第5話 暗殺計画
容は老紳士との会話を楽しんでいた。席に戻ってしばらくは放心状態になっていたため、話も耳に入って来なかったが、老紳士は構わず一人で話を続けていた。やがて、容も気を取り直して彼との会話に耳を傾けるようになっていった。
老紳士との会話は容にとって収穫のあるものでもあった。容は片田舎から出てきた世間知らずの青年を装って、老紳士にいくつか質問をした。結果として分かったことがいくつかあった。
やはりこの世界は、容の知っているものとは全く別のものだということも判明した。地名や人名などの一部に、容の世界でも実在するものはあったが、そうでないものも存在した。技術的なことで言えば、電気は存在していたことが分かった。
しかし用途としては、せいぜい電灯などに使われている程度で、今乗っているSLのように、移動手段などには使われてはいないようだった。また、内燃期間はごく最近発明されたという段階らしく、こちらも実用には至っていない。
先程老紳士のことを日本語が上手だ、と思ったのは誤解だということが分かった。日本語が上手というよりは、この世界では容の言葉が通じているようだ。列車に貼られていたプレートに書かれている言葉を容は読むことができたし、他の乗客が話している言葉も理解できた。どういう理屈なのかは分からないが、そういうことだと思うことにした。
一番驚いたのが「アトマナイト」という物質のことだ。鉱石の一種らしく、熱を加えたり、衝撃を与えることで、膨大なエネルギーを発するらしい。現在では、主に銃などの火薬として使われているらしいが、これを応用した兵器も開発されているという噂があるそうだ。
「アトマナイトは希少な鉱石でね。帝国でも共和国でも採取できるのだけど、最近のニュースで王国に膨大な埋蔵量があるらしいって言ってたね」
帝国、共和国、王国というのが具体的に何を指しているのかは分からなかった。せいぜい、そういう国があるんだな、ということくらいだ。そのアトマナイトというのが、今後重要な物資になるというのならば、その王国に行けば将来も安泰かもしれませんね。容はふと思ったことを口にしていた。
老紳士は少し顔をしかめて「知らないのかい?」と囁く様に言う。「王国は共和国と協定を結んで、これからは自治領になるそうだよ」周りを気にしながらそう続けた。容は別に意味があって言ったことではなかったので、特に気にせず「そうですか」と答えただけだった。
「その王国の王女様が、この列車に乗っているとか噂だけどね」
老紳士のその言葉に、容は先程見かけた少女の姿を思い浮かべる。そう言えば、あの少女の近くに兵士が一人立っていたな。もしかしたら、あの子が……。しかし、それはないだろうと思った。王国がどれほどの規模のものかは分からないが、いくらなんでも王女を護衛しているには兵士の数が少なすぎる。
一般人ではないのかもしれないが、王族などではないだろう。容姿は充分王族っぽかったんだけどな……。頭の中に再生されている少女の姿を思い浮かべてそう考えていたが、ふと(いや、俺はそんな趣味はない……はずだ)と、自分の本当の年齢を思いだして、顔が熱くなる思いがした。
「少し喉が渇いたんですが、どこか飲み物を提供している場所はありませんか?」そう聞くと、老紳士は「それならデッキにあるはずだ」と答えた。先程行った場所だったので、やっていなかったことを伝えると、老紳士は腕時計に目をやって「時間があるからね。ちょうどお昼だ。今ならやっているだろう」そう言って、容に一緒に行こうと誘ってきた。
容はそれに従って立ち上がったが、すぐに「財布を持ってない」ことに気がついた。着ている服は元の世界のものだったが、スーツには財布も警察手帳もスマホも入ってなかった。老紳士にそれを素直に告げると「いいよ、今日は私のおごりにしておこう」と言ってくれた。
感謝して老紳士の後をついていく。連結部分を過ぎると、先程の兵士は既にいなくなっていた。もしかしたら少女も、もういないのかもしれない。そう思いながら、少女のいた席の横を通る時、そっと席を覗いてみた。
少女はまだその席に座っていた。先程は車窓から外を退屈そうに眺めていたが、今はじっと下を向いて固まっているように見える。何かあったのだろうか? 一瞬、声をかけようかとしたが、老紳士を待たせるわけにはいかない。容は未練がましい思いを断ち切って、そのままデッキへと向かった。
デッキは老紳士の言った通り、カウンターの奥に店員が立っており、その前に飲み物や食べ物を注文する人が何人かいた。他には先程見た兵士も5人、テーブルに腰掛けて食事をしているのが確認できた。
容はカウンターに向かうと、老紳士と同じものを注文した。会計を済ませた二人が席に着くと、容はもう一度感謝を伝えてからそれに口をつけた。前の世界から、今の世界にどのように繋がっているのかは分からないが、容の体感時間的には随分久しぶりの食事のような気がした。
何の肉かは分からないが、四角いパンで挟んだその料理はサンドウィッチとハンバーガーの中間のようなものだった。空腹感という最高のスパイスもあってか、随分美味しいと感じた。思わず夢中で食べてしまい、老紳士が食べ終わるのを待っていたところ。ふと、後ろから会話が聞こえてきた。
声の主は先程の兵士たちだった。
「首都につくまでに始末しろとの連絡が入った」
始末、という言葉に容は反応した。この短い会話だけでも、それが物のことではなく、人に対して発せられたものだと分かった。
「次の駅を出た辺りでやる」
「しかし、どこで決行するんだ?」
「次の駅の到着時間から考えて、そこを出た辺りなら、ここは閉店している頃だ。ここに連れ出せば良いだろう」
「でも、どうやって?」
「そんなもん、適当で良いんだよ。少し話があるとか言っておけば充分だろう」
「そうだな、どうせ抵抗などできやしないんだからな」
「あぁ、そうだ。その前に王女のネックレスを奪っておけよ。あれは高く売れるぜ」
「お前、バレたら軍法会議ものだぞ」
「大丈夫だって。この一件は絶対に表に出ない。軍法会議にかけようにも、なかった事件を裁くことはできないのさ」
兵士たちの笑い声が聞こえてきた。容は「王女のネックレス」という言葉が気になった。そう言えば、先程の少女もネックレスをしていたな……。それにこの兵士たちが少女の護衛――もしくは監視をしていたのは間違いない。やはり、あの少女が王女ということで間違いなさそうだ。
容と老紳士はデッキを後にした。席への帰り道で、もう一度少女を見る。やはりネックレスをしている。しかも、兵士の言うように相当高そうな雰囲気だ。アクセサリーは容の専門外であったが、それでもそのくらいは分かるほど、それは輝きを放っていた。もしかしたら、付けている人間がそう思わせるのかもしれないが。
それにしても、先程の兵士が言っていることが本当のことならば、この少女の命が危ないということになる。事情はさっぱり分からないが、一応警告はしておいた方がいいのかもしれない。しかし、少女を助ける人間がいるのだろうか? 少女に付き添っている兵士が敵である以上、他に協力者がいないことには、いずれにしても少女の身は危うい。
それでも伝えなければ、と容は思った。席に行って直接言おうかと思ったが、兵士がいつ帰ってくるのか分からない。もし、容が少女と話している時に帰ってきてしまったら、怪しまれて決行が早まってしまう可能性もある。
歩きながら少し考えて、容は老紳士に「先に戻っておいて下さい」と伝えた。同時に何かメモは持っていないか聞いてみた。老紳士はポケットから手帳とペンを取り出すと「じゃ、後で」と先に歩いていった。
容は少女と背中合わせの席に座ると、メモにペンを走らせた。
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