第22話 旧友

「どういうことだ?」

「学徒会の運営には部の協力も必要になってくるらしいの。特に予算配分の会議などは、部の要求を仕切らないといけないこともあって、たくさんの部の公認を得ていた方が、より円滑に運営できる、ってことらしいのよね」

「へぇぇ、私もそこまでは知りませんでした」と凪沙が目を丸くして驚いた。

「うん。まぁ、私もそこまで詳しくはないんだけどね。いずれにしても、どこかの部からの公認がないと、難しいのは確かよね」


 そう言っている間に、容たちは目的の場所へ着いた。目の前には1枚の扉があり、その上には「報道部」と書かれた木製のプレートが掲げられている。容がノックをすると、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。


「失礼します」と中へ入ると、ちょっとした教室くらいの広さほどの部屋になっていた。部屋の中央にはいくつもの机が縦にならんで置いてあり、どの机も資料などで溢れかえっている。部屋の奥には少し大きめの机が置いてあり、そこが部長の席だと分かったが、今は誰もいない様子だった。


 容たちが部屋に入ると、中にいた学徒が一斉に注目を浴びせてきた。思わずギョッとしたが、そのほとんどがあっという間に元の作業に戻ってしまった。ホッとしていいのかどうか分からないでいると、ひとりの女学徒と目が合った。正確にはその学徒は容ではなく、隣に立っていた凪沙を見ていたようだったが、当の凪沙はキョロキョロ辺りを見回していて気がつく様子もない。


「何かご用でしょうか?」


 別の学徒が容たちに近づいてきて話しかけてきた。フェリシアが自分の名前を名乗ると、その学徒は「あぁ、もしかして選挙協力の件でしょうか?」と半ばうんざりしたような顔をした。フェリシアは肯定し、説明を続けようとしたが「いえ、結構です。お引き取り下さい」と取り付く島もない様子だ。


 何度か粘ってみたものの「部長から、その手の話は断るように言われておりますので」と言って聞かない。あまりにしつこいのも逆効果だと思い、容はフェリシアの肩を叩き「出直そう」と提案した。フェリシアもそれに同意して3人は礼を言うと、部屋を出た。


「思っていた以上に厳しいですね」と凪沙が肩を落とす。「初回からいきなりOKがもらえるとは思ってなかったけど、話すら聞いてもらえないとは思ってなかったわね」フェリシアの表情も少し曇っていた。


 報道部の部室の前で、しばらく途方に暮れていた3人だったが、容の「もう少し他の部も回ってみるか」という言葉にうなずくと、来た道を戻り始めた。しばらく歩き、階段を降りようとした時のこと。誰かが廊下を走ってくる足音が聞こえた。


「あの……ちょっと待って下さい」


 足音の主は少し息を切らしながら、そう話しかけてきた。容たちが振り向くと、そこにはひとりの女学徒が立っていた。なんとか息を整えようとしているが、よほど急いて走ってきたのか、頬が少し赤くなっていた。


「あ、あれ?」その女学徒を見た凪沙が驚いたような顔になっていた。女学徒はようやく落ち着いたようで「やっぱり」と笑うと、小走りで凪沙の方へとやってきた。


「もしかして、英里ちゃん?」

「そうだよぉ、久しぶりだね。凪沙ちゃん」


 ふたりは両手を繋いで、キャッキャッと喜んでいた。その様子を見ていた容が「なんだ? 凪沙の友達か?」と尋ねると、英里と呼ばれた子はビクッと動きが止まり、凪沙の影に隠れるように背後に回ると、カタカタと震えだした。


「あぁ、ごめんなさい。この子、私の初等部の時のお友達で、笹原英里ちゃんって言います。英里ちゃん、ちょっと人見知りが激しいので」

「あぁ、そうか。すまなかったな」

「いえいえ。英里ちゃん、こちらは私のお友達の容さんとフェリシアさんです」

「よろしくね、ええっと、英里ちゃんって呼んでいいのかな?」フェリシアがそう尋ねると、英里はカクカクとうなずいた。

「柏崎容だ。驚かせたみたいですまなかったな」と容が手を差し出すと、英里は震えながらもそれを掴んで、必死で何度か振ると、再び凪沙の影に隠れた。


「そんなに俺、怖く見えるのか?」と聞く容に、フェリシアは「んー、まぁ私も初めはちょっと怖かったかな?」と答えた。

 

 ショックのあまり階段に腰掛けて落ち込む容。凪沙と英里は少し離れたところで、話し込んでいた。「まぁ、私も凪沙も今は大丈夫だから。可愛いって言われるよりは良いでしょ?」とフェリシアが慰めていると、凪沙が「ちょっと良いですか?」と近づいてきた。


「絵里ちゃん、今報道部に所属しているらしいんですよ」

「え、そうなの?」フェリシアの問いに、英里はコクンとうなずく。

「それで、なんとですね。英里ちゃんのお姉さんも報道部で、しかもですね」妙に凪沙はもったいぶった話し方をしていた。容は続きを促したかったが、相変わらず凪沙の影で怯えた表情を見せている英里を見て、止めておこうと思った。


「報道部の部長さんをやっているらしいんですよ!」


思わず「おぉ」と容とフェリシアがハモる。「それで、さっきの話を絵里ちゃんが聞いていたらしくって『お姉さんに紹介しても良い』って言ってくれています」


「わー、本当に? 良いの、絵里ちゃん?」フェリシアが聞くと、英里は少し嬉しそうに首を縦に振る。

「そうか、なんか悪い気もするが、よろしく頼む」と容が言うと、英里は再び凪沙の影に隠れながらコクコクとうなずいた。


 そういうわけで、3人は再び報道部へと戻ってきた。今度は門前払いではなく、部室の奥にある応接室に通されていた。5分ほど待つと、コンコンというノックの音が聞こえてドアが開いた。


