイは「馬車での待機」をフェリシアに指示した。


「えー」と不満を露わにするフェリシアに「いいえ、これはとても重要なのですよ」と言って聞かせていた。「逃走経路の確保は、作戦の内、最も重要事項です」と付け加えると、フェリシアもまんざらでもない顔になっていた。


 意外とチョロい奴だな、と容は思ったが、これを自分が言っても、きっとフェリシアは納得しないだろうとも思った。ロイが言うと、なぜか変な説得力があるのだ。冷静な口調のせいもあるだろうし、ロイは必ず「さも当たり前」のことのように、物事を話す。


 そこまで自信たっぷりに言われた方は「そうなのかな?」とつい思ってしまうわけだ。


 そんなことを思いながらも、容は明かりの漏れていた窓の下までやってきた。窓の端から、なんとか中の様子を伺おうとするが、隙間がほとんどないため何も見えない。諦めて中腰になると、腰の鞘から剣を抜いた。


 なるべく音を立てないように、と慎重に行ったが僅かに鉄のこすれる音がした。しまったと思いながら周囲を確認する。暗闇にやや目が慣れてきたお陰で、何があるのかくらいは目視できるようになってきたが、見える範囲には誰もいない。


 ホッとしつつも、壁に耳を当てて室内の様子も探ってみるが、こちらも物音はほとんど聞こえず、特に異常はなさそうだった。


 その時、遠くでガラスの割れる音が聞こえた。そして「火事だっ!」という声が聞こえてきた。ロイだ。建物は石材で出来ているので、火は付かない。だから火種を作っておいてから、室内に放火するという方法になっていた。


 ロイの声がしたのと同時に、部屋の中で人の走る音が聞こえた。2人、いや3人か。部屋のドアを勢い良く開けて、廊下を走っていく音が聞こえた。数秒待って、それ以上の変化がないことを確認して、容は剣の柄で窓ガラスを叩き割った。


 両開きになっていたガラス戸は、激しい音を立てて室内へと落ちていった。窓の枠に手をかけて、一気に室内へと転がり込む。部屋の内部は、壁にガス灯のようなものが2つ付いているだけで薄暗かった。


 それでも暗さに目が慣れていた容にとっては、眩しいくらいだった。部屋の隅に目をやると、椅子に座らされて後ろ手に縛られている男の姿が目に入った。これがロイの仲間か。容がそう確認した時、突然右手の方からひとりの男が雄叫びを上げながら飛び出してきた。


 そこはガス灯の光が届かない部屋の隅で、やや暗くなっている部分だった。しかも、ちょうど容の死角になっていたため、実際に飛びつかれるまで気がつくことが出来なかった。


 ただ、その男が雄叫びを上げてくれたお陰で、ほんの一瞬ではあるが、容が反応する時間が出来た。突進してくる男をギリギリのところでかわして、後ろへと下がる。容は剣を構えて男を見た。


 男の手には短剣が握りしめられていた。刃渡りはそれほどないものの、刃の両側にエッジが付けられている。ダガーか、と容は思った。以前に警察の講習で聞いたことはあったが、実物を見たのは初めてだった。ガス灯の光を反射して、それが鈍く光る。


 容はコンビニでの一件を思い出していた。あの時、刃物を素早く確保しておけば、あんなことにはならなかったのかもしれない。いっそ、腕をへし折ってしまっても良かったかもしれない。もっと注意すべきだったし、犯人に遠慮することもなかったのかもしれない。


 とは言え、実際にそこまですることが正しかったわけではない。いくら警察官だからと言って、犯人に何をしても良いというわけではない。それも分かっていたが、自分が刺されたことを思いだして、容は少し冷静な判断が出来なくなっていた。


 剣を構えると、男は怯んだような表情を見せた。容は構わず男に一撃を浴びせた。ロイからもらった剣は、エッジがほとんどなく「斬る」ということはほとんど出来ないようになっていた。試しに刃に触ってみたが、エッジがないどころかすっかり丸まっており、いくら指で刃先を触っても切れそうにない。


「あくまでも護身用ですから」とロイは言っていたが、容にとってもその方がありがたかった。西洋の剣は、日本刀に比べて切れ味は良くないと聞いたことがある。それでも「切れるかもしれない」というものであれば、容は流石に使うのを躊躇したかもしれない。


 無論、それでも鉄の塊には違いないので、場所によれば相手の命を奪うことにもなり得る。容は男の腕に剣を叩きつけた。剣道で言う所の小手だ。ほとんど振り上げずに放ったが、それでも剣を伝わって鈍い衝撃が伝わってきた。


 男は先程とは別の雄叫びを上げながら、打たれた腕をもう一方の腕で掴みながら苦痛に転がりまわった。すかさず容は男を確保し、首に腕を回した。そしてそのまま締め上げる。すぐに男の顔が真っ赤になり、手のひらで容の腕を外そうともがき出した。しかし、容は腕に込める力を緩めず、そのまま締め上げた。


 30秒ほどすると、男の手がガクリと床に落ちた。警察学校に入った時、柔道の授業で教官にかけられた技だった。当然、その時は容がこの男のように「落ちた」のだったが、今になって「習ってて良かった」と容は思った。


 男を床に転がせると、椅子に縛られていた男の方へと行く。別に腰に差していたナイフを抜くと、拘束していた縄を切った。男は憔悴しきっているようで、ひとりでは立てない様子だ。


 容が男を肩で担ぐと、廊下を走る足音が聞こえてきた。そして、銃声が1発。容が振り向くと、部屋と廊下を繋いでいるドアが、勢い良く音を立てて開いた。

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