第20話 活動開始

 ロイの家を訪れた翌日から、容たちは早速活動を再開した。


 容は選挙管理事務所へ行き、演説の許可申請を行った。凪沙はその日程を確認して、校内に張り出すポスターと、手撒きビラの制作を行う。ポスターとビラは、選挙管理事務所へ原版を提出すれば作ってくれるというのを聞いて、容は「今月の食費を削らなくて良かった」とホッとした。


 フェリシアのことは説明するまでもなく、凪沙は既に知っていた。それも含めて「王女様なのに、王女様らしからぬところが良い!」とも言っていた。一方、容のことは詳しく説明していなかった。再会した時に、うっかり変なことを口走って凪沙の好奇心を煽った容だったが、その後は「フェリシアの旧知の友人」という設定にしておくことにした。


「あ、そうなんですね! 私てっきり、ヨウさんってフェリシアさんのお付の人かと思ってました!!」と言われた時は、流石に容も凹んで、思わず本当のことを言おうとした。しかし、隣で笑いを堪えているフェリシアを見て「おい、フェリス」と一言申し立てたくなり、その場は有耶無耶になってしまった。


「そういや、選挙活動も良いけど、俺たちのお互いのことをもっと知っておくべきかもしれないな。協力してやっていくんだし」


 授業の終わった教室の一角で、出来上がったポスターを確認している時、何気なく容はそう口にした。フェリシアは「そうね。確かにヨウの言う通りかも。自己紹介くらいしかしてないものね」と賛成した。「いいですね! それだったら、一緒にお食事とかしながら、語り合うっていうのはどうでしょうか!?」と凪沙が提案し、その日の夕食を共にするということになった。


「そうは言っても、確か今月ピンチだって言ってたけど……」とフェリシアが心配そうに容の顔を覗き込んだ。容は「いつの間にか元王女に家計の心配までさせるようになっていたのか。あまりにも小姑のようなことを言い過ぎたからかな」と反省したが、フンと胸を張るとポンポンと上着のポケットを叩いた。


「ロイからもらった報酬があるからな!」


 フェリシアは「あっ! そう言えばそうだったね。流石ヨウ!」と上機嫌になり、凪沙は「ロイ……さん?」と不思議そうな顔をした。「あぁ……。また後で詳しいことは話すけど、まぁフェリスのおじさんみたいなヤツなんだ」と容が説明する。


 こうして3人は、一旦家に帰ってから街にあるレストランで待ち合わせることにした。このレストランは、以前入学前に街に出た際に、フェリシアが「いいなぁ」と言っていたお店だった。店頭に置かれていたメニューボードを見る限りでは、そこまで高級なレストランではなかったのだが、あの時は容の「節約魂」によって却下されたのだった。


「あっ! ヨウさーん、フェリスさーん!」


 店頭に立っていた2人を見つけて、凪沙が手を振りながら走ってやってきた。3人は店に入り席につくとメニューを眺めた。


「ヨウ、ご予算は?」とフェリシアが恐る恐る聞く。凪沙も固唾を呑みながら、それを見守る。容はニヤッと笑うと「ここにある一番高い料理を3人食べても、全く問題ないくらいはある!」と言った。注文を済ませると、容は本題に入ろうと口を開いた。



「一応ここだけの話にしておいて欲しい」と断ってから、容とフェリシアは学校に来るまでの経緯を凪沙に話した。始めはどこまで話したものか、と思ったが、これから一緒に活動をしていく仲間であるならば、包み隠さず言うべきだと思って、全て話した。


 話は当然長いものになり、容が話し終えた時には、既に3人とも食事を終えていた。フェリシアと凪沙のテーブルの上には美味しそうなデザートが、容はコーヒーを飲みながら「ま、長くなったけど、そんな感じだ」と締めくくった。


 容がフェリシアに「生まれ変わったみたいだ」と言った時、彼女は何の疑いも挟まずに、それを信じた。しかし、その反応は一般的なものではないだろう、と容は思っていた。だから、凪沙に正直に話すということが、どういう反応になるのかは分からなかった。