 まず英里が、それに続いてひとりの女学徒が部屋に入ってきた。容たちは立ち上がり、挨拶をしようとしたが「時間が勿体無いですから」とそれを手で制して「皆さんのことは当然知っています。私は笹原聡美、報道部部長。そしてここにいる英里の姉です」と言った。


「それで、今日はお願いがあって」とフェリシアが言いかけると、聡美は「分かっています。選挙のことですよね」と、それを遮るように言った。


「実は既に、もうひとりの候補者、ソフィア・モーランからも、同じような要請を受けています」聡美の言葉に、容は「やっぱりそうか」と思う。そして続く「我が報道部は、機材などの資金的援助も提案を受けました」という言葉を聞いて絶望的だと感じた。


「それで、あなたたちは、何を提供できるというのでしょうか?」聡美が鋭い眼光でフェリシアを見つめた。フェリシアはしばらく黙ったままだった。容はいてもたってもいられなくなり、思わずフェリシアの顔を見たが、彼女の表情からは迷いが感じられなかったので、そのまま見守ることにした。


 やがて、フェリシアが口を開いた。


「私たちは、資金的には何も援助できません。しかし、学校を改革する案を持っています。私たちが提供できるのはそれだけです」


 そう言ってから、3人で話し合った「開かれた学徒会」について必死で話し始めた。それは昨日の演説にも負けない熱気を持っていた。フェリシア自身は、それを意識してやっていたわけではなかったが、3人で作ったものを代表しているのだという気持ちがあったことから、なんとしてもそれを理解して欲しいという気持ちがこもっていた。


 微動だにしないまま聞いていた聡美だったが、話が一段落すると軽くうなずき「あなたたちは資金的には何も提供できない。できることは、学徒会の閉塞感を変えることだけだ、とそういうわけですね」と念を押すように尋ねた。


 それにフェリシアが同意すると、聡美は「良いでしょう」と短く答えた。容を含めて、誰もその言葉の意味が理解できなかった。良いとは、選挙協力に応じるということなのか? それとも話としては分かったということなのか?


 しばらく沈黙が支配していたが、それを打ち破るように聡美が再度口を開いた。


「選挙協力の件は承知した、ということです」


「えぇ? 本当ですか!?」と思わずフェリシアが驚いた表情になる。

「ソフィア・モーランからの資金提供はまだ受けていませんし、それを受ける予定もありません。我々は独立した報道機関として、そのような見返りを求める要請は受けるつもりはありません」

「では、我々の要請を受けた理由は?」思わず容が尋ねる。

「それは、あなた方の言う「開かれた学徒会」という考え方に賛同出来ると思ったからです。私自身も、そして現学徒会長のエミーリア・ゲートシュタインも、従来の学徒会のあり方に問題があるとは思っていました。ただ、色々しがらみがある人間は、なかなかやれないことも多いのです」

「しがらみ、ですか?」しばらく黙って聞いていた凪沙も、メモを取りながら聞き返した。

「私はともかく、エミーリアは共和国でも名門一族の娘なのです。このケンスブルグ校の創立にも携わっている一族なのです。だから、新しいことを始めようとすると、横槍が入るんですよ」


 容は自分のいた国のことを思い出した。世界は違えど、やはり似たようなことは起こるものなのか。権力を握る学徒会。学徒会が自ら変わろうとしてもそれを許さない勢力。いかに権力があろうとも、その後ろ盾の存在の意向を無視するやり方は、難しいものだ。


 そう考えると、王国出身のフェリシアにとっては、そういうしがらみもないわけで、改革を起こす手としては適切なのかもしれない。ただ……。


 容の頭に一抹の不安がよぎる。それを知ってか知らずか、聡美は「あなたはやりやすいかもしれません。ただ、やり方を間違えると大変ですよ」と言った。そうだ、やり方が大切だ。古いしきたりを壊す場合「新時代をもたらす改革者」となるのか「良き伝統を壊す破壊者」となるのかでは、捉えられ方が違う。


 前者なら歓迎して迎えられることがあるが、後者なら批判を浴びる可能性がある。


「私たちは、その点で協力できるかと思っています」


 聡美は、報道を通じて「新しい学徒会を作っていく」ということを、丁寧に説明していくことを約束した。ただし、報道部として公認はするが、当然「票」の約束はできないとも言った。それはいずれの場合でも同じことなので、フェリシアは同意した。


 容たちは、礼を言ってから報道部を後にした。


「よかったですね!」と満面の笑みで凪沙が言う。「考え方によっては、一番良かった展開かもしれないな」容も同意した。「あとは、演説でどこまで分かってもらえるかだよね」とフェリシアは改めて気合を入れた。


「お、お役に立てましたでしょうか……?」


 相変わらず凪沙の影に隠れながら、英里がおずおずとそう尋ねた。聡美から「あなたは、フェリシアに付いて最新情報を仕入れなさい」と言われ、しばらく容たちと行動を共にすることになった。「もちろんだよ。これからもよろしくな」と容が言うと、凪沙の服をギュッと掴みながらも「よよ、よろしくお願いしますっ」とペコリとお辞儀した。


「あとは、選挙資金がもう少しは必要かもな」と容が言うと、フェリシアは「あ、そう言えば、明日のこと忘れてないよね」と確認してきた。容は「もちろん覚えている」と答える。

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