第21話 初演説

 3人の話し合いがあった翌日の朝。フェリシアは校舎の昇降口に立っていた。足元には木製の台が置かれている。これは元々果物などを運ぶ際に使われていた箱で、フェリシアが商店に頼み込んでもらってきたものだった。


 フェリシアは「そのままで良いよ」と言ったが、容は「見た目も大切だ」と、それを白色の塗料で塗装した。このお陰で外見上は、なんとなくそれらしい「お立ち台」に見えるようになった。


 フェリシアはその台の上に立った。隣には容が直立不動の姿勢で立っていて、更にその隣には凪沙がポスターを両手で広げて持っていた。フェリシアはスゥッと息を吸い込むと、ゆっくりと深呼吸した。


「登校中の皆さん。おはようございます! 学徒長選挙に立候補しているフェリシア・ウィングフィールドです!」


 まだ投稿してくる学徒はまばらだったが、フェリシアはそのひとりひとりに視線を合わせながら、演説を始めた。自分が、王国の元王女であることも隠さず話した。ただ、ロイの助言もあり、政治的なことには深く踏み込まなかった。自分が王国で過ごした日々のこと、どういう幼少期を過ごしてきたのか、どのように教育されてきたのかといった、王国での生活に焦点を当てた話をした。


 はじめはチラッと見ただけで素通りする者、フェリシアと目が合った瞬間目を逸らす者、あからさまに遠回りをして行く者などが多かったが、王国での王女の私生活というのは、共和国に住む者にとって興味深い話であったらしく、徐々に立ち止まって聞き入る者が増えてきた。


 容は緊張しながらもそれを見ていたが、あまり聞いたことがなかったフェリシアの話に、いつの間にか自分も夢中で聞いてしまっていることに気がついた。フェリシアの話によれば、彼女は王女様というには似つかわしくない生活を送っていたようだった。


 容の想像で王女と言えば、きらびやかで豪勢な生活をしていると思っていた。なに不自由なく、食べたいものを食べ、着たい服を着て、やりたいことをやる。そういうイメージだった。


 しかし実際のところ、フェリシアは国王の教育方針もあってか、幼い頃から厳しく躾けられて育てられた。例え家臣であっても横柄な態度は許されず、常に敬意をもって接するように求められたし、それは国民に対しても同じことであった。


 容が一番驚いたのが、共和国で言うところの中等部、容にとっては中学校では、一般の国民に混じって教育を受けていたという話だった。ある日、クラスメイトと口喧嘩になった際、国王自らが学校に赴き、生徒たちの目の前でフェリシアを叱ったというエピソードも語られた。「あの時は、私が悪かったので、お父様の言うことが正しかったのだと今でも思っています」


 容はなんとなく、フェリシアが「王女様らしくない」理由が分かった気がした。一方で、王族としての責任についても厳しく教えられてきたらしく「私は王族として国民の模範となるような行動を取るよう、教えられてきました。それは、この共和国に来ても変わりません」と言った。その言葉を聞いた学徒の一部からは、拍手が上がるほどで、今まで想像でしかなかった王女という存在が、等身大の人間として目の前にいることを実感させていた。


 演説はある程度学徒が集まった辺りで、核心へと移っていき「開かれた学徒会」「意見箱の設置」「月一の意見交換会」などの具体的な施策を訴えていった。冒頭の話で、すっかりフェリシア贔屓になってしまった学徒からは歓声が上がったが、一部の生徒は冷ややかな反応を示していた。


 30分ほどの演説を終えて「今日は、お聞き頂いてありがとうございました!」と3人で礼を言うと、半数ほどの学徒は「良かったよ」「応援してるから」「必ず投票するからな」といった好意的な感想を述べていた。容自身も、フェリシアの演説が想像以上のものだったことから、すっかり気を良くしていたが、それでもあの噴水での演説に比べると、やや物足りない反応なのではないかと思った。


