第19話 公約
容たちはもう少し具体的にロイに話を聞こうとしたが、ロイは「すみませんが、後処理がありますので」と部屋に篭ってしまった。
容とフェリシアは自分たちの家に帰り、夜遅くまで話し合った。議論を深めれば深めるほど、泥沼にはまっているかのように、結論は遠くなっていく気がした。ふたりは話し合いながらも、いつの間にかソファーで眠りに落ちていた。
「ちょっ、待ってってば、ヨウ!」
「急げ、遅刻だぞ」
いつもは容が先に起きて朝食の準備をしてから、フェリシアを起こしていた。ところが今日に限っては、昨日の疲れと寝不足もあってか、容が目覚めた時には、すでに始業に間に合うかどうか、という時間だった。
息も絶え絶えのフェリシアと、比較的余裕を残している容が校門にたどり着いた時、そこに立っていた女学徒の「あら? 今日は随分余裕ですね」という嫌味にも似た声が聞こえてきた。容が振り向くと、そこにはソフィアが立っていた。
「ソ……フィ……ゼェゼェ」フェリシアが鋭い視線を向けようとするが、それよりも酸素を、という状況らしく言葉にならない。容が「久しぶりだな、ソフィア」と代わりに答える。ソフィアは余裕たっぷりという笑顔で「学徒選挙、まだ活動なさってないようですが、そちらも余裕なのでしょうか?」と聞いてきた。
ようやく呼吸が整ってきたフェリシアが「言われなくても、今一生懸命やってるところよ」と返した。
「あら、そうなんですか? 実質的な活動は何もされてないと、私は聞いていますけど?」
「それは、あなたの耳に入ってないだけじゃないの? お嬢様」
「元王女様に、お嬢様呼ばわりされるとは、光栄に存じますわ」
「言っておきますけどね。私はあなたのような、お金持ちの世間知らずとは違うのよ。王国では、いつでも城下町に出て、触れ合ってきたんだから」
「なんですって。あなたにだけは『世間知らず』などと言われたくないわよ」
「あら、図星だったのかな?」
「おい、お前たち。ちょっと待て」そろそろ頃合いだと思った容が、間に割って入る。「急がないと、どちらも遅刻になるぞ」そう言って、フェリシアの手をつかむと、校門の中へと引きずって行った。
「じゃぁな、ソフィア。また今度」と容が手を振ると、ソフィアは少し顔を赤らめながら「ふん、まぁせいぜい頑張って下さいね」と言い残し走り去って行った。「俺たちも急がないと」と容が言うが、フェリシアはどこか不満そうな顔をしていた。
お昼休みに、容とフェリシアは、凪沙を交えて作戦会議を行った。凪沙に昨日の出来事を説明すると、彼女は「なるほどぉ」とコクコクうなずいた。
「と言われても、何をすべきか考えても答えが出てこないのよ」とフェリシア。
「個々の問題点は争点にしてはいけない。しかし、開かれていない学校という問題点はある。ロイはそう言ってたけど、矛盾している気がするんだよな」と容も頭をひねった。しばらく目をつむって考え込んでいた凪沙が、カッと目を見開くと、こう提案してきた。
「意見を吸い上げる方法なら『意見箱』みたいなのは、どうでしょうか!?」
容が「目安箱か!?」と言うと、ふたりは「メヤ……?」と目を丸くしていた。そうか、目安箱は通じないのか、とがっかりしながらも「そう言えば目安箱の目安ってどういう意味だ?」と思った。
変なことを考え込んでいる容に構わず、フェリシアは「それ、いいね」とすっかり乗り気になっていた。「だったら、もらった意見を反映させる場も欲しいよね」と追加の提案をする。
ようやく目安の世界から戻ってきた容も「月一くらいで意見交換会をするのはどうだ? 集まった意見について話し合う場」と言ってみた。
「月一って結構大変じゃないですか?」と凪沙が聞く。
「でも、あんまり間を開けると、逆に意見が溜まりすぎて、それはそれで大変じゃないか」と容が反論する。
「確かに、ヨウの言う通りかも。大変かもしれないけど、間隔は短い方が良いと思う」とフェリシアが同意した。