 ある程度の誤解は受けるものと覚悟していたのだが「凄い! ヨウさんは異世界から来た人だったんですね!」と、何故か感激している様子だった。


「凄いと言われても困るんだが」

「いいえ! 凄いですよ。あぁ、本当にあったんだ異世界……」

「ええと……?」


 困惑する容に、凪沙は畳み掛けるように言う。


「知らないんですか!? 今、共和国では空前の異世界ブームなんですよ? 主に若年層をターゲットにした作品が多いんですけど、この冬には注目の話題作『異世界から来た男』が公開されますし――」


 そう言えば、元の世界でもそう言うの流行ってたような。少し趣向は違うようだが。容は苦笑いしながら、まくし立てている凪沙の話を聞いていた。凪沙が話し終えるのを待って、容は彼女のことを聞いてみた。


「皆さんほど、面白い話はないんです」と、少し照れ笑いしながらも、この学校へ来た理由などを話してくれた。凪沙によると「ケンスブルグ校は、成績次第では授業料が免除になりますから」と、それが志望動機だと言っていた。どうやら、凪沙の家は裕福ではないらしく、両親へ負担を掛けたくないという彼女の思いから、この学校へ来ることになったらしい。


 3人はその後もしばらくお互いのことを話し合った。店の閉店時間が近くなり、客席もまばらになってきた頃、フェリシアは「でも、こうやって話せて良かったよね」と言った。容は賛同し大きくうなずく。


「3人だけのチームですからね」と凪沙はコップの縁を指で撫でながら言った。

「もうちょっと協力者は欲しいところかもな」容は腕組みして考え込んだ。

「そうだね。活動自体はそれほど人が要らないかもしれないけど、賛同者は欲しいよね」フェリシアがそう答えると、凪沙は「賛同者……‥と言えば」と顔を上げた。


「賛同者と言えば、部活動ですよ」

「部活動? クラブ活動みたいなやつ?」

「そうです、そうです。ケンスブルグ校には、たくさんの部活動があるんですけど、選挙では、その部の公認を得ることも重要だって聞いたことがあります」


 凪沙によると、部の公認を得ることは選挙活動において違法ではなく、認められているとのことだった。部の公認を得たからと言って、部に所属している学徒の票が確実に候補者に入る保証はない。あくまでも部として、候補者を応援するということだけ。部の公認はいくつあっても良く、現学徒会長のエミーリアは、過半数以上の部から公認を得ているとらしい。


 容が一番驚いたのは「公認を得るために、候補者が部に対して利益を供与しても良い」という部分だった。


「金で票を買えるということか?」

「まぁ、そうとも言えますが、立候補者が個人的に資産家であろうとなかろうと、お金を集められる能力というのも、重要視されているということらしいです」

「いや、しかし……」


 その行為は容のいた国では厳格に違法行為だったはずだ。無論、表立ってなされていないだけであって、裏では色々あるということは容も知っている。しかし、それが堂々と行えるというのであれば、ソフィアに有利になることは間違いない。


「だから、今回対立候補がフェリスさん以外出てこなかったわけです」凪沙はそう言うと「でも、部の中には、お金だけでは動かないものもありますから、まだまだチャンスはあるんですよ」と元気づけようとした。


「特にケンスブルグ校、最大の部『報道部』は絶対にお金では動かない部だと言われています」

「報道部? あぁ、あの時々新聞を配っている?」容が思い出しながら聞く。

「そうです。あと、廊下などにも号外を貼ったりしていますよね。報道部は部員最大の部であり、他の部への影響力も強い部なんですよ」

「それなら、なんとか報道部を味方につければ、選挙戦も優位に立てるんじゃないの?」フェリシアが身を乗り出して言った。

「そうなんです! でも……」

「でも?」

「でも、報道部は創立以来、中立の立場を守っているんですよね。エミーリア学徒長ですら、報道部の公認は得ていませんし」


 かなり難しそうな話だな、と容は思った。フェリシアと一緒に報道部に交渉しに行っても良いが、断られる確率の方が高そうだ。それなら、自分ひとりでまず感触を確かめに行くのが良いだろう。そう思って「俺が明日にでも訪ねてみるよ」と言ってみた。


 それを聞いたフェリシアの顔が少し曇り「私も行くよ」と主張する。容も深く考えて言ったことではなかったので「そうか。じゃ、日程を決めて全員で行くか」と答えた。

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