(まぁ、あの時の演説は、どうせロイのことだから新聞社以外の「仕込み」があったのだろうが)そう考えると、初めての演説でこの反応はほぼ満点の出来だと言っても良いのだろうか、とも思った。


 台から降りたフェリシアは、まだ続く学徒たちの応援の声を聞きながら、改めて緊張しているように見えた。一通りお礼を言って学徒たちが去って行くと、3人は目を合わせて満面の笑みを浮かべる。


「やりましたね! 大成功じゃないですか!?」

「そ、そうかな? 変なとこなかった? 途中、ちょっと声が上ずったりしてたんだけど」

「いやいや、あの方が良かったと思うぞ。あまり流暢すぎても、聞く方からすると胡散臭く思えてくるものだしな」

「そうですよ! 100点、100点満点ですよ! 私まで感動しちゃいましたし」


 もう少し余韻に浸っていたいところだったが、授業があったので一旦そこで解散して、夕方にもう一度集まることにした。


 夕方、3人は選挙管理事務所から「選挙準備室」として割り当てられた部屋へと集合した。そこはかつて倉庫として使われていた部屋だったらしく、埃っぽく散らかっていたのだが、3人で掃除をしたので、今では立派とは言えないまでも、使える部屋にはなっていた。


「それにしても、対立候補のソフィアさんは、もっといい部屋を割り当てられているそうですよ」凪沙が不満そうな顔をした。

「その辺りが、待遇の差ってところなのかもな。もしくは資金力の差かも」容はお湯を沸かし、紅茶を淹れていた。

「でもまぁいいじゃない。選挙に勝てば、あの学徒会棟に入れるんだから、それまでの辛抱よ」フェリシアがカップを机の上に並べながら言う。


「そうですよね。あの真っ白の学徒会棟。憧れますもんねぇ。ま、今日のフェリスさんの演説は良かったですからね。この調子なら、きっと勝てますよ」

「そうかな? ま、これからの活動次第ってとこ?」

「そう言えば、部の訪問に行く予定だったな」

「あ、そうだったね。すっかり忘れてた」


「よし、じゃぁ俺がいくつか回って感触を確かめてくるから、フェリスと凪沙は明日の演説のことを確認しておいてくれ」と容が立ち上がる。先程まで笑みを浮かべていたフェリシアの表情が一瞬曇った。


「ちょっと、私たちも行くって、昨日言ったじゃない」

「あ……。そうだったな。悪い悪い。じゃ、お茶飲んだらみんなで行くか」


 一見他愛もない会話だったが、凪沙はどこか変な雰囲気だと感じた。容はさほど気にしてない様子だったが、問題はフェリシアの方だった。昨日も同じやり取りをした。その時の反応も同じで、どこかフェリシアは不満に思っているのではないか。


 ただ具体的にそれが何なのか、ということは分からない。それに、もしかしたら思い過ごしかもしれないし、と紅茶がたてる湯気を見ながら思った。




 3人はやや日の傾きかけた校舎を歩いていた。


 容たちは既に4つほどの部を回っていた。ケンスブルグ校には、意外なことに運動系の部活動は少ないことが分かった。容の知っているスポーツも全くなく、格闘技系の部が2つに、球技系の部が3つ。後は野外活動系の部がひとつあるだけで、残りは全ていわゆる文化系のものばかりだった。


 最大の部「報道部」の前に回った部は全て、門前払いと言って良いほどの対応だった。いくつかの部から聞けた話では、既にソフィアからの金銭的援助を受けている部もあり「援助されるとねぇ」と言葉を濁された。


「ある程度は予想していましたが、想像以上にソフィアさんの手が早いですね」


 凪沙ががっかりした様子でそう言った。容はそれにうなずきながらも「だが、部の公認が得られなかったからと言って、選挙戦が絶望的になるわけではないだろう」と励ます。


「ところが、そうでもないみたいなのよ」とフェリシアが口を開く。「気になって少し調べたんだけど、部の公認がない候補者は『学徒会運営の能力に欠ける』と見られるらのしいのよね」

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