「あぁ、そうですねぇ。それに、よく考えたら、自分が出した意見がどうなっているのかって、気になりますもんね。早い方が良いですよね!」と凪沙も納得した。
「じゃ、選挙で訴えていくことは、そのふたつで決まりね」
フェリシアがそう締めて、凪沙がノートにそれを記入した。
「凪沙。悪いけど、早速ポスターの制作に取り掛かってくれる?」
「了解ですっ! ええっと、3日……いえ、2日下さい!」
「うん。でも、そこまで急がなくてもいいよ。ヨウは演説の申請をお願いね。来週の早いうちにやりたいから」
「あぁ、分かった。授業が終わったら、行ってくる」
容は時間を確認しようと、ふと腕時計を見る仕草をした。当然そこには腕時計はない。そこで「あぁ、そうか」と思った。そう言えばここに来た時に、服以外はなくなったんだった。
左腕をあげたまま考え込んでいる容を見て、フェリシアが「どうかしたの?」と聞く。容が説明すると「この前街に出かけた時に、時計売ってたわよ」と言った。容は一瞬考え込んで「あぁ、懐中時計のことか」と理解した。この世界に来てから、腕時計というものに出会ったことがなかったからだ。
フェリシアの言っていた懐中時計は、確かに容も見た。しかし、いずれにしても、とても手が出せるような価格のものではなかった。だから「まぁ、多少不便だけど、今は良いかな」と言っておいた。フェリシアは、さほど興味がなかったのか「ふーん」と言うと、凪沙とポスターの話をし始めた。
その夜、容とフェリシアは、再びロイの家を訪れた。昨夜の救出劇に関して、僅かながら報酬が出るとの連絡が入っていたからだった。フェリシアは「別にいいんじゃない? 色々助言も、もらったんだし」と言ったが、家計を預かっている容は「いや、もらえるものはもらえる時にもらっとかないと」と主張した。
ロイの家に着くと、ふたりは昨日助けた男の安否を確認した。ロイは「あまり詳しくは言えませんが、おかげさまで大丈夫です」と答えた。容はロイから報酬を受け取ると、上着のポケットにしまって、今日決めたことを報告した。
選挙戦の過程をロイに報告する義務はないのだが、ロイの助言によって出たアイディアなのだから、なんとなく言っておくべきだろうと思った。ロイは黙って聞いていたが、聞き終わると「良いと思いますね」とだけ言った。
「その方法なら、具体的な問題点は提示しない。しかし、問題点を解決したいという姿勢は表すことができます」
「でしょ!? まぁ、新しく入った凪沙って子のアイディアなんだけどね」
「そう言えば協力者は見つかったのですね」
「あぁ、まだひとりだけどな」
ロイが少し顔をしかめているように見えたが、一瞬のことでありすぐに元通りの無表情に戻る。
「協力者は多い方が良いですから、その点もお忘れなく」
「そうなんだよねぇ。でも、なかなか聞いてくれる人も少ないからね」とフェリシアが、肩を落とす。なんとなく、空気が重くなりそうなのを察して、容が「ま、でも。これが上手くいけば、その内賛同者も出てくるって」と元気づけようとした。
黙ってうなずくロイ。彼は「良い案だ」と賛同してくれたが、容は少し引っかかっていることがあった。それはロイが感情を出さずに話す影響かもしれないが、容自身にとっても自信が持てない部分でもあった。
「これで……学校は変わるのだろうか?」
恐る恐る口を開く容に、ロイは即答する。「変わりませんよ」
「おい」
「前にも言ったように、全てのことなど出来るわけがありません。意見を募ったところで、それはあくまでもガス抜き程度の役割しか持ちません。選挙戦では良い案となるでそうが」
「そりゃそうかもしれないけど、折角やるんだからもう少し、希望が持てるようなことが言えないのか?」
「事実ですから」
先程から黙って聞いていた、フェリシアが突然立ち上がった。
「変えてみせるよ」
まっすぐ見つめてくるその瞳には、燃え上がる炎が映し出されているように、容には思えた。